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王都編
24 自分の仕事
しおりを挟む会議が散会した。
退室するところのテオフィルの背中を、王太子が「おい、テオ」と呼び止めた。
共に十代前半で海軍に入った彼とテオフィルは同じ艦隊に所属し、同じ海で戦った経験を持つ。
その縁もあり王太子はテオフィルに対して気安い。テオフィルの肩を掴んだ彼は、がしっと片腕を首に回した。
「あのな、陛下からお前を呼んで来いと頼まれた」
「は。謹んでお断り致します」
「まだ用件を言ってないだろうが」
「そっとしておいてください」
テオフィルは即答した。
用件など分かり切っている。どうせまた結婚を勧められるのだ。
頑ななテオフィルに、王太子は呆れ顔になった。
「言わせてもらうがな、いい加減傷心が長いぞテオよ。いつまで前の女とやらの影を引き摺っている」
「そっとしておいてください」
繰り返したテオフィルの肩に、王太子の溜め息が落とされた。
「お前は頑固過ぎる。それに潔癖のきらいがある。とはいえ無理強いは私も好かんのでな。仕方がないので今回に限り、私から陛下に話を付けておいてやろう」
「感謝致します」
「いいか。お前の立場では、いつまでも逃げ回ってはいられんからな。傷心に浸るのも結構だが早いとこ将来を見据えて前に進め」
王太子の言いたい事を察し、テオフィルは前を向いたまま告げた。
「未婚を理由に昇進を見送られても別に構いません」
「お前が構わんでも他が構うわ。現状、お前の競合などおらんも同然だ。お前が上に行かねば下の連中が閊え、人事パズルが大変な事になるんだぞ」
「左様で」
「他人事の顔をするんじゃない。――これは言おうかどうか迷ったが、やはり言っておく」
「は」
「お前がそんな未練たらたらで、相手の女は満足すると思うか?」
「――、彼女は」
「未だにお前に執心されていると知ったら、どう感じると思う?」
「――、それは」
「お前をフッた女だ。当然感動なんぞすまい。こわっ、だよな?」
「――――」
「前に進め、テオよ。別れた女の為にも。今度な、城で夜会がある。未婚の令嬢も集まるからお前も参加しろよ、な?」
テオフィルは、暫く硬直していた。
週明けの月曜日。
出社後、アネットはアデライドの机回りを少しだけ掃除する事から始めた。
コツが要る。片付け過ぎてはいけない。机上は彼女の頭の中でもある。散らかって見えても本人からすれば意味があるのだ。
ステーショナリーの手入れをしつつ、昨日の事を思い出す。
祖父母宅に帰り、祖母の誕生日を祝っていた。アネットから高価なプレゼントを受け取った祖母は、涙ぐんで喜んでくれた。
祝いの場に、伯父嫁ジュリーは不在だった。夫婦仲が危ぶまれていると、この日初めてアネットは知らされた。
「別れると思う」と伯父は嘆息ごと告げた。
「あいつ、最近可笑しいんだよ。やたら買い物に出掛けたがるし、身の丈に合わない高級品を俺に強請ったりするし。正直うんざりしてる」
アネットは「私の所為だね」と伯父に詫びる思いで言った。
「それは絶対に違う」と伯父は首を左右に振った。
「お前の生活が華やかになった事で、あいつの本性が出てきただけだ。前からそうじゃないかなって予感はあったんだ。結婚当初からあいつは俺の昇進ばかり気にしてた。近所の誰それの旦那が何とかいうポストに就いたけど、あなたはどうなの、いつなのって急かすんだ」
出世レースに熱心な妻が家にいては、温厚な伯父は相当息苦しかった事だろう。
「あいつは人目を気にし過ぎている。見栄を張りたいんだ。俺はそういう疲れるのは苦手だし、到底付き合いきれない。どうせ子供もいないしさ、価値観が違うなら一緒にいない方が良いって思ったんだ」
「そっか……」
「そういう訳だからお前は何も気にしなくて良いぞ。自分の幸せだけ考えてろ」
伯父はいつもずっと、アネットと妹である母に優しかった。
自分は「半分」も家族に恵まれている、とアネットは改めて実感した。
ティエール本店は、コレクションの準備がいよいよ本格化していた。
同時進行の王女のティアラも制作は順調で問題ない。
ドレス担当のブランドはより忙しい。ファッションウィーク常連としてランウェイショーにも手を抜けない。彼らの本店はティエールのワンブロック先にある。
ティアラのデザイン画を渡しに行った日、デザイナー氏は「共に良い仕事をしましょう」と笑み、アネットと握手を交わした。
みんな自分の仕事に取り組んでいる。
――私もやるべき事をやる。
今回アネットはインヴィテーション作成を任された。既に海外のカガリに送ったものを、顧客や業界関係者宛にも順次発送している。
カガリからは「なんて素敵な招待状!」と感激の返信があった。
「本家」が太鼓判を押した。これで恐いものは無い。
浮世絵の図案を採用したインヴィテーションだ。それもピースの少ないパズルで、元の絵を知る人には物足りないながらも手慰みとなる。
こういう「遊び」が要る。
近年、ブランド各社はインヴィテーション作りに趣向を凝らしている。ビッグブランドで普通の封書は少ない。
夏を前に戦いは始まっている。競争は年々激化し、老舗だからと胡坐を掻いてはいられない。進化しなければ時代に取り残される。
出先から戻ったアネットは四階に向かった。
執務室兼アトリエに入ると、デスクのアデライドが紙切れを振って見せた。
「宮殿からの招待状」
「夜会ですか」
「私は無理だから代理対応シクヨロ」
「一族のどなたかにお願いすべきでは?」
「むしろ貴女宛よ。王妃の一筆がある。貴女に会いたいってさ」
「王妃殿下とは面識がない筈ですが」
「カッコいいインヴィテーションの制作者だからよ」
「いえ浮世絵を描いたのは私では」
「んなこたあ分かってるのよ。いいから行ってきて。ちゃんとめかし込んでよ」
「ブランドに恥じぬよう盛装は致します」
忙しい時期ではあるけれど、最重要顧客である王家の招待は断れない。
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