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王都編
35 鉢合わせ
しおりを挟むサロンがオープンした一時間後。
約束の午前十時。テオフィルがジュエラーを訪れた。
アネットの読み通り、海軍将官の重厚な出で立ちは異彩を放っており、一階の売り場にいたスタッフや客達の目を悉く浚った。
二階のサロンでもそれは変わらず、丁度フロアに居合わせていた外国の富豪らが彼を振り返って「ワオ」と小さく声を上げた。
「ネイビー?」
富豪の夫人からの問いかけに、テオフィルはチラリと横目を向け、耳に心地よい重低音で「イエス」と答えた。
外国人達は、暫くぽけえっとテオフィルを仰いでいた。
観に来てもらった筈なのに、ちょっと見世物にさせ過ぎているかもしれない。
狙っていたとはいえ、アネットは「なんかすみません」と小声で彼に詫びねばならなかった。
けれど、ん、と首を傾げたテオフィルは、注目を気にするでもない。
「早速色々と教えてくれ」
「あ、はい」
大らかを通り越した彼の無頓着ぶりを見て、アネットは「大物だな」と感心した。
アネットに伴われ、テオフィルは展示物に見入っている。脱いだ軍帽を小脇に挟んだ凛々しい立ち姿は、どうあっても人目を引いた。
展示サロンを半周する頃、ゲストはテオフィルだけになっていた。
折角なのでアネットは、ショーケース横の壁に立てかけられたパネルを揃えた指先で示して紹介した。パネルには浮世絵や写真、アデライドが描いたスケッチやメモなどがペタペタと貼られている。
「こちらの絵に見覚えがおありでしょう」
「君がくれたパズルだ」
「木版画です。このようにインスピレーションソースを纏めた物をイメージボードと言います。デザイナーの頭の中を少しだけお見せしてるんです」
「面白いな」
「普通デザイン画というのはラフなんですけど、美しく着色したものを展示するのはジュエラーならではですね」
「これも作品なんだな」
「仰る通り」
その時、背後の中央階段で騒音が発した。
揃って振り返ったアネットとテオフィルは、階段を上がって来た一行の、先頭の人物と思い切り目が合った。
「ぬ」と相手の切れ長の瞳が眼光を宿す。
「なにやつ――いや待てよ、見覚えのある海軍将官だ。よいか皆の者、答えを言うのじゃないぞ。今思い出すゆえ……」
「王妃殿下、あちらはラセーニュ海軍中将閣下です」
「だー。言うなと命じたであろうが」
「申し訳ございません。遅いので」
側近に噛み付いた王妃は、テオフィルからアネットに視線をスライドさせる。
並んで立つ二人を交互に見、何やら察した顔になった。
テオフィルを指差して指摘する。
「そなた、さては――――海の男だな」
テオフィルは「ん?」と首を傾げたものの、とりあえず高貴な相手に敬礼をした。
王妃の後ろでは「見る見るー」という風にアデライドが首を伸ばしている。
妙な鉢合わせになったな……、とアネットはちょっと遠くを見ていた。
妙な鉢合わせは、王妃の気紛れが原因だった。
本来午後の予定を、彼女は「ちょっと時間が空いたし行っても良かろう」という軽い気持ちで前倒しにしたと言う。
それで急遽、二階のサロンは封鎖され、王妃専用会場と化した。
先に鑑賞を終えたアネットとテオフィルは、三階のサロンにいた。と言うのも王妃が直々に「帰るのでないぞ」とテオフィルに命じたからだ。
二人してキューブを三つ並べたようなデザインのソファに腰を下ろし、王妃を待っている。
テオフィルが呟いた。
「なんでこうなった」
「なんかすみません……」
「君の所為じゃないし、王族の命令は最優先だ。しかし海の男とは何の事だ。恐らくそれが引き止められた理由だろう」
「あ、はい、では説明します。前回のコレクションテーマを……」
アネットは、アデライドによってドラマチックに脚色されたストーリーを語った。
聞き終えたテオフィルは、ぽかんとアネットを見た。
「君は、泣く泣く俺の元を去ったのか……」
「すみません。私じゃなくてマリーナ・ガールです。フィクションなんです」
「俺は何も、気付いてやれず……」
「テオ様、テオ様、大変失礼ながらその罪悪感は的外れです。なんかもう本当にすみませんでした」
とことん彼はアネットを責めない。勝手にネタにされた点もスルーだ。
その実直な様子に、アネットは零れる笑みを堪えきれなかった。
そうこうしている内に王妃がアデライドを伴って三階にやって来た。
待ち惚けのアネットとテオフィルを満足気に確認し、一同に凛々しく命じる。
「さあランチに繰り出すぞ。者ども、わらわについて参れ」
突然の誘いにアネットは瞬き、上司たるアデライドに確認の目を飛ばした。
「いや、これは行くしかないって」と半笑いの顔で彼女は告げている。なら行くしかない。
次にテオフィルを見た。忙しいであろう彼は急な予定に困っていないだろうか。
アネットを見返した彼は「問題ない」と頷いて見せた。
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