リゾートで拾った恋

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王都編

29 再会を経て

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寝室のベッドで目覚めたアネットは、まず項垂れた。
ドレスアップのままでひっくり返っていた。最悪だ。
ひっつめた髪を解いてベッドを下り、ダラダラと歩いてバスルームに向かいながらドレスを脱ぐ。
熱めのシャワーを浴びて軽装を身に着け「お腹空いたなあ」と独り言つ。
空腹が、ふと気付かせた。

「いや、どうやって帰って来たんだっけ?」

テレポーテーションだろうか。
バスルームを出てリビングルームに足を向けた時、鍵を開ける音がして玄関扉が開いた。

「ん、起きたのか」
「テオ様?」
「近所のブランジュリ(パン屋)で朝食を調達してきた。カフェオレと、フォカッチャとか言うパンを勧められるがまま買ってみた」
「ああ、隣国発祥の古代パン……――どういう状況ですコレ?」
「冷蔵庫内にバターしかなかったからな」
「初めてのお使い本当に有難うございました」

お使い帰りのテオフィルは、軍服のボトムスに白シャツを着用している。
要するに昨日と同じルックだ。リビングルームのソファーには軍服のジャケットが放られているから、ここを寝床代わりにしたのだろう。
窓際の円テーブルを挟んで座り、二人はカフェオレとフォカッチャを口にする。
アネットは、今更の確認をした。

「昨晩は、何もなかったですか?」
「君に不埒な真似はしていない」
「その手の心配はしてません。そうじゃなくて、私がテオ様に不手際とかしなかったですかって訊いてます」
「不手際?」
「吐いたとか暴れたとか」
「あっても構わんかったが無かった。君は帰りの馬車内で爆睡していた。先に住所を聞き出しておいて良かった。さもなくばホテルか官舎に連れ込むところだ」
「なんかもう本当にすみませんでした。――凄く美味しいフォカッチャですね」
「オリーブは好物だ」

朝食後、テオフィルは腰を上げた。

「休日に邪魔したな」
「それは私の台詞です。ご迷惑をおかけしました」
「何も迷惑は被っていないが、――また会えるか」

アネットは瞬き、テオフィルを仰ぐ。
テオフィルは視線を窓に向けた。眉間に皺が寄る。

「……良い部屋だが景色がイマイチだな。通りの向かいの家が近過ぎる」
「景色を捨てて利便を取りました。――会えますよ」

テオフィルの目線が戻り、アネットを見詰めた。

「いいのか。言った通り、俺は君に未練しかない男だぞ」

アネットは苦笑した。

「テオ様って天然で、明け透けですよね。あ、ポジティブな明け透けです」
「ポジでもネガでも俺の事だ。再会したのを良い事に君に付き纏うに違いない。その、君の言う気持ち悪い男だと思う」
「気持ち悪いか否かを決めるのは貴方ではなく私です。私が貴方を気持ち悪がる事は絶対にありません。貴方を知っていますからね」
「……少しは、期待していいのか」

今度はアネットの目がイマイチの景色に向かった。

「問題があるのは私なんですけどね」
「何か問題を抱えているのか」
「ええ。まだいい仕事を成し遂げてません。貴方とは違うんです」

テオフィルは分かったようだった。

「君は、俺に張り合おうとしているのか」
「そういう訳では――いえ、そうかもしれません。ほら、立派な人って良い目標になるじゃないですか」
「スランプのジュエラーではなく俺が目標なのか?」
「スランプは解消してます。目標って言い方紛らわしいですね。マドモアゼルは、手を伸ばす対象ではありません」

テオフィルの双眸が開いた。

「手を伸ばす? 君が俺にか? 意味が分からん。君を求めているのは俺だぞ」
「ううん……、伝わりそうで伝わらないですね」
「俺が君に近付くのではダメなのか? 俺は君に何の苦労もさせたくない」
「言わせてもらえば人間、苦労はすべきなんですよ。苦しいスポーツに打ち込んでるアスリートとかってカッコいいでしょう」
「君が言うなら、俺も何かに打ち込んでみようと思う」
「貴方はもう何もせずフォカッチャとか食べてのんびりしててください。とにかく大任を成し遂げるまで私の恋人は仕事です。――ちょっと、自分で言って自分にシビれたんですけど今」
「良かったな。――ならば俺は、君を待つ」

言い切った彼の声を聞いて、アネットは自己陶酔を切り上げた。
瞬くアネットに、テオフィルは頷いて見せた。

「いつまでも君を待つ。だからせめて良き友人として付き合う――のは到底無理なので君を想いながら付き纏う事を許して欲しい」

そこまで言われて、アネットは苦笑するしかなかった。

「許すも何もないですよ、テオ様。人の心は自由です。それに貴方は私が信頼出来る数少ない男性の一人です。これからも見守ってください」
「ああ。言われなくてもそうする。君を応援する」
「有難うございます。コレクション開催中は必ず本店をお訪ねくださいね。海軍の大物が来たら絶対盛り上がります」
「君の役に立てるなら本望だ」

相変わらずテオフィルは律儀で大らかで、アネットには「過ぎた人」だった。



再会を経て、アネットとテオフィルの良き友人同士と見せかけて実際には違う謎の関係がスタートした。
仕事の終わりに待ち合わせて飲食を共にするという、飲み友達のような交流を重ねている。
白々しいかもしれない、とアネットは感じる時がある。
初めからやり直している感じ。別にリゾートでの関係に問題はなかった。法は犯していないし、大人の付き合いをしていたに過ぎない。

――終わり方に若干問題があったけど。

テオフィルは、急に姿を眩ませたアネットを責めなかった。
彼曰く、彼は「捨てられた」らしい。彼ほどの人がそんな風に感じていると知って、アネットはさすがに気落ちした。

――責めてくれれば謝れるのに。

とはいえ謝罪もまた彼の望むものではない。
多少白々しくても、現状維持が結局一番平和で良い。





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