靄が晴れましたので、

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帝都編

45 「魔法」




金曜日の一限は「わくわく楽しい魔法の哲学」だった。
同級生が一人もいない教室で、シルヴィーは教師の話を聞きながらノートを取る。
「はい――」と初老の教師は前置きし、テキストのページを捲った。

「次の項ではね、魔法のヘリテイジってズルいんじゃないの? って言うような事が書いてあるんですよね。まあ継承した人の努力はあんまり要らんですからね、ズルいはズルいんですよね。でもそれ魔法に限らないですよね。既得権益への突っ込みにも通じますよね……」

シルヴィーはふと、ヒミカとセンジュを想念した。
センジュは独自にワ食の腕を磨いた、ノー・ヘリテイジのメイジだ。因みに、美食の国がある大陸南部ではなく北部の帝国に定住した理由は「ビールに惚れたから」らしい。来た当時、挨拶と食べ物以外で知っていた帝国語は「イェーガー!」のみ。謎だ。なんで叫ぶのかも謎だ。
一方、ヒミカはヘリテイジのメイジで、亡き母から八卦を受け継いだと言う。
「母の祖先は大陸の人で、大罪を擦り付けられて国を追われた亡命者だったそうです」と軽めの口調で重い話をしてくれた。

ビースト同様、ヘリテイジの研究もあまり進んでいない。
使い手が少な過ぎる。血が絶えれば終わるという脆弱さに加え、口伝が多く、外部に情報が漏れない。
ヘリテイジのメイジは絶滅危惧種と言っていい。地域によっては異端と恐れられ、排斥されてきた。ヒミカの母方の祖先もそうだったのだろう。
魔法先進国であり多国籍に寛容な帝国では、メイジは歓迎され、厚遇を受けられる。帝国で安住を得たメイジは多い。
今でこそメイジの地位は確立している。少なくとも先進国では。それでも国の中枢をメイジで占める帝国ほど寛容という事はない。

魔法の歴史は、実は浅い。
魔法と言う言葉自体は太古からあった。けれどその存在が明らかとなり、表舞台に出てきたのは中世以降になる。

今で言う「魔法」は北から来た。
時期は定かではなく、中世後期には始まっていたとされている。北極圏を越えて「来た」事から、分厚い氷の下の深海に魔法のコアが埋まっていると推測される。見た者はいない。
じわじわと南下して来た魔法は、世界大陸に到達すると「森」を生み出した。
同じ頃、大陸北部の王侯貴族を中心に「メイジ」が現れ始めた。どうやら魔法には「より古い物を好む」傾向がある。

人類が気付きと学びを得る間にも森はゆっくりと肥大化し、とうとう永久凍土の大地を半分ほど呑み込んでしまった。そこで停滞した。こうして世界最大にして最古の森が完成した。
大陸中に点在する他の森はこの巨大な森の副産物に過ぎない。飛び地なのだ。

間もなく北方の超巨大帝国が滅んだ。「森」はあまり関係ない。帝政が倒された後の国政が上手くいかず空中分解したのだ。革命軍の指導者が「ただの人」で、求心力に欠けたのも一因と言われている。

森は、人類の脅威として誕生した。その一方で魔法と、これまでなかった魔力を帯びた鉱石を生み出している。それによりエネルギー革命が起こった。
人類に脅威以上の恩恵を齎したと言っていい。

――それに何と言っても。

帝国領の飛び地こと「魔女の森」も生じている。

――ビーストウサちゃんのお誕生日は、いつ頃かしら?

自然災害に等しいディザスター・スピリットと同じく、ビーストも「森」で突然発生する生命体だと言われている。
一世代限りの存在で親も兄弟もない。長寿もいれば短命もいる。

――ウサちゃんは間違いなく長寿の子。

なにせ一世紀前の皇后と接触している。
不意に、シルヴィーは脳内に閃光を視たような気がした。
思考が固まる前に、教師の「――はい」が打ち切る。

「まあ結局ね、ヘリテイジをズルいとか言ってもしょうがないって話ですね。他人を羨む心こそが問題ですよって事ですね。はい」

相変わらず投げやりな口調に意識を戻したシルヴィーは、急に思い出した。

――ジュリエットのお母様。

美人薄命の典型で娘命の彼女は死の間近、シルヴィーを病床に呼んだ。
そして親戚でもない子供のシルヴィーにこう言い遺した。

「娘をよろしくね。――ダスヴィダーニヤ」

彼女の言葉が「さようなら」という意味だと知ったのは、オペラ鑑賞が出来る年齢になってからだった。



東方の寄港地で、ヒミカは晴れた海を眺めていた。
船縁の直下に目を落とし、大河からの流れに目を凝らす。

――死体が流れて来たら、笑おう。

中々来ない。
八卦を出そうとしてやめておく。誰の目があるか分からない。
母方の祖国とこの国は陸地で繋がっている。八卦を知る者がいても可笑しくない。
ここらは水と空気が汚い。早く出航して欲しい。

――祖先は逃げ出して大正解だ。

ヒミカの母は気管支が弱く、それが原因で亡くなった。
八卦は母から教わり受け取ったヘリテイジだが、使用が解禁となったのは母の死後となる。
ヒミカと母ではスペルも仕様も違う。「領域」はヒミカが独自に進化させた。それまで八卦を視るには対象者に触れる必要があった。
八卦は、二世代同時に使えない。もしヒミカに兄弟姉妹がいたならば同世代同時使用は可能で、スペル被りもアリだっただろう。
いずれにせよ、ヘリテイジには煩い「縛り」がある。
他のヘリテイジにも、世代間で厳しいルールが設けられているに違いない。

――楽に相続出来る分、ノー・ヘリテイジより枷が重い。

何であれ「魔法」は甘くない。
ヒミカは、シルヴィーの幼馴染とやらを想像してみた。

――仮に、幼馴染ファーストを作り出すヘリテイジがあったとする。

幼馴染は病弱女子で、同じく病弱な母親からシルヴィーは娘を託されたと聞く。
わざわざ病床に呼び付け、他人の子供に娘を託す母親。どんなに親しくても有り得ない気がする。

――契約じみた行動と取れなくもないな。

だが死に際に託すという行為は、普通に子供のトラウマに成り得る。やはり魔法か否かの判断は付かない。

――二度と起こらないのならば放置で良いか。

もう一度かかったところで父の手料理を食べれば一撃だ。





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