彼女は思い出せない

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63 変貌

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東サンゴ島に至るまで、アシルは死ぬほど忙しかった。

朝起きたらコウもアンも宿から消えていた。
空になった部屋には「縁があればまた来世で」などと如何にも東洋人っぽい最期のメッセージが残されていた。
事態を察したデジレは蒼褪めたものの右往左往はしなかった。

「私に出来る事を出来るだけ致します。ですから殿下、どうか」
「皆まで言うな。俺もあのガキを死なせるつもりはない」

デジレと朝のハグをしつこく三度ほど交わした後、アシルはまずはキグナスの最高速で港を飛び立った。
再び偏西風に逆らって飛びながら、遠方の大物にパルスを送った。

「ワ皇国側とコンタクトを取ってくれ。コウは死なせん。ツクヨミとやらは俺がなんとかしてやる、とな」

藪から棒のメッセージを受信した大ドラゴン帝国の女帝は、この件に関して思うところがあったようだ。
数分で運河を抜け、西沿岸部の基地に立ち寄ったところでアシルは女帝から承諾を得られた事を知った。

「上手くやりおれよ、クソガキ。別に我らもワ皇国とは大の友好国という訳ではないのだ。つまらん無礼を働けば、アマテラスとやらがドカンと火を噴くからな」

いや無礼は働く。自国民でも立ち入り禁止の離島に土足で踏み込むのだ。
だから前以てそれを許してくれと願い出た。
先方からの返事を待つ事無く、今度はフェニックスで大洋に出た。高高度まで上昇してキグナスを超過する音速飛行を続けると、洋上に粒のような帝国の艦艇が見えた。アンが乗る艦に追いついた。
着艦し、手早くアンに事情を説明する。
アンは俯いた。

「黙って宿を出た事、大変申し訳ありません」
「俺でなくデジレに詫びるんだな。ハブにされたアイツは恐いぞ」
「よく知ってます。三年も一つ屋根の下で暮らした仲です」
「クソ羨ましい」
「何を仰いますやら」

短い会話の間に、先方からの返答が転送されてきた。

「我が国は本件に一切関与しない。帝に皇子は二人のみ。存在しない者が何をやっても生きも死にもしない。どうしても離島を観光したいと言う外国の貴人については、今回に限り特別に許可を出す。ただし魔物の毒を食らっても責任転嫁などしないように」

一応の許可をもぎ取ったところで、アシルは後部甲板に駆け出た。
飛び立つ前の背中にアンが言った。

「アシル王太子殿下、我がミコをどうぞ宜しくお願い致します」

アシルは背中で頷いた。
コウは、ワ皇国では皇子としても人としても存在していない。
抹消された皇子なのだ。だから生きも死にもしない。

「――僕の名前、コウじゃないんだ。単に、無いんだ」

不便だから適当にコウと名乗っている、と幼い皇子は言っていた。
小ドラゴン諸島での逗留時、コウから身の上話を聞かされたアシルは「そういう事なら仕方がないな」とすんなり納得した。
ワ皇国は神話の国だ。世界最年長の皇室を持つ。信仰や迷信は国宝であり、外野に覆せるものではない。
彼らの文化を蔑ろにする気も否定する気も無い。ずば抜けて長く続いているものとあらば敬意を払う。古い物は新たに生み出せないし、誰にも真似出来ない。意味があり価値がある。
ただ、納得は出来ても承知は出来ない。心情の問題はまた別だ。

「僕は必ずツクヨミと同期して、確実にダンプしなくちゃいけない」

ダンプとはそれほどいとも容易いのか、とコウに訊かれた。
アシルの場合は容易かった。惜しみなく行えた。ミーティアそのものに価値を見出していた訳ではないからだ。

「僕にも出来るかな。出来るよね……」

冷静なコウの顔には、不安が滲んでいた。
使命感で接触する。そういう無欲で、自己犠牲的な姿勢はミーティアどもの好みに合う。幼く賢い皇子ならば尚更感心するだろう。
恐らくコウは、同期は出来るとアシルは予測した。本人も自負していた。
問題は、確実にダンプに至れるのか、だ。
ツクヨミとは、それほどまでに「捨て難い神」らしい。
だから、コウはアシルに頼んだ。

「僕がツクヨミになっちゃったら始末して欲しい、アシル」

アシルは子供の頭を、べしっと払うようにして叩いた。

「つまらん事を言うな」
「……女帝陛下にも言われた。叩かれはしなかったけど。そんなに心配なら接触しなければいいって」
「その通りだ。そうしろ」
「でもダメなの。ツクヨミが僕に反応した以上、知らんぷりして生きていけない」
「お前みたいなガキに強制するのがそもそもの間違いなんだ。八歳までにやれとはどんな理屈だ。せめて八十歳にすべきだろ」
「高齢だと死んじゃってる可能性が高いから早めの設定なの。昔の皇族貴族の子供は中々八歳まで生きられなかったし」
「無視しろ」
「しないってば」

苦笑したコウの顔は、年齢不相応の大人びたものだった。

洞窟内から迫りくる掌のような光に包まれながら、アシルはコウを横目にする。
封印が解かれる前に駆け付けたかったが間に合わなかった。ならば、

「俺がやる。お前はそこで寝てろ」

コウが惚ける間に、ツクヨミの指先がアシルに触れた。

ファーストコンタクトが始まった。
ツクヨミだったものはみるみるうちに変貌していく。
予想はしていた。予備知識など、信仰心に比べれば遥かに弱い。
アシルが接触した事でツクヨミは姿を変えた。ヒト型からは変わらない。
現れたのは黒い有翼の死神にして冥界タルタロスの住人、タナトスだった。
「コイツかよ」とアシルは思った。確かに双子とか死後の世界とかをイメージした。
ヒト型のミーティアは西洋や中東ではほぼ見かけない。宗教観が影響して出難いとされている。
アシルは、タナトスの取説を流し見た。ロウワー寄りのアッパー・ミーティアらしい。
その特殊能力は、百年単位で遥か先まで未来を視通す、という代物だった。

「ヤバいな」

「捨て難い」の意味が分かった。捨てるにはあまりにも惜しい。
しかし百年単位という部分はネックだ。自分が生きている時代の事は分からない。仮に二百年後の大事故が知れても手を打つには早過ぎ、後世に残すのみとなる。

タナトスはアシルとの同期を承認した。フェニックスを持つ自分なら高確率で同期可能になると踏んでいたアシルは驚かない。
後はこちらの承認で同期完了となる。
アシルはフーディー姿の巨大な死神を仰いだ。

「お前、どうなるか分かってるよな」

タナトスはノーリアクションでアシルを見下ろす。見たままの暗い奴だ。

一人と一体は同期した。

ややあって島の中心部にブラックカラーの火球が形成された。
島周辺の人々が「あ」という間に、それは爆音と共に天へと打ち上がり、青空の中に僅かなきらめきを残して消えた。





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