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王都編
27 彼の話
しおりを挟むテオフィルに頷いたアネットは、彼に付き添われて白けたボールを後にする。
「嫌な目にあったな」と気遣う彼に、チラリと目を向けた。
「別にどうって事ありません。あの手の発言は学生時代から嫌という程言われてきましたので」
「嫌な事というのは慣れんものだ。また慣れる必要もない」
「お気遣いをどうも。でも平気です」
気遣いの相手を突き放して、アネットは早足を続けた。
早く城を出たい。彼から離れたい。
急くアネットに、テオフィルが言った。
「アネット、そっちじゃない」
「――、暗いから道を間違えました」
「もう少しゆっくり歩くといい。ヒールで無理をするな」
「早歩きは癖です。どうも」
渋々、アネットは彼の右肩を追うようにして歩いた。
柱廊に差し掛かった時、テオフィルが切り出した。
「君は王都で、何をしていた」
「仕事ですよ。あ、娼婦ではありません」
アネットの言葉に、彼はぎょっと振り返った。
左右を見回して人の目や声が無い事を確認している。
「何を、言い出す。君が違うのは、当り前だ」
「そうですか? 閣下が勘違いなさってないなら結構です」
「……テオと呼んでくれ」
「呼びません。そんな、馴れ馴れしい」
突き放すアネットに、とうとう彼は足を止めて向き合った。
「アネット、どうした。どうして怒っているんだ」
「え? 怒ってませんよ」
「怒っているだろう。君はなんだか、冷たい」
「元からこういうキャラですが。都会の生活に疲れてるのかもしれません」
「もしや、さっきの令嬢を俺が救わなかったからか?」
「はい?」
「知り合いなんだろう。見捨てたのが気に入らんのなら、なんとか手を回して」
「手とか回さないでください。彼女は痛い目を見ないと分からない人です」
「――ん、嫌いなのか?」
「好きか嫌いかで言えば、ええ、嫌いです。ずっと嫌いでしたよ」
「根が深そうだな……。ならば俺に怒っている理由は何なんだ」
「ですから、怒ってません」
「……愛称で、呼んでくれないじゃないか」
「ここはもう、リゾートではないので節度を保ってます」
「節度……?」
アネットは白い眼を彼の手元に注いだ。左手の薬指だ。
「それ。ご結婚かご婚約かされてますよね。人様の誤解を招くような言動をして、面倒に巻き込まれるのは御免です」
指摘された瞬間、テオフィルは盛大に目を見開いた。
「ち、――違う。これは曾祖父の遺品であり今は魔除けとして活用していて」
慌てるテオフィルを見て、アネットは気分が凪いでいくのを感じた。
自分よりゆとりのない人がいると冷静になれる法則だ。
去年の夏、アネットは何も言わずに彼から離れた。
彼への疑惑はあまり関係ない。切っ掛けに過ぎない。
別れなければ前に進めなかった。
居心地のいいリゾートに留まっていては、彼に寄りかかったままズルズルと関係を続けてしまう、という予感があった。
アネットが知る彼は誠実で、素晴らしい男性だった。
そしてその認識に間違いはなかった。彼は初めアネットに申告した通り、結婚も婚約もしていなかった。
アネットが見てきた通りの人だった。
テオフィルは外した指輪を手に、熱心にアネットに告げた。
「ここだ。この裏を読んでくれ。年代が彫られている。八十年ほど前だ」
「……アンティークなんですね。とても綺麗なので新品に見えます」
「磨いたからな。曾祖父の遺言で、墓に入れず後継に渡せと指示があったらしい」
「……子孫を守ってるんですね」
「そうだな。実際に俺は多くの海戦を生き残った」
曾祖父という人には、アネットも感謝したい。テオフィルを守ってくれ、出会わせてくれた。
アネットは嘆息した。
「良いですよ、テオ様。貴方の潔白はもう十二分に伝わりました。と言いますか、そんな熱弁して頂かなくても良かったんですよ。私にどう思われてたって別に構わないじゃないですか」
テオフィルは、パッとアネットを見た。
「やっと俺を呼んだな」
神秘的な紺碧の双眸は、ここでも海でも変わらずだ。
けれど子供じみた無邪気な感情が宿る様は初めてて、アネットはきょとんとした。
「そんなに、喜ばなくても……」
半ば惚けるアネットをよそに、テオフィルは誤解の解けた指輪をポケットに仕舞い込み、改めて告げた。
「家まで送らせてくれないか。少し話がしたい」
アネットは迷った。
こちらは何も話す事などない。会えて嬉しくないと言えば嘘になるけれど、元気だと分かって終わりで良かった。街中でちょっと見かける程度で充分だったのだ。
こんな風に接触して、言葉を交わす必要なんてなかった。
これ以上関わるのは躊躇われた。
二の足を踏むアネットに、テオフィルは尚も言った。
「君に話したい事がある。一方的な話だ。君はただ聞いてくれるだけでいいから」
彼の頼みを跳ね付ける事など、アネットには出来なかった。
命令されるより乞われる方が断り難いものだ。
揃って馬車に乗り込んだ。
走行から暫く。テオフィルは口を噤んでいた。
アネットは彼が話し出すのを待った。彼の難しい横顔が、何やら考えを巡らせているのが分かる。頭の中で順序立てているのだろう。
――怒られたり?
例えば「勝手に消えるなんて無礼じゃないか。散々貢がせておいて礼の一つもないとは。君には常識というものが無いのか」とか。
うん、とアネットは内心に頷く。
アネットの知るテオフィルが言いそうもない台詞だ。
ややあって、テオフィルが意を決したように伏せ気味の顔を上げた。
気持ち身構えるアネットに顔を向けて、切り出す。
彼の話と言うのは実に短かった。
「君の事が好きだ。出会った日から、今もずっと――」
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