靄が晴れましたので、

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帝都編

50 ビースト




未来の第三皇子妃がシルヴィーで決定した。
帝都在住のジュリエットは「えええ」と悲鳴ではなく歓声を上げた。

「もおおシルヴィーったら、どんだけ私に貢献してくれる気なのおお」

ジュリエットの「持ち物」がどんどん上り詰めて行く。
どんどん立派になっていく。

「さすが私のシルヴィーだわああ。私の為に頑張ってえええ!」

つくづく、どうやってシルヴィーを妃候補から外そうかと悩んでいた日々が愚かしく思える。
帝都に来たことで立派なシルヴィーに肖った優雅な暮らしをゲット出来た。我ながら好判断をした。
シルヴィーはステージアップを果たした。つまりジュリエットの未来も安泰となったのだ。

「私の人生ヤバくない? だって、もうする事なんて、従姉妹だか何だかが見付かるのを待つだけよ? 楽勝過ぎて笑えるんだけど」

ジュリエットは浮かれた。
折角帝国にいる事だし、何かもっと楽しい事をしたい。

「盛大にパーティーでも開こうかなあ」

楽して楽しい。帝都暮らしは最高だ。



週明けの帝都学園は意外にも静かで、シルヴィーは聊か拍子抜けした。
みんな弁えている感じがする。
登校時に擦れ違う生徒達は静かに会釈をしてくれる。貴族や良家の令息令嬢が多く通う学校なので、振る舞いが上品なのは当然だ。

――でも皇子妃候補だった時は、もっとリアクションがあったわよね。

物珍しさが薄れ、飽きたのだろうか。それで全く構わないのだけれど。
教室に着いた。クラスメイト達は「おはようございます」の後に「おめでとうございます」をプラスした程度で、前週とほぼ態度に変化はなかった。
安堵と共に席に着いたシルヴィーは、やや遅れて入ってきたローランド&ローラ兄妹を呼び留めて「なんだか学校全体が静かですね?」と声を潜めた。
ローラは「そりゃあそうでしょうとも」と頷いて見せた。

「なにせ未来の第三皇子妃様の御前です。お行儀よくもなりますよ」
「私は先月からこちらに在籍してますけど……?」

ローランドが首を左右に振った。

「候補は、所詮候補です。ご大層な肩書きに聞こえても、そこら辺の貴族と大差ない存在です」
「そういうものですか」
「ここは百年も前から各国の姫どもが妃候補として集まってきた都市の学校です。候補なんぞ有難くも珍しくもない。しかも大半は夢破れて通り過ぎていくだけの存在ですからね。正式な妃となって初めて有難い、価値ある存在になるんです」
「なるほど……」
「他人事ですね。貴女の事ですよ」
「そうですね……」

他人事のまま、シルヴィーは頷いた。



カフェテリアでランチを済ませた後、シルヴィーは校内にある学園図書館へと向かった。
食後の調べ物習慣が定着してきた。
「魔法遠征」の日程が迫っている。それが終われば冬季休暇まではあっという間で、休暇期間中に皇城で年末ボールが開かれ、年明けには学期末試験がある。
忙しくなる。その前に隙間時間を利用して、卒業研究テーマ予定のビーストについて学べるだけ学んでおく事にした。
宮廷には有識者チームが常駐しており、城内には学校と同規模の図書館もある。とはいえテーマが固まっていない現状ではまだ頼らない。
ビーストで行くと確定もしていない。ヴィンツェンツに少し相談しただけだ。
書棚から分厚い一冊を引き抜いたシルヴィーは、唯一知る個体、白いウサギを想念した。

――ビーストとは……。

ビーストとは、孤高な生き物である。
人たるメイジと同じく誕生時からいきなり魔法は使えず、やはり才能と技術を磨かねばならない。その為に知性と自我を要する事情もまた人と同じくだ。
それこそが、ビーストとディザスター・スピリットとの大きな違いでもある。
人以外の生命体でありながら魔力を操るディザスター・スピリットは、存在自体が魔法――気象や海象と同じ現象である。知性も自我もなく、個がない。
ビーストには個があり、キャラクターがある。
だから時折、人界と交わったりする個体が出てくる。



白いウサギは、霧の森で生まれて「いた」。

最初は河原の小石くらいのサイズだったのが、日に日に大きくなっていった。特に何もしなくてもすくすくと育ち、ハトのボディと同じくらいになったところで成長が止まった。
森の中には自分以外のビーストもいた。
広範囲の縄張りを持っていたのはオオカミ型のビーストで、凶暴で強敵で、度々森を通過する人間どもを襲っては食らっていた。
その人間どもも人間どもを襲っていた。山賊らしい。
ウサギの縄張りにも偶に踏み込んでくるのがいた。

「お、ウサギじゃねえか。チビだがまあいい。今日は煮込みが食えるぞう」

連中は、ウサギの煮込みを食えなかった。狩る側より狩られる側の戦闘力が勝っていた。ウサギがちょっと後ろ脚で蹴ってやったら、連中の人生は終いになった。
この世は弱肉強食だと言う。でもウサギは、始末した人間どもをオオカミみたく食う事はしなかった。
生まれながらにウサギはまあまあ賢かった。愚か者を食うと愚かがうつる、という勘が働いた。飢える訳でなし臭い肉を食う必要はない。脳筋のオオカミとは違う。
まあまあ賢かったウサギのパワーは、誕生から数年で脳筋オオカミを越えた。

「今日と言う今日は食ってやるぞ、ウサギ」

ウサギがちょっと後ろ脚で蹴ってやったら、オオカミ生は終いになった。
この頃には相当ウサギは賢くなっていた。
近所から天敵が排除されると、警戒すべきはディザスター・スピリットだけになった。五感に優れたウサギでもその発生を予知するのは難しい。
土を通じて僅かな脈動を察知するしかない。
ウサギはウサギらしく深い穴倉に潜る事にした。長い眠りの中「夢で得る」能力を身に着けていった。





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