靄が晴れましたので、

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帝都編

49 公開




歓談タイムになると、ゲスト達はドリンク片手に談笑を始めた。
皇帝一家のもとへ足を運び「この度はおめでとうございます」と改めて挨拶に来る者は多い。
シルヴィーは、ヴィンツェンツの隣でその一つ一つに会釈で応えた。
重鎮の一人が妻を伴ってやって来た。ほろ酔いで「めでたいですなあ」と上機嫌に切り出した笑顔に邪気はなかった。

「それで、シルヴィー様はどんな魔法をお持ちなのですかな?」

周囲から、ふ、と話し声が消えた。
それはほんの一瞬の事で、すぐに意図的に逸らされた顔達が会話を再開させている。そうしながらも周囲が「気にしている」のが伝わった。

自国の侯爵令嬢を押し退けて、来て間もない外国人の伯爵令嬢が「もう」未来の妃に決定した。メイジだからに違いない、と考えるのは自然だろう。
それ以外にシルヴィーのアドヴァンテージは考えられない。少なくとも傍目には。

重鎮の妻が潜めた声で「あなた!」と夫を諫める。「うん?」と振り向いた呑気な顔に「飲めないのに飲むから……」と呆れた後、彼女はこちらを向いた。

「申し訳ございません。夫の無礼をどうかお許しください」

シルヴィーは首と片手を横に軽く振って「大丈夫です」と告げる。
妙な空気が漂う中、皇后の「ほほほ」という高笑いが発せられた。

「シルヴィーは未だメイジではない。だが、それは重要ではない」

すんなりと言い放った皇后に、家臣らの目が集まった。
多くの顔がこう疑問視している。

「彼女はメイジでない? ならば皇子妃の決定を急ぐ事もなかったのでは……」

なにせ、名門侯爵家の出で一つ下のエレオノーレが残っている。彼女の方がメイジとして開花する可能性が遥かに高い。
声に出さなくても告げられている内容を察し、皇后は微笑んだ。

「そなたらの言うのも分からんでもないがな。しかし私は恩義あるシルヴィーに、どうしても息子の妃となってもらいたかったのだ」
「恩義?」

疑問を深めた顔達に、皇后の左手が勝者のように掲げられた。
シャンデリアの光を受け、白い手元で巨大な碧い石が燦然と輝きを放つ。

「これを見よ」
「そ、それは――」
「数年前に紛失した皇太后の指輪だ。シルヴィーが見事見つけ出してくれたわ」
「一体どうやって。もしや失せ物を探す魔法?」
「方法は企業秘密だが、彼女の機転でこの手に収める事が出来たと言っておく。そういう訳なので皇室はシルヴィーに好印象を持っており、感謝しておるのだ。メイジか否かなど些末な事よ」

深まった謎に困惑しつつも一応の納得がボールに広がった。
気恥ずかしさを覚えるシルヴィーの隣で、ヴィンツェンツが母に続いた。

「今のは母の意見であり私とは違う。――愛しているだけだ」

わあっと周囲から声が上がった。
一気に湧いた熱気でシルヴィーは紅潮し、硬直する。
ヴィンツェンツが「すまんな」と苦笑した。シルヴィーは彼に笑み、周囲に笑む。顔が熱い。
本心ではウサギよろしく、ぴゃーっとこの場から逃げ出したかった。



就寝するやシルヴィーは、ぴゃーっと霧の森に逃げ込んだ。
ウサギは釣りの最中で、逃げて来たシルヴィーを何事かと振り仰ぐ。
「ごめんね、何でもないよ」と言って、シルヴィーはウサギの座る切り株の傍らに腰を下ろした。夜会での一大事を想念して項垂れる。

「公開告白と公開処刑って、似てる……」

ウサギはピコピコと耳を動かし、釣り姿勢を維持する。
ちょんと座った姿勢がやはり人間っぽい。誰を真似ているのだろう。万年筆など、運搬に両前足を要する物を受け取った際も、ウサギは人間っぽく二足歩行をしている。
ウサギへの興味は尽きない。

「私って、ウサちゃんの才能があると思うんだよね」

ウサギの澄ました横顔が「ウサちゃんの才能? なにそれ」と言っている。
シルヴィーは片手を伸ばしてウサギの猫背を撫でる。
夜会でかけられた言葉を思い出した。「どんな魔法をお持ちなので――」。
言われて気付いた。魔法コンプレックスが自分にはあると思う。古い血統の王侯貴族ならば、大なり小なり持ち合わせている感情だろうけれど。

「あんまり気にしてないつもりだったのに、思った以上に魔法がない事を気にしてたみたい」

「そうなのか」とヴィンツェンツの声が加わった。
彼はシルヴィーの隣に腰を下ろすと、胡坐を掻いた膝に片肘を突いてシルヴィーを見やった。

「そなたに魔法など要らんだろう」
「みんな的にはあった方が良いのは確かです。それに多分」
「なんだ」
「私、魔法に憧れてます。殿下もウサちゃんも持ってる。私だけ持ってない。これは非常につまりませんよ」
「私のものはそなたのものだ」
「――画期的なアイディアを閃きました。ウサちゃんをここから連れ出すんです。そして私の魔法ウサギとして世に言い触らしてやります」
「……また唐突だな。連れ出すとは、いかようにする気だ」
「抱っこしたまま目覚めてもダメな事はもう分かっています。なのでまずケーキの箱を用意します」
「……ダメな予感しかせんな。続けろ」
「夢に持ち込んだ箱にウサちゃんを誘導します。可愛い箱に可愛いウサギをインした上で蓋をし、それからラッピングをして後は目覚めを待つのみです」
「百パーセント上手くいかんだろうな」
「――ねえウサちゃん、ケーキの箱に入るのって嫌かな? ラッピングのリボンはゴージャスなゴールドにするよ。閉所恐怖症でも大丈夫。私が傍にいるし、すぐお外に出られるからちっとも恐くないよ。すぐだよ、すぐ」
「……ウサギが閉所恐怖症では致命傷だろう。とにかく、それは上手くいかん」
「やってみなくちゃ分かりませんよ。ヴィッツ様、諦めないで」
「何故私を励ます……」

ウサギは釣り姿勢のまま、賑やかな人間二人を眺めていた。





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