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66 行動次第
しおりを挟む貴賓らの見送りを終え、アシルはデジレと共に部屋に戻った。
彼女の婚約指輪を嵌めた手を引いて歩く。
初夏以来、賑やかだった城内から人気が薄れて暫く経つ。
「アイツらがいないと、静かだな」
デジレはチラリとアシルを見て笑んだ。
「そうですね」
二日前、城に逗留していた主従が揃ってパーヴォを出た。行き先はそれぞれ違う。
アンは大ドラゴン帝国本土へ、コウは「どこか」へ。彼は放浪の一人旅に出た。
どこかへ旅立つコウを慮り、アンは麒麟を返還させなかった。
「交通がマヒした時に飛べる足があった方が便利でしょう」
「急ぎの旅でなし、時刻表通りにいかなくても僕は平気だよ」
「私をお供させないのならばせめて麒麟をお連れください」
「過保護だなあ」
結局コウは折れて麒麟を連れて行く事にし、出国の際デジレに「ごめんね」と言っていた。
「アンに麒麟が戻れば、デジレの記憶喪失は治せると思うんだけど」
するとデジレは「どうぞお構いなく」と苦笑した。
「私の方こそ急ぎではありません。どうしても思い出が必要、という場面が全く想像出来ませんもの」
アシルは、彼女に同感だった。デジレの記憶喪失が維持されていて問題ない。誰も困っていない。病でなし「治す」という言い方もあまり好きではない。
今後、麒麟の能力を切望する場面が生じるとすれば、デジレ本人が「どうしても思い出したいの!」と言い出した時だろう。
仮にその時が来ても、今や手段がある。何も焦る事はない。
デジレの手を握りなおし、アシルは切り出した。
「俺がいれば、いいだろ?」
ツボだったようで、デジレが噴き出した。
「今の、そっくりお返し致します」
「ああ。俺はお前がいればいい」
部屋に着き、扉を閉めるやアシルはデジレの肩を両腕で抱き寄せた。
「このまま死ねる」
「結婚式がまだですが?」
「そうだった」
またデジレが噴き出して肩を揺らした。
彼女が腕の中で笑っているなら、アシルは幸せだ。
先月末のこと――。
ヴィヴィアンは、パーヴォ王国南部の港から南方行きの客船に乗せられた。
港まで付き添った女兵士どもは「戻って来ないように。貴女は向こう百年、パーヴォへの入国禁止なので」と釘を刺し、王都に引き返していった。
――言われるまでもないわ。
目を付けられていると分かっていて戻る馬鹿はいない。
とはいえ寛大な処置に感謝してやらない事もない。刑を免れただけでなく、持ち物を一つも没収されなかった。ザリに買わせたハイジュエリーもドレスもバッグもシューズもトランクの中にある。
連行の道中、女兵士どもは何故か明後日の方を見ながら言った。
「……まあ、全部売れば南方で一生豪遊出来る大金に化けるんじゃない」
それこそ言われるまでもないのだが、ヴィヴィアンは南方みたいな田舎には飽き飽きしている。都会で優雅に暮らしたい。でもパーヴォは無理。
――ならドラゴンよ。
幸いクイーンズが話せる。ただ、一撃で永住権を買える資金がない。
――足りないなら貰うだけよ。
可愛いヴィヴィアンには「おねだり」という必殺技がある。
凡そ十日間の航海を経て、船は南方大陸東沿岸部に到着した。
ヴィヴィアンは意気揚々と小国の中枢に向かった。弱小王家の城に着くや、案の定老爺や老婆から歓迎され、心配された。
「帝国海軍の人から、ザリの船が大嵐で沈没したと言われてねえ――」
「ああ、世間的にはそう言う事になっているのか」とヴィヴィアンは納得し、話を合わせた。
彼らは奇跡的に助かったヴィヴィアンを、より神聖視しているようだ。
王子らの喪は明けていると見え、晩餐にはご馳走が沢山出てきた。嘗てない豪勢さで、ヴィヴィアンを持て成す。
――暫くここでぐうたらしてよっと。
宴の席で呑気に構えていると、不意に食卓の王族らがそそくさと動き出した。
目を丸くするヴィヴィアンに、にこやかな笑みが集まる。
何故か、皆して鎌だの鉈だの物騒なものを手にしている。肉料理でも振る舞ってくれるのかな、とヴィヴィアンは思った。
どうも違うらしい。
国王が微笑んだ。
「さて。処刑の時間だ、大聖女ヴィヴィアンよ」
ヴィヴィアンは惚ける。
ザリに似て精悍な国王は告げた。
「そなたは我らに嘘を吐いた。帝国海軍に聞いた。麒麟の能力というのは焼け野原を緑化するものではないそうだな」
「そ、――いえ、それは彼らの勘違いで」
「更に彼ら曰く、麒麟を持つ者が他にいるらしい。ミーティアに決してダブりがないとは世の常識。そなたは我らを謀った。これは裁かれねばなるまい」
「陛下、違うんです」
「申し開きはせんでよいぞ。そなたのような美しい娘が嘘吐きで、我らはとても嬉しいのだ」
「は?」
「さかしい嘘吐きはズタズタに裂いてよい。これは我らの常識だ」
椅子を倒して立ち上がり、ヴィヴィアンは後ずさった。凶器を手にした王族どもも腰を浮かせ、ヴィヴィアンににじり寄る。ギラギラとした目つきは異様で、ホラーでしかない。
「なな、なんなの、アンタ達。そんなに殺しがやりたいなら、山賊相手に幾らでもやれば良かったじゃないの」
ははは、と国王は笑った。
「山賊なんぞ人ではない。ゴミで汚物だ。汚らわしくてとても触れんよ」
「は、はああ?」
恐怖しながらヴィヴィアンは察した。この連中は汚物に触りたくない。だからさっきヴィヴィアンが「美しい娘で嬉しい」と言った。
ザリの曾祖母が、鉈を上下させながら微笑んだ。
「貴女に初めて会った時、思ったのよ。何か小さな罪を持つ娘さんだったら良いのにって。そしたら殺して土地の神に贄として捧げられるのにって」
ヴィヴィアンは眩暈と吐き気に襲われた。
さすが、あのザリの家族。この王族どもは人殺しだ。自分達のルールに則り、人を殺したくて仕方がない。
「狂人よ。異常者……」
いやいや、と国王は尚も笑った。
「可笑しいのは先進国に支配されたこの世だ。小さな罪では人を殺させてくれん。狂っておる」
「アンタ達は、ただ殺したいだけでしょ」
「そうやって土地の神を代々お祀りして来た。神は少し前にザリと共に旅立ってしまったのだがな。なあに。新たな神が降臨くださるのを気長に待てばよい」
ヴィヴィアンには意味が分からない。ザリはウィナーだったのか。
――分からない。
そして分からないまま、間もなくズタズタに裂かれて死ぬのだろう。
「わ、私だって人殺しよ。汚らわしいの。偽物の兄を毒殺したんだから」
最期の言い訳も、国王は「なあに」と意に介さなかった。
「一人くらいなら誰でも殺してしまう事はある」
「そんな訳ないじゃない」
「母親を犠牲にして産まれてくる子もおる」
「どこの次元で話してるのよ」
どこであれ次元が違うのでは通じない。
――こんな国に戻ったりして馬鹿だったわ。
連行の女兵士どもの妙な態度を思い出す。
何故か明後日の方を見ていた。あれは実は「南方大陸に着いても、あの王家を訪ねるのはやめときなさいね」と告げていた。
女兵士どもは、ヴィヴィアンの虚偽がバレた事も王家のヤバさも知っていたのだ。しかし教えも止めもしなかった。上から禁じられていた。
それがヴィヴィアンに科せられた罰だった。
ヴィヴィアンの行動次第で無罪放免になっていた。
――馬鹿だったわ。
繰り返した直後、頭上に鈍い光が振り上げられ、振り下ろされた。
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