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王都編
43 全容
しおりを挟むアネットの父ことカッセル男爵の取り調べは、難航している。
現実逃避が酷く、文字通り話にならないと言う。
ただ、文書偽造の「自白」は既に取れている為、そこは問題ない。アネットと男爵の会話を、屋敷の外で王太子の配下らが聞いていた。
詐欺の片棒、謎のジャン=フランソワ・ルードはと言うと、逮捕された。
逮捕と同時に、とんでもない事実が明らかとなった。
まず今回逮捕されたのはジャン=フランソワ・ルード本人、ではない。
アネットの伯父嫁ジュリー、否「元」伯父嫁ジュリーである。
カッセル男爵と共謀していた。それどころかこの詐欺プランを男爵に持ち込んだのはジュリーからだった。
男爵の言う殺しのプロとやらもジュリーの事だ。祖父母宅に「逆張り」していたテオフィルの配下が敷地内に潜む不審な女を見付け、拳銃所持で逮捕した。
このほど伯父との離婚が成立したジュリーは元ナースで、伯父とは軍病院で知り合った。伯父はそこで事務長補佐をしている。
「見栄っ張りにも程がある」という理由で伯父に離婚を申し渡されたジュリーなので、同僚からの評判も良いとは言えなかった。そもそも別れた伯父がいる軍病院には戻れない。伯父の父親は誰もが知る英雄の一人とあって分が悪い。
それでジュリーは、郊外にある精神病院に勤め始めた。
ジャン=フランソワ・ルードは患者で、身寄りがない。本名は不明。錯乱状態の浮浪者だったので、近隣住民からの通報を受けた地元憲兵が院内に閉じ込めた。
存在を知る者が限定されている男。その使い道を、ジュリーは閃いた。
「クソ生意気な庶子に一撃くれてやるわ」
アネットは、ジュリーが欲しかったスカーフもイヤリングも、ハンドバッグもブレスレットも老い先短いばあさんなんかに下げ渡した。まだまだ若く、そこそこ美人の伯父嫁がいると言うのに。
「私を無視するなんて許せない。世話になった恩を忘れてんじゃないわよ」
アネットからすれば、伯父嫁に世話になった覚えはない。
いずれにせよジュリーは、同じように庶子の成功を忌々しく思っているに違いない男爵にオモシロ企画を持ち込んだ。男爵は「良いアイディアだ」とそれを受け入れた。二人の行動理念は全く違っていながらも共謀の道は築かれた。
そしてジャン=フランソワ・ルード本人すら知らぬ間に、アネットとの婚約が結ばれた。
因みにアネットの署名はジュリーによる偽造だった。ナースのジュリーは元々字が上手く、しかも人の筆跡を真似る特技を持っていた。高度なスキルがあっても、犯罪の後押しになるのでは救いがない。
ともあれ二人の詐欺師が無事逮捕され、自供で以て事件は解決となった。
テオフィルから事件の全容を知らされたアネットは、疲れた息を吐いた。
「時々自分の運命を呪いたくなりますよ……」
「運命でも何でもない。今回の件は取るに足らん、些末な事だ。もう忘れていい」
言い切ったテオフィルこそが未だ引き摺っているように、アネットには思えた。
笑みが零れる。
「テオ様、かなり不機嫌ですね?」
「邪魔されたのでな。それに不完全燃焼だ」
「カッセル男爵の動機、ですね?」
「君への継承にあれ程拘った理由が分からん」
「私は、なんとなくですが分かった、ような気がしてます」
テオフィルは軽く目を見開いた。
「聞かせてくれ」
「ハズレかもしれませんけどね、――最後になりたくないからですよ」
「ん?」
「どう足掻いても男爵家は終わりです。つまり父が最後のカッセル男爵になる訳です。言わばリレーのアンカーです。それが耐えがたい事だったんですよ、あの人にとっては」
「――、ちょっと理解が追い付かん。もしそうなら変わった動機だな」
「そうですか? 私はもうこれでいいやって納得してます」
父は言っていた。
「終わらせる訳にはいかない」とか「私は解放されるんだ」とか。
「最後から解放されるには自分の後ろに誰かがいなければいけません。だからどうしても後継を欲していたんです」
「やはり分からん」
「家を潰した当主として歴史に名前が残るのを嫌ったって事でしょう。王侯貴族にしてみればこれ以上ない不名誉です。あの人は、きっとそういう教育をされている筈です」
「俺は次男だが、家を守るよう言われて育った。しかし優先すべきは家紋ではなく家族だと習った。称号や邸宅ではなく、人を守れと」
「素敵な教えですね。前男爵が言いそうもない事です。ある意味、父は前任の被害者なのかもしれませんが同情は致しません」
「ああ、必要ない。もう終わった」
「ええ、終わりました」
「今日から俺と君は晴れて婚約者だ」
「陛下のお仕事が早くてびっくりですね」
「急かした」
「そんな事して不敬にならないか心配です」
「ならない。陛下は上機嫌だった」
「見事不正が暴かれたから? 正義漢ですね」
テオフィルは首を左右に振った。
「俺に爵位を与えたからだ」
「へえ、爵位、って――」
「今回の件で叙爵が決定した。先の大海戦二連勝後に一度話は出たんだが、多忙を極めていたので断った。しかし短期間で伯爵家と男爵家の消滅が相次ぐ事となり、城は補修作業が必要と判断したようだ」
「補修……」
「国家の不名誉を名誉で塗り替える為、俺に白羽の矢を立てた。俺は断ろうとしたんだが、王太子殿下に全力で止められた。陛下はまだ叙爵を行った事がないから、とても張り切っている、もし断れば豪い目に遭うぞ、とな。俺もこれ以上の厄介事は御免なので受ける事にした」
「……爵位を」
「新参の現役軍人伯爵として中央貴族に加わる。来年には官舎を出て新居に移る事になるが、君と一緒に暮らせるのであれば俺はどこでも構わん」
「――――」
急に増えた情報量で、アネットは脳が溺れているような気がした。
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