靄が晴れましたので、

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帝都編

48 ボール




ボールを臨む大階段の前には、皇帝夫妻を中心とした皇族達の整列があった。
開け放たれた両扉から入場したヴィンツェンツとシルヴィーは、集まった各国要人や王侯貴族達の目に左右から晒されながらレッドカーペットを直進する。

シルヴィーは姿勢良くヴィンツェンツの腕に掴まり、彼と歩調を合わせて極力ゆっくりと歩いた。お披露目につき早足厳禁だ。
優雅な歩行の中、視界の端だけで大勢の顔を捉えつつ彼らの拍手を聞く。群衆の中には、数分前に言葉を交わした従兄とその婚約者もいる筈だけれど確認は出来ない。誰とも目を合わせてはいけない。
ふと、過ぎる。

――確か、ロンネフェルト侯爵は来ていないのだったかしら。

侯爵夫妻は、城からの招待状に「欠席」の返信をしている。「虐待容疑をかけられている今、エレオノーレと接触などしない」と堂々とその欠席理由を告げている。
強気で、皇城にも臆さない彼らの姿勢を「疚しい事がない、潔白だからだ」と見る者、「単なる自信過剰」と非難する者など、意見は様々ある。
シルヴィーには判断が付かない。侯爵夫妻を知らない。

――エレオノーレ様の事だって知らないわ。

接触時間が短過ぎる。癇癪持ちの子供、それがシルヴィーが実際に見聞きしたエレオノーレの全てだ。
彼女は今、部屋で謹慎を言い渡されている。鎮静剤を打たれて眠っているらしい。
「未来の皇子妃」と知った上でシルヴィーに無礼を働いた行動は大いに問題だったけれど、結果的に何かしらの損害が出た訳ではない。
例えばシルヴィーを打つとか、肩や髪を掴むとか、私物を壊すとか汚すとか、物理的な暴力は何もなかった。

――あっても可笑しくない剣幕だったから、そこは意外ね。

いや意外でもないか。エレオノーレは体力に乏しい少女なのだ。
だからこそ、今回の事は厳重注意だけでお咎めなしとなった。
本来なら皇城は、親であるロンネフェルト侯爵に注意なり警告なりするところだ。
でもエレオノーレの身柄は皇城にある。保護者はこちら。何も言えない。
シルヴィーは妙な考えに行きついた。

――侯爵は、手に負えない娘の世話をお城に押し付けた。

まさか、と内心に頭を振って考えを払う。
こんな事、狙って出来るものではない。第一何のメリットもない。侯爵は虐待親のレッテルを貼られ、社交界に居場所がない。

――もし、社交界に興味のない人だったら。

ノーダメージかもしれない。
ロンネフェルト侯爵領は、帝国東の辺境に位置する。帝都から遠く、地理的な気候要因から国内一の寒冷地として知られる。

――あれ。案外……。

シルヴィーの思考は、高貴な列に加わったところで中断された。
皇帝がボールに向けて発した。

「皇室は、未来の第三皇子妃シルヴィーを得た。皆も承知の程よろしく頼む」

歓声と拍手が沸き、シルヴィーは笑みで彼らに応える。
頬が引き攣りそうなのを懸命に堪えた。正面から押し寄せる音の波と圧とで、後ろに倒れてしまいそう。
ヴィンツェンツの手が背中に添えられていなければ引っ繰り返っていた。
彼はシルヴィーに気付いている。ふらついて、ぼさっと考え事をしていると分かった上で叱責せず、ただ静かにフォローしている。

――来年にはこの方と結婚するのね、私。

まるで実感が湧かない。ティアラを戴き、皇族側に立って拍手を浴びている。
こっちが夢で、夢の方が現実と思えて来た。

――それはそれで悪くないわ。

今夜はウサギに会えるだろうか。
もう三日も会えていない。辛い。



披露と宣言が済むや、シルヴィーはヴィンツェンツと共にファーストダンスを務めた。本日の主役とあって「お腹が痛い」は許されない。
ただ本気でそう言ったなら、ヴィンツェンツは「休め」と言ってくれるだろう。

――だからこそ言えないわ。

この派手な舞台に上がるのが自分だけなのであれば、返って頑張れなかった。
相手の為に頑張りたくなる存在、それがパートナーという気がする。少なくともシルヴィーにとってはそうだ。
ヴィンツェンツの妃でなかったら全力でお断りしていた。国や家や誰に恨まれても辞退を選んだ。不良とか演じたかもしれない。

――政略結婚に恋愛感情は要らないと言うけれど。

無ければ、シルヴィーはここで踊っていなかった。
良かったと思う。彼を知って良かった。彼を好きになって良かった。
ダンスの終わりに拍手が沸く。
大音響の中で、シルヴィーはそっと彼の胸元に額を寄せた。

「有難うございます」

呟き声だったのに、ヴィンツェンツは拾ってくれた。

「私の台詞だ。シルヴィー、感謝している」

最高のプレゼントを貰った気がして、シルヴィーは微笑んだ。

本当のプレゼントはこの後にあった。
さっと歩み寄った侍従が、ヴィンツェンツに小箱を差し出して去っていく。
受け取った箱の蓋を押し開き、ヴィンツェンツはシルヴィーに中身を披露した。

「婚約指輪だ。受け取ってくれ」

巨大な赤い宝石の指輪が現れ、折角静まっていたボールがまた歓声に包まれる。
シルヴィーは惚けて彼と指輪を交互に見た。

「ティアラから消えているなと、思ってましたが……」
「リメイクしたのはティアラと指輪だ」

サプライズに言葉もない。
停止中のシルヴィーの左手を取り、ヴィンツェンツは一世紀前にカッティングされた宝石で薬指を飾った。
ずっしりとした重さが加わり、シルヴィーは息を呑む。

「これ、普段は外すんですよね」
「着けていても誰もそなたを責めんだろうが、少々邪魔だな」
「邪魔よりも紛失の恐怖が……」

シルヴィーの恐怖が二つに増えたところで、ボールにワルツが戻って来た。





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