彼女は思い出せない

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65 カンファレンス

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八月半ば。
世間は未だ休暇シーズンを満喫中で、パーヴォの城下でも観光客が絶えない。

先月、北極圏で海戦が勃発した。テロ紛いの戦闘について関係各国は詳細の報道を伏せている。責任の所在を明らかにしないのは、何も証明出来ないからだ。
金曜日の今日。
パーヴォ城内のカンファレンスルームに各国要人が顔を揃えた。延期された締約国会議のミニヴァージョンの様相を呈している。
出席者の一人、大ドラゴン帝国皇太子アルバートが言った。

「――まあ、撃った連中が全滅しておるのでは聴取も出来んよな」

全滅させたのはアルバートとルトヴィグだが、彼らの行動を誰も責められない。撃たれたら撃ち返すのは世界の常識だ。
デジレが頷き、アシルを見た。
アシルはデジレに頷き返し、さらりと彼女の手を握る。途端何人かが「ああ、はいはい」という顔をしたが無視した。

「連中の首謀者は、故パーヴォ王国王太子アレクサンドルで間違いない」

「すんなり認めおる」とアルバートが呆れている。
アシルはデジレの手を握りなおし、続けた。

「生前、奴は永久凍土の連中が暴走する日時を予め指定していた。ハナから締約国会議のタイミングを狙っていたって事だ」
「計算高い事よな。ならばザリの仕込みは保険か?」
「万一自分が死んだ後も、確実に計画を引き継げる人材として選ばれたのがサイコ仲間のザリだった。ザリは友人から世界を託された、というような事をほざいていたが実際は違う。アレクサンドルは他人に何かを託したりしない」
「記憶を託しておったのだろう?」
「計画がとん挫するくらいなら他力もやむなしと考えたに過ぎん。それどころか」

アシルの目がデジレに流れる。
デジレが言った。

「アレクサンドルという人は、自分が死んだ後も世界が平穏無事に続いていく事が許せなかったのだと思います」

仮に、決戦でアシルに敗れていなくても、不老不死ではないアレクサンドルはいずれこの世を去らねばならなかった。

「自身の死因が何であれ、世界を滅亡させようと目論んでいたのでしょう。ダークツイスターに目を付けた時から計画されていた筈です」

アレクサンドルとザリは、生贄よろしくウィナー候補者をダークツイスターに投げ込んでいた。
南方大陸の姉弟への取り調べで判明した事実だ。弟ウカの方は同調姿勢が見られた事もありザリから色々と話を聞いていた。正確にはアレクサンドルの計画を、だ。

再度デジレに頷いたアシルは、言葉を引き継いだ。

「ザリはアレクサンドルの親友気取りだったが、有り得ん事だ。結局アレクサンドルは奴の事も始末するつもりだったのだからな」

この世界と共に。
全ウィナーの頂点に君臨するというアレクサンドルの誇大妄想が、どこまで本気だったのかは今となっては分からない。

「だが奴は、確実に世界を滅ぼそうとしていた。そしてその仕掛けは、まだ稼働している」

十一人もの命を呑み込んだノース・ニューワールドのダークツイスターは、依然として健在なのだ。
しかし現状、手出しが出来ない。当面は、これまで通り大ドラゴン帝国による観測が続けられる事で合意がなされた。
アトラス諸島の観測研究チームは、あと一人ウィナー候補者が同期に失敗すればダークツイスター直下のミーティアは激怒する、との試算を出している。
十二人の生贄という訳だ。古来から十二という数字は使用されてきた。
試しにアッパー・ミーティアの保有者が接触してみれば、割とすんなり解決しそうに思える。
それをこの場の誰も言い出さない。死のリスクは無視出来ない。
バルコニー窓越しに西の空を見やり、アルバートが独り言つように告げた。

「そなたは、よく飛び込んでいけたと思う」

流し目が寄越され、アシルは「……別に」と呟くように返しておいた。
ツクヨミの事を言われている。或いはフェニックスの事か。
いずれにせよ無我夢中だったのは確かで、根幹には常にデジレの存在があった。

「……バカだからだろうな」

一途で、他に目が行かない。あらゆるタイプを持つミーティアだが、どうも一貫というやつを好む傾向があるように思える。
付け足されたアシルの言葉を受け、会議テーブルの各席から含み笑いが湧いた。

次のトピックでは、ザリの実家が監視対象に指定された。ウピカとウカ曰く「妙な王族」らしい。あのザリが生まれ育った王家だ。単なる弱小と見なすのは早い。警戒し過ぎていいだろう。

諸々の決定と同意で以て散会した一同は、昼餐会の場に移動した。



昼餐を終え、デジレは退城するところの袴姿の大使を呼び止めた。
くるりと振り返った相手に、両手を添えて封書を差し出す。

「どうかこちらを宮城にお届けください」
「お手紙ですか? 失礼ですが、どういった内容でしょう」
「はい。わたくしと国王と第四王子が詠んだ、ワ歌になります」

若い大使は瞬き、デジレを見た。スーツや軍服達が占める中、彼のブラックカラーの着物は一際目を引いていた。

「歌を詠まれる? パーヴォの貴女方が?」
「素晴らしい先生に少し教わりまして、稚拙ながらこちらは提出物でございます」

大使の黒目が丸まった。

「まさか、歌会始の為の応募作品と仰る?」
「皇国の在住者ではない分際で申し訳ございません。無論、身分が審査の邪魔をしないよう匿名エントリーでお願い致します」

大使は嘆息し、それから苦笑した。

「特別にお受け取り致しましょう。ですが審査は大変厳しいものとなっておりますので、受章の期待はされませんよう」
「重々承知しております。毎年何万通も応募があると聞きました」
「先生という方に?」
「はい。――帝が全ての応募作品に目を通されている事も聞きました。作品を通じて民の暮らしに思いを馳せておられる事も」

あまりにも内情を知るデジレの発言に、大使の顔が一瞬惚けた。
デジレは笑み、一礼した。

「宜しくお願い致します」

大使は同じく一礼し、静かに告げた。

「――先生と仰る方、ご息災のようで何より」

デジレは一礼を重ねた。

エントランスに向かう大使の背中を見送る。素早い足の運びが何かの達人っぽい。
後ろからアシルの足音が歩み寄った。

「相変わらず、お前は粋な事をする」
「殿下もご参加くだされば良かったのに」
「俺に詠めると思うか」
「帝は、拙さなんて全く気にされないそうですよ」
「歌に興味がないから無理だ」
「オデットと同じ事仰ってます。気が合うのでは?」
「同じだからこそ合わん」
「磁石の同極?」
「それだ」

二人が話す間に、袴姿の大使は金ぴかの城を出て馬車に乗り込んで行った。





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