63 / 69
63 変貌
しおりを挟む東サンゴ島に至るまで、アシルは死ぬほど忙しかった。
朝起きたらコウもアンも宿から消えていた。
空になった部屋には「縁があればまた来世で」などと如何にも東洋人っぽい最期のメッセージが残されていた。
事態を察したデジレは蒼褪めたものの右往左往はしなかった。
「私に出来る事を出来るだけ致します。ですから殿下、どうか」
「皆まで言うな。俺もあのガキを死なせるつもりはない」
デジレと朝のハグをしつこく三度ほど交わした後、アシルはまずはキグナスの最高速で港を飛び立った。
再び偏西風に逆らって飛びながら、遠方の大物にパルスを送った。
「ワ皇国側とコンタクトを取ってくれ。コウは死なせん。ツクヨミとやらは俺がなんとかしてやる、とな」
藪から棒のメッセージを受信した大ドラゴン帝国の女帝は、この件に関して思うところがあったようだ。
数分で運河を抜け、西沿岸部の基地に立ち寄ったところでアシルは女帝から承諾を得られた事を知った。
「上手くやりおれよ、クソガキ。別に我らもワ皇国とは大の友好国という訳ではないのだ。つまらん無礼を働けば、アマテラスとやらがドカンと火を噴くからな」
いや無礼は働く。自国民でも立ち入り禁止の離島に土足で踏み込むのだ。
だから前以てそれを許してくれと願い出た。
先方からの返事を待つ事無く、今度はフェニックスで大洋に出た。高高度まで上昇してキグナスを超過する音速飛行を続けると、洋上に粒のような帝国の艦艇が見えた。アンが乗る艦に追いついた。
着艦し、手早くアンに事情を説明する。
アンは俯いた。
「黙って宿を出た事、大変申し訳ありません」
「俺でなくデジレに詫びるんだな。ハブにされたアイツは恐いぞ」
「よく知ってます。三年も一つ屋根の下で暮らした仲です」
「クソ羨ましい」
「何を仰いますやら」
短い会話の間に、先方からの返答が転送されてきた。
「我が国は本件に一切関与しない。帝に皇子は二人のみ。存在しない者が何をやっても生きも死にもしない。どうしても離島を観光したいと言う外国の貴人については、今回に限り特別に許可を出す。ただし魔物の毒を食らっても責任転嫁などしないように」
一応の許可をもぎ取ったところで、アシルは後部甲板に駆け出た。
飛び立つ前の背中にアンが言った。
「アシル王太子殿下、我がミコをどうぞ宜しくお願い致します」
アシルは背中で頷いた。
コウは、ワ皇国では皇子としても人としても存在していない。
抹消された皇子なのだ。だから生きも死にもしない。
「――僕の名前、コウじゃないんだ。単に、無いんだ」
不便だから適当にコウと名乗っている、と幼い皇子は言っていた。
小ドラゴン諸島での逗留時、コウから身の上話を聞かされたアシルは「そういう事なら仕方がないな」とすんなり納得した。
ワ皇国は神話の国だ。世界最年長の皇室を持つ。信仰や迷信は国宝であり、外野に覆せるものではない。
彼らの文化を蔑ろにする気も否定する気も無い。ずば抜けて長く続いているものとあらば敬意を払う。古い物は新たに生み出せないし、誰にも真似出来ない。意味があり価値がある。
ただ、納得は出来ても承知は出来ない。心情の問題はまた別だ。
「僕は必ずツクヨミと同期して、確実にダンプしなくちゃいけない」
ダンプとはそれほどいとも容易いのか、とコウに訊かれた。
アシルの場合は容易かった。惜しみなく行えた。ミーティアそのものに価値を見出していた訳ではないからだ。
「僕にも出来るかな。出来るよね……」
冷静なコウの顔には、不安が滲んでいた。
使命感で接触する。そういう無欲で、自己犠牲的な姿勢はミーティアどもの好みに合う。幼く賢い皇子ならば尚更感心するだろう。
恐らくコウは、同期は出来るとアシルは予測した。本人も自負していた。
問題は、確実にダンプに至れるのか、だ。
ツクヨミとは、それほどまでに「捨て難い神」らしい。
だから、コウはアシルに頼んだ。
「僕がツクヨミになっちゃったら始末して欲しい、アシル」
アシルは子供の頭を、べしっと払うようにして叩いた。
「つまらん事を言うな」
「……女帝陛下にも言われた。叩かれはしなかったけど。そんなに心配なら接触しなければいいって」
「その通りだ。そうしろ」
「でもダメなの。ツクヨミが僕に反応した以上、知らんぷりして生きていけない」
「お前みたいなガキに強制するのがそもそもの間違いなんだ。八歳までにやれとはどんな理屈だ。せめて八十歳にすべきだろ」
「高齢だと死んじゃってる可能性が高いから早めの設定なの。昔の皇族貴族の子供は中々八歳まで生きられなかったし」
「無視しろ」
「しないってば」
苦笑したコウの顔は、年齢不相応の大人びたものだった。
洞窟内から迫りくる掌のような光に包まれながら、アシルはコウを横目にする。
封印が解かれる前に駆け付けたかったが間に合わなかった。ならば、
「俺がやる。お前はそこで寝てろ」
コウが惚ける間に、ツクヨミの指先がアシルに触れた。
ファーストコンタクトが始まった。
ツクヨミだったものはみるみるうちに変貌していく。
予想はしていた。予備知識など、信仰心に比べれば遥かに弱い。
アシルが接触した事でツクヨミは姿を変えた。ヒト型からは変わらない。
現れたのは黒い有翼の死神にして冥界タルタロスの住人、タナトスだった。
「コイツかよ」とアシルは思った。確かに双子とか死後の世界とかをイメージした。
ヒト型のミーティアは西洋や中東ではほぼ見かけない。宗教観が影響して出難いとされている。
アシルは、タナトスの取説を流し見た。ロウワー寄りのアッパー・ミーティアらしい。
その特殊能力は、百年単位で遥か先まで未来を視通す、という代物だった。
「ヤバいな」
「捨て難い」の意味が分かった。捨てるにはあまりにも惜しい。
しかし百年単位という部分はネックだ。自分が生きている時代の事は分からない。仮に二百年後の大事故が知れても手を打つには早過ぎ、後世に残すのみとなる。
タナトスはアシルとの同期を承認した。フェニックスを持つ自分なら高確率で同期可能になると踏んでいたアシルは驚かない。
後はこちらの承認で同期完了となる。
アシルはフーディー姿の巨大な死神を仰いだ。
「お前、どうなるか分かってるよな」
タナトスはノーリアクションでアシルを見下ろす。見たままの暗い奴だ。
一人と一体は同期した。
ややあって島の中心部にブラックカラーの火球が形成された。
島周辺の人々が「あ」という間に、それは爆音と共に天へと打ち上がり、青空の中に僅かなきらめきを残して消えた。
133
あなたにおすすめの小説
結婚後、訳もわからないまま閉じ込められていました。
しゃーりん
恋愛
結婚して二年、別邸に閉じ込められていたハリエット。
友人の助けにより外に出ることができ、久しぶりに見た夫アルバートは騎士に連行されるところだった。
『お前のせいだ!』と言われても訳がわからなかった。
取り調べにより判明したのは、ハリエットには恋人がいるのだとアルバートが信じていたこと。
彼にその嘘を吹き込んだのは、二人いたというお話です。
私が行方不明の皇女です~生死を彷徨って帰国したら信じていた初恋の従者は婚約していました~
marumi
恋愛
「あら アルヴェイン公爵がドゥーカス令嬢をエスコートされていますわ」
「ご婚約されたと噂を聞きましたが、まさか本当だとは!」
私は五年前までこの国の皇女エリシアだった。
暗殺事件に巻き込まれ、幼なじみで初恋の相手だった従者――アルヴェイン公子と共に命からがら隣国、エルダールへ亡命した。
彼の「必ず迎えに来る」その言葉を信じて、隣国の地で彼を待ち続けた……。
それなのに……。
やっとの思いで帰国した帝国の華やかなパーティー会場で、一際目立っているのは、彼と、社交界の華と言われる令嬢だった――。
※校正にAIを使用していますが、自身で考案したオリジナル小説です。
※イメージが伝わればと思い、表紙画像をAI生成してみました。
王子様への置き手紙
あおた卵
恋愛
フィオナは王太子ジェラルドの婚約者。王宮で暮らしながら王太子妃教育を受けていた。そんなある日、ジェラルドと侯爵家令嬢のマデリーンがキスをする所を目撃してしまう。ショックを受けたフィオナは自ら修道院に行くことを決意し、護衛騎士のエルマーとともに王宮を逃げ出した。置き手紙を読んだ皇太子が追いかけてくるとは思いもせずに⋯⋯
小説家になろうにも掲載しています。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi(がっち)
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
あなたにはもう何も奪わせない
gacchi(がっち)
恋愛
幼い時に誘拐されそうになった侯爵令嬢ジュリアは、危ないところで知らない男の子に助けられた。いつか会えたらお礼を言おうと思っていたが、学園に入る年になってもその男の子は見つけられなかった。もしかしたら伯爵令息のブリュノがその男の子なのかもしれないと思ったが、確認できないまま最終学年になり仮婚約の儀式が始まる。仮婚約の相手がブリュノになれば話せるかもしれないと期待していたジュリアだが、ブリュノと対になっていた札を伯爵令嬢のアマンダに奪われてしまう。アマンダにはずっと嫌がらせをされていたが、まさか仮婚約まで奪われてしまうとは思わなかった。仮婚約の相手がなく、孤立するジュリア。そんな時に声をかけてきたのは隣国からの留学生だった。
砕けた愛
篠月珪霞
恋愛
新婚初夜に男に襲われた公爵令嬢エヴリーヌは、不義密通の罪を被せられた。反逆罪に問われた彼女の一族は処刑されるが、気付くと時間が巻き戻っていた。
あなたへの愛? そんなものとうに、砕け散ってしまいました。
伝える前に振られてしまった私の恋
喜楽直人
恋愛
第一部:アーリーンの恋
母に連れられて行った王妃様とのお茶会の席を、ひとり抜け出したアーリーンは、幼馴染みと友人たちが歓談する場に出くわす。
そこで、ひとりの令息が婚約をしたのだと話し出した。
第二部:ジュディスの恋
王女がふたりいるフリーゼグリーン王国へ、十年ほど前に友好国となったコベット国から見合いの申し入れがあった。
周囲は皆、美しく愛らしい妹姫リリアーヌへのものだと思ったが、しかしそれは賢しらにも女性だてらに議会へ提案を申し入れるような姉姫ジュディスへのものであった。
「何故、私なのでしょうか。リリアーヌなら貴方の求婚に喜んで頷くでしょう」
誰よりもジュディスが一番、この求婚を訝しんでいた。
第三章:王太子の想い
友好国の王子からの求婚を受け入れ、そのまま攫われるようにしてコベット国へ移り住んで一年。
ジュディスはその手を取った選択は正しかったのか、揺れていた。
すれ違う婚約者同士の心が重なる日は来るのか。
コベット国のふたりの王子たちの恋模様
さよなら、私の初恋の人
キムラましゅろう
恋愛
さよなら私のかわいい王子さま。
破天荒で常識外れで魔術バカの、私の優しくて愛しい王子さま。
出会いは10歳。
世話係に任命されたのも10歳。
それから5年間、リリシャは問題行動の多い末っ子王子ハロルドの世話を焼き続けてきた。
そんなリリシャにハロルドも信頼を寄せていて。
だけどいつまでも子供のままではいられない。
ハロルドの婚約者選定の話が上がり出し、リリシャは引き際を悟る。
いつもながらの完全ご都合主義。
作中「GGL」というBL要素のある本に触れる箇所があります。
直接的な描写はありませんが、地雷の方はご自衛をお願いいたします。
※関連作品『懐妊したポンコツ妻は夫から自立したい』
誤字脱字の宝庫です。温かい目でお読み頂けますと幸いです。
小説家になろうさんでも時差投稿します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる