リゾートで拾った恋

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カガリの一行がリゾートを後にしてからも、アネットは度々アデライドの別荘を訪れていた。
「様子を見てあげてくださいな。もし異常があればぜひ知らせて」とカガリからたっぷりのギャラと共に依頼を受けた。
アネットも気になっているので訪問は苦にならない。だからって「お金は結構ですよ」などとカッコよくカガリに言えもしなかったけれど。生活がかかっている。マネーは大事。

「彼女、去年の取材ノートと向き合い始めたんですよ」

週末、アネットはテオフィルのクルーザーで過ごしていた。
デッキで夕陽を浴びながら、外国産の安ワインを傾ける。
安いからって味が悪い訳ではない。普通に美味しい。王国はワインのランク付けに熱心だからどんどん値が釣り上がる。とはいえ国産銘柄が世界一なのは疑いようもない。他を飲めば思い知る。
安ワインに文句はないようで、テオフィルは「そうか」と頷いてボトルをアネットに差し出した。
グラスでお代わりを受け取って、アネットはまた呷る。飲み易い。

「はあ。おいし」
「飲み過ぎて海に落ちるんじゃないぞ」
「大丈夫ですよ。泳げま、せんけどね」
「カナヅチか。王都に水泳のクラスは無いのか?」
「ありましたよ。着衣の水泳がね」
「役に立つ経験だな」
「ええ。でも防災訓練みたいなものです」
「競泳はなしか。ならば水泳スキルは身に付かんな」
「海無いんで、王都」
「河川と運河があるだろう。遊泳禁止だが」
「宮殿のグラン・カナルは結構深いですよね。学校の社会科見学でボートに乗りましたけど、孔雀さんが人懐こくて可愛かったです」
「そうなのか。孔雀は美味いのか?」
「食用じゃありません。アイドルユニットです」
「分からん」

テオフィルもグラスを呷った。
日没後、ぐでんぐでん気味のアネットを抱えて彼は船内の寝室に向かった。
酔っ払いをベッドに寝かせ、隣に転がる。
ぽけえっと、アネットはテオフィルを見やった。

「テオ様?」
「……仕事の掛け持ちで今日はいつもより疲れているだろう」
「三つもの重要ミッションをこなしました。お陰様で良いマネーになりました」
「……アネット」
「いっぱい稼がなきゃ……」
「アネット?」
「くー……」
「待て。せめてキスくらいさせろ」
「んん、なに……」
「勝手にするからな」
「勝手にどうぞ――貴方のキスは、気持ちいぃ……」
「――――」

アネットは眠りに落ちた。
いい気持ちの中で、夢が始まった。



合わせた唇を離し、テオフィルは鼻先からアネットの寝顔を見下ろした。
眠ると彼女は幼くなる。今年十九と言っていたから実際にも若い。

「……完全にイカれている」

心身共に、アネットにのめり込んでいる。
このリゾートでアネットは日々、簡単と見せかけて割と高度な仕事に励んでいる。
何故それほどまで金が必要なのか。
いや金が必要な事に理由など要らない。欲しいから欲しいでいい。

「俺なら……」

テオフィルならば幾らでもくれてやれる。彼女に楽をさせてあげられる。
彼女は、差し出された大金を平然と受け取るに違いない。小切手帳を出した際も拒絶反応はなく、「ではお言葉に甘えて、お金を恵んでください」だった。
潔癖そうに見えてそうでもない彼女には驚かされる。
抵抗があるのはむしろテオフィルの方だ。彼女に「恵む」行為などしたくない。
だから精一杯プレゼントをするしかない。

アネットは未だ、テオフィルに心を開いてくれない。
テオフィルに救いを求めていない。困っていないからにしても素っ気ない。

――俺ではダメなのか。

現状維持ではアネットの特別な男にはなれない。
恋人にも何にもなれない。

――言ったらどうなる。

気楽な関係を終わらせ「本気で付き合おう」と言ったら、どうなる。
拒絶されるだろうか。「二度と会わない」だろうか。
アネットは、明らかにテオフィルとの間に境界線を引いている。
テオフィルの身分に対して弁えている節がある。高度な教育を受けた平民か下位貴族の息女なのだろう。
潔癖そうに見えてそうでもない癖に、結局潔癖なのだ。

現状では彼女に何も言えないし訊けない。アネットが話してくれねばテオフィルは身動きが取れない。
ファミリーネームすら未だに名乗ってくれない彼女。遊び相手に極力情報を与えたくないという意思の表れと取れる。

――滑り出しがマズかったな。

体から始まってしまった。それが間違いの大元だ。

――今更だ。時間は巻き戻せん。

悔いても無駄だし、かと言ってもうアネットを手放す事も出来ない。
バカンスシーズンが終われば、アネットは王都に帰る。
テオフィルも同じく。海軍所属だからと言って基地勤めでも洋上勤務でもない。中枢たる王都がテオフィルの拠点だ。
実家の侯爵領には帰省する予定だから、それまでに何とか現状を打破したい。

――むしろアネットを連れて帰りたい。

仕事ばかりで女っ気のなかったテオフィルが、全く正反対の明るく溌溂とした娘を伴って帰ったなら家の者はさぞかし驚き、喜ぶだろう。
海のない故郷ながら鉄鋼業が盛んだ。得意分野は機械製造で、開発したハイパワーエンジンは王国海軍の全艦艇に搭載され、国防の要を担っている。
造船に必要なモンスターマシンの数々も侯爵領が請け負う大事業の一つだ。隣領たる南沿岸部とは運河と河川で繋がっている為、水運力には事欠かない。
テオフィル自身にも故郷にも、財政に不安はない。

「だから安心して一緒になってくれ――」と、アネットに告げたところで響かない気がする。





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