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王都編
22 大した仕事
しおりを挟む王都の春。
大通りには薄紫色のリラ(ライラック)の花が満開を迎えつつあった。
ティエール本社兼路面店に出社したアネットは、スタッフらと挨拶を交わしながらエレベーターホールを抜けて、デスクのある四階に上がった。
「おはようございます、マドモアゼル」
若きクリエイティブ・ディレクター、アデライドは、執務室兼アトリエのデスクに伏して「うえー」と唸りながら顔を上げた。
「来るの早いわよ、アネット。遅刻して来なさいよ」
「朝から意味分かりませんね。普通の上司は逆の事を言います」
「貴女が早いと私も早く動かなきゃいけないじゃない」
「そうしてください。レターがたんまり来てますよ」
「ラブレターしか受け取らん!」
「そうなのでは? ――こちら、宮殿からです」
「だから何よ。そんなもん珍しくもない。何百年も前から受け取って来たわ」
「老舗自慢はほどほどに。そんなだから他のジュエラーさんから嫌味な小娘め、とか言われちゃうんですよ」
「ホントの事だし。うちと張り合えるのなんてグラン・サンク(五大ジュエラー)仲間だけだし」
「とりあえず緊急性の高そうな王家のレターから開封します」
「ふん。内容は分かってるのよ。どうせプリンセスのティアラの件よ」
「正解です。下のプリンセスは今年のデビュタントなんですね」
「てかアネットはデビュタントのアクセとかってどこで調達したの?」
「城下にある小さな宝飾店さんです。我が社のジュエリーなんてとても手が出ませんでした」
「今は我が社のアイテムばっかり身に着けてて良かったわね!」
「言うと思いました」
「貧乏だったのにそのシトリンのウォッチと夏のアンクレット、売らないでくれて有難うね!」
「引っ越し費用に充てる筈だったんですけどね」
「にゃあああめえええ!」
「ええ、ええ。マドモアゼルがそう喚かれたので、代わりにドレスやバッグやヒールを感謝と共に大量処分と致しました」
「他ブランドのアイテムなら気兼ねなく売ってくれて結構!」
「自分が大好きですね、マドモアゼル」
手紙の束をデスクに揃え置き、アネットは嘆息した。
手首を飾るシトリンの腕時計が朝日を照り返す。
アデライドに泣き付かれるまでもなく、これは売らなかった。
思い出の品とか何とかだから、ではない。
ティエールには制服が無く、ドレスコードがある。オフィスカジュアルとして相応しいジャケットと腕時計が必須だ。時計をしていないと顧客から「ルーズ」と取られてしまう。
それ以外は割と緩い。ジャケットの種類に縛りはないし、足元もヒールでなくても良い。カッコいいローファーやスニーカーの女性社員はいる。ただしパンツでもスカートでもストッキングを着用しなければならない。靴下も素足もNGだ。
忙しくしている間に、いつの間にか季節がひと巡りしている。
なんだかんだで初夏まで時間はない。
今季こそ、アデライドは極東トラベルの経験を活かしたコレクションを発表する。既に作業は始まっていて、滞りない。
遥か海の向こうで暮らすカガリには誰よりも早く知らせを出した。コレクションへの招待状「インヴィテーション」だ。
もう引き返せないし、キャンセルも失敗も許されない。
大一番を控えているアデライドにすれば「プリンセスのティアラごとき」大した仕事ではないのだ。デザイナー達にとって、コレクションより難しい作業は無い。
王家からの手紙を開いたアデライドは、再び「うえー」だった。
「プリンセスのイメージでデザインの事、ですって。出ーたー」
「王侯貴族にありがちなオーダーですね」
「プリンセスって言ってもまだ学生じゃないのよ。ホント分かってないわ。経験も実績も乏しい令嬢をインスピレーションにしろってオーダーが一番困るっつーの。ファンタジーにするしかないっつーの」
「きっと、マリーナ・ガールの影響でしょうね」
「一人やったなら他もイケるよねってか。そういうオーダーはリゾートで素敵な男子と濃厚な夜を過ごすとかってドラマチックな経験を経てからにして欲しいわ」
「お役に立てて何よりです」
「つか、なんで別れたの」
「え、今訊くんですか? まあ良いですけど。身分が――」
「つっまんない理由。訊いて損した。とりまティアラ作りサクッとかかるわよ」
「え、あ、はい。仕事しましょう」
丁度、午後の予定が空いている。
宮殿に問い合わせたところ、プリンセスの都合も問題ないとの事だった。
アネットが宮殿の敷地に足を踏み入れるのは、社会科見学以来となる。
アデライドの付き添いで来た。アデライドの妹君曰く「シッター」である。
「姉様が人様にご迷惑をかけないよう見張っててね、アネット。ね!」
「ね!」
言い足したのはアデライドの姪で、壊れた防犯ブザーの元の持ち主だ。
出迎えた王女付きの侍女の案内に続き、アデライドと共に城内を進む。
途中の柱廊で、思いがけない再会があった。
ぎょっとなったアネットに、クリスチアーヌが双眸を細めて見せた。
「あーら、誰かと思えば一発屋さんじゃありませんこと」
「……どうも。お元気そうで。お城には……」
「出仕中ですのよ」
「……なるほど」
選抜試験をパスして女官にでもなったのだろうか。
想念の間に、こちらを振り返った姿勢の侍女が発した。
「良いですか?」
「ごめんなさい、今参ります。……では」
叱責を受けたアネットはささと動き出した。去る背に「ごきげんよーう」とクリスチアーヌの声がぶつかった。
暫く進んだ後、侍女が首でアネットを振り返った。
「貴女、あの方のお知り合いなんですか?」
「え、ええ。玩具メーカー時代の同僚で」
「彼女、ホント――……最悪」
低く呟いた侍女に、アネットもアデライドも息を呑んだ。
両扉の前まで来ると、侍女はパッと笑みになり「王女殿下のサロンはこちらです」と明るく告げた。
ホラー? とアデライドが目で訴え、アネットは頬を引き攣らせる。
思うに、クリスチアーヌは相当侍女に迷惑をかけているのだろう。
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