リゾートで拾った恋

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王都編

36 凶行

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王妃を先頭にした一行は三階から一階に下り、店舗の表に出た。
側近がリザーブしたらしい星付きレストランはワンブロック先なので、徒歩で移動する。店舗のある広場は馬車が入れないから歩くしかないのだが、王妃は意気揚々とウィンドウショッピングを満喫している。

護衛に守られる王妃の後に続いて歩きながら、アネットも他店のショーウィンドウを眺めていた。
それは本当に偶然だった。
ガラスの中に知った顔が映り込んだ。
え、と背後を振り返ったアネットは、突進してくる異母妹セリーヌの血走った目と対面した。
セリーヌはナイフを突き出している。
凶行が分かっていても、体を捻った姿勢のアネットは避けられない。金縛りだ。
鋭利な刃先が届く――前に、長身の影が視界に割り込んだ。

アネットの前に出たテオフィルの胸元に、セリーヌのナイフが入った。
ザクッと音がした。

「いや――!」

実に子供じみた声でアネットは叫んだ。
その声で一斉に振り返った王妃一行は、後方の凶行を目撃した。
護衛らが動き出すより、テオフィルがセリーヌのナイフを叩き落す方が早かった。

「逮捕する」
「放せ! 放せ! 全部お前の所為だ! 汚らわしい庶子がああ!」

暴れるセリーヌを平然と捕らえたテオフィルに、護衛らが加勢する。
罪人を彼らに引き渡し、テオフィルはアネットを振り返った。

「アネット、怪我はないか」

アネットは弾かれたようにテオフィルに詰め寄った。

「テオ様、テオ様、ちゃんと生きてますか!」
「ん、見ての通り五体満足だ」
「でも、ナイフが、ザクッて!」
「ああ。お陰でジャケットは台無しだが、体に刃は達していない」

これだ、と彼は胸ポケットから曾祖父の指輪を取り出した。

「刃先を上手く輪に通してやった」

アネットは惚けた。
やって来た王妃とアデライドが彼の手元を覗き込み「すご。これで凌ぐとかどんな超人、いや変人技よ」と褒めているようないないような事を言っている。
彼女達が呑気な内に、喧しく喚くセリーヌは口を塞がれ連行されていった。

アネットは肩から脱力し、路上にへたり込みそうになる。
その前にテオフィルがアネットを受け止め、支えた。

「大丈夫だ。アネット、君は安全だ」

アネットはテオフィルを仰ぎ見た。
視界が滲んだ。

「死んだかと――」
「ああ。君は無事だ」
「貴方が、死んだかと――」

テオフィルが瞬く。
アネットはテオフィルの体に両の腕を回した。

「死んだかと、死ん――ううう」

強く強くしがみ付いた。そうやって彼が生きている事を確認した。
テオフィルはアネットを抱き寄せ、背中や髪を撫でた。

「俺は死なん。君を置いて、どこにも行かん」

アネットは声を殺して泣いた。
大粒の涙を流すのは母が亡くなって以来だった。



セリーヌを取り調べた結果、男爵家の酷い有様が浮き彫りとなった。
陸軍士官の婿養子トマの逮捕を受けて家の評判はガタ落ち。社交界から悉く爪弾きにされた。
事業にも影響が出始め男爵は頭を抱え、外に出られなくなった夫人は屋敷でヒステリーを起こし始めた。
セリーヌは家にも学校にもどこにも居場所が無くなった。

「あの庶子が全部悪いのよ! わたくしの夫を誘惑した挙句に捨てたのよ!」

対応に当たった海軍所属の取調官は「そんな事実はない。お前の夫が性犯罪者だっただけの事だ」と素っ気なく教えた。
セリーヌは声の限り喚き、力の限り暴れ、その度に取り押さえられ、取調室は地獄の様相を呈していたと言う。
セリーヌの罪状は殺人未遂だ。それも王妃の護衛を掻い潜って凶行に及んでいる。
これは王妃への攻撃と見なされた。同情の余地もなく反省の色もない。

「極刑は免れん」

事件発生から一時間後、アネットを迎えに路面店に戻ったテオフィルが告げた。
早退を許されたアネットは彼の馬車に乗り込んで、異母妹の取り調べについて説明を受けていた。
異母妹への同情心など湧く筈もなかった。命を狙われた。自分だけでなく周囲の人達まで危険に晒した。
異母妹は自業自得どころではない。どうあっても償う事の出来ない、愚かにも程がある真似をしでかした。救いようがない。

考えが及ばなかった点は反省した。
トマが逮捕された後、あの一家が暴走する可能性を失念してしまった。しおらしく反省しない者達である事は、アネットも祖父母も思い知っていたのに。

この時初めて、アネットはテオフィルに男爵家との因縁を話した。
恐らくトマの逮捕時にとっくに調べていたであろうテオフィルは、それでもアネットの口から語られる真実に耳を傾けてくれた。

馬車は、既にアパルトマンの前に到着していた。
停止した車内で話を終えたアネットは、テオフィルを見た。

「有難うございました」
「気にする事はない。今日は早めに休むといい」

相変わらず神秘的な紺碧の双眸に、気遣いの色が見て取れる。
アネットは、テオフィルをじいっと見詰めた。

「迷惑ついでにテオ様、一つお願いしても良いですか?」
「何でも言ってくれ」
「官舎にお住まいなんですよね」
「ん、ああ。そう言えばまだ招いていなかったな。今度ゆっくり」
「今日伺ってはダメですか」
「今日……? いや、だが君は大変な目に遭って疲れただろう」
「疲れはないです。それよりテオ様の傍にいたい気分です」
「いや、――俺の傍にいたい?」
「ダメですか」
「ダメ、な訳はないが……」
「ダメですか」
「……知っての通り、俺は君に未練しかない男だ。君は今、弱っている。だから家に来るのはやめておいた方が良い。危険しかない。俺が言うのも滑稽だが、俺に付け入られてしまうぞ」
「お仕事が終わるのは何時ですか?」
「……アネット、俺の話を聞いているか?」
「何時なら行っても構いませんか?」

テオフィルはシートで項垂れた。
ほとんど口の中で「……抗えん」と呟き、アネットを流し見た。

「――何時でも、いつでも、俺は君を迎え入れる」

アネットは、こくりと頷いた。

「では後ほど」

テオフィルも頷くと、一度アネットの手を握った後にすっと放した。





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