靄が晴れましたので、

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帝都編

43 編入




午後四時半。
話の場がお開きとなり、シルヴィーはクラスメイト達と揃ってコーヒーハウスを出た。
この頃日の入りが早まっているから空は薄暗く、大通りの外灯は煌々としている。
淡い夕陽を仰いだシルヴィーの横顔に、甲高い声が飛んで来た。

「まあ、シルヴィー!」

シルヴィーは、一瞬自分がどこにいるのかを忘れた。
惚けた顔で声に振り向く。

満面の笑みを湛えたジュリエットがいた。
制服を着ている。シルヴィーと同じ王都学園のワンピースだ。
「どうして……」と惚けた声を出したシルヴィーに駆け寄ると、相変わらず花のような美貌が笑んだ。

「うふふ。帝都の学校に編入したのよ」
「編入……?」

シルヴィーと同じ学生服姿の女子と言う事で、周囲は誰もジュリエットを警戒していない。紹介されるまでもなくシルヴィーの旧友なのは明白だ。
ただ「なんかいかにもなマカロンちゃんだなあ」という目で観察している。
ローラがシルヴィーの隣に並び、ジュリエットに言った。

「もしや通われているのは帝国女学院ですか?」
「ええ、実はそうなんですの!」
「へえ。あちらさんも前の学校の制服OKなんですね。厳しそうなのに」
「私はちょっと特別なんです。いーっぱい寄付して学校に貢献したから」
「へえ。スーパーお嬢様なんですね」
「大した事ないですわ。凡庸な公爵家の娘ですもの」
「へえ……」

関心とも何ともつかないクラスメイト達の雰囲気を嗅ぎ取って、シルヴィーは一同を振り返った。

「ではまた明日、皆さん」
「あー、はい、また」

ぞろぞろと家路に就く集団の最後尾で、ローラが振り返る。
「大丈夫?」と目で告げている彼女に、シルヴィーは笑みで頷いて見せた。
後ろから腕を取られて我に返る。
「うふふ」とジュリエットは無邪気に笑った。

「帝都では私達だけのお揃いね、この制服」
「……そうね。ところで、トリスタンは元気?」
「知らないわ。夏からずっと会ってないもの」
「え? 私、彼と帝都でバッタリ会ったんだけど聞いてない?」
「知らないわ。婚約してるだけの他人よ、今の彼」

改めてシルヴィーはジュリエットと向き合った。
どんな心境の変化なのか、知らぬ間にジュリエットは留学していた。
帝国女学院は帝都の名門校の一つで、校内にチャペルがあり神学の科目がある。帝都学園を目指す女子の保険としても知られる。かと言ってレベルは低くないから保険の保険を要する。帝都学園の方が、より狭き門と言うだけの事だ。
ジュリエットは、昔から変わらない笑顔で告げた。

「ねえシルヴィー、私の下宿に遊びに来て。単なるペントハウスだけど、ラウンジのコーヒーは結構美味しいのよ」

高級ホテルの最上階で暮らしているらしい。
シルヴィーは怪訝に眉根を寄せた。

「その下宿先って、学校的にOKなの?」
「問題なかったわよ? お父様なんてセキュリティとか医療体制とかがしっかりしてるからって、いっそ賛成してくれたもの」
「……あの公爵様が、よく留学を許してくださったわね」
「神様のお勉強をしたいってお願いしたの。うちのお父様って、お勉強にはお金を惜しまない人じゃない」

知ってるでしょ? と小首を傾げられて、シルヴィーは頷いた。
「むしろ」とジュリエットの笑みがにんまりと深まった。

「シルヴィーの下宿先は私よりヤバいんじゃない?」
「……そうね」

当然知ってるか、とシルヴィーは今更気付いた。



結局シルヴィーは、課題を理由にジュリエットの誘いを断った。
ジュリエットは素直に「じゃあまた今度ね」とシルヴィーに手を振り、大通りに停めた馬車に乗り込んで行った。
拍子抜けのシルヴィーは、皇城に戻るや侍従に依頼し、ジュリエットについて調べてもらった。
学校に問い合わせて、色々な事が分かった。
ジュリエットの入学時、過去最高額の寄付金が支払われていた。公爵家は娘の学びと帝国への恩義の為、金銭を惜しまなかったようだ。
ジュリエットの成績は合格ラインぎりぎりだったらしい。けれど多少の学力不足を捻じ伏せる要因が二つもあった為、女学院は彼女を受け入れる事にした。
一つは言わずもがな、多額の寄付金だ。
もう一つは第三皇子妃候補の元同級生という「誉れ」だ。しかも皇子妃候補と同じ制服を纏って通学する留学生なんて、学校のいい広告塔になる。
好印象と好都合が、ジュリエットの入学を後押しした。

シルヴィーは、バルコニー傍のコーヒーテーブルで軽く唸った。

――全然良いんだけど……。

シルヴィー自身は何も困っていない。ジュリエットにしても神学をやりたいならやればいいし、立派な心意気だと思う。
たとえ「皇子妃候補」に肖った受験だったとしても構わない。

――罪じゃない。

フェアでもない。ただ、これを王侯貴族の世界で言い出したらキリがないので、言わないでおく。



就寝後、シルヴィーは霧の森に入った。
ぴゃーっと駆けて来たウサギを抱き上げて、切り株に腰掛ける。
アニマルのウサギと違って抱っこを嫌がらないから嬉しい。お腹とかお耳とか、尻尾まで触らせてくれる。

「ウサちゃんの尻尾、蝋燭の炎みたいな形で可愛いね」

指先でちょいと触れるとピコッと動く。可愛い。
今日は夢に何も持ってこなかった。欲しいからあげるのではなく、あげたいからあげたい。でも何か渡せばウサギはお返しを持って来る。城下のお土産を渡した際も、要らないと言ったのに綺麗な小石が返された。
これまで貰った物は、オルゴール付きの宝箱に仕舞ってある。入っていないのは皇太后の指輪だけだ。

「一方的に貢がせてくれないよね、ウサちゃん。お姫様なのに変なところで律儀なんだもんなあ」

そこに「――ウサギ贔屓だな」とヴィンツェンツの声が加わった。
一日中基地に出掛けていた彼とは夜も顔を合わせられなかった。
「夢で逢えるかな」とシルヴィーは軽く考えていた。
同じらしい、彼は池の畔に腰掛けて笑んだ。

「会えずとも会えるな」

シルヴィーは笑って頷いた。





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