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帝都編
55 におい
研究所を後にしたシルヴィーは、モニカと共に辺境伯軍の誘導で森を抜けた。
森の入り口までは王国側の警備隊も付き添った。たった二人しかいないのに護衛が大袈裟過ぎる。
去り際、トリスタンが「それではお気を付けて!」と威勢よくシルヴィーを送り出した。シルヴィーは他人行儀に「どうも」と返した。
高原では、森から戻った面々が幾つかのグループを形成していた。
クラスメイトの輪に向かいながらシルヴィーは、モニカに対して少し幼馴染をフォローしておいた。
「……彼は、まあ悪い人ではないんですよ」
「でも、シルヴィー様への馴れ馴れしい態度が気になりました。未来の皇子妃様だって事、ちゃんと分かっている筈ですよね? なんだかヘラヘラしてて軍人としての自覚も欠けていますし。明日も顔を合わせるのでしょうか?」
「多分……。研究所にはまた足を運びますので」
「私、シルヴィー様の盾になります」
「お気持ちだけで充分ですよ。大丈夫。彼は基本的には無害ですから」
モニカはあまり信じていないようだった。トリスタンのような浮ついている男子が嫌いなのだろう。生真面目なモニカとは対極のキャラクターだ。
――彼と仲良くする必要はないワケだし。
距離を取っておけば問題ない。
就寝前、シルヴィーはホテルの部屋で書き溜めたノートを纏めていた。
研究所では、所長のデーニッツから観察対象の一体だと言うリス型のビーストを紹介された。
彼はビーストを檻に入れて管理などせず、基本は森を歩き回ってビーストの縄張りを訪ねるという研究スタイルを取っていた。そうする内にビーストの方から研究所を訪ねて来るようになったと言う。
リスは最もデーニッツに懐いている個体と言ってよく、彼が「おおい」と呼ぶと木々から顔を出し、ムササビよろしくフェンスを飛び越えて敷地内に入ってきた。
リスの瞳はゴージャスなゴールドで、ボディはミッドナイトブルーだった。
デーニッツの足元から彼の肩まで一気に駆け上がり、丸い尾をくるくると動かす姿は大変愛らしく、シルヴィーもモニカも和んだ。
デーニッツは「触れますよ」と言って上腕に載せたリスを女子達に差し出した。
ビーストとは言え生まれて初めてリスに触れて、シルヴィーは感激した。
リス型のビーストには他生物の害意を嗅ぎ取る能力があり、サービス精神も旺盛なので好意には応えてくれるとの事だ。
シルヴィーは、夢で会う白いウサギについてデーニッツに話した。
ビーストのスペシャリストであるデーニッツは「そういう事があるんですねえ」と驚きつつも、シルヴィーの話をすんなりと呑み込んでいた。
「――ただ、申し訳ありません。ちょっとマズいかもしれません」
「と仰いますと?」
「今、リスに触ってしまったでしょう。もしかしたらウサギは、リスのにおいを嫌がるかもしれません」
「え? 嫌がられると、どうなるんでしょう」
「拒絶される可能性があります。ビースト同士にも相性はあるので」
「え、――え? では今晩の夢に出て来てくれない可能性が?」
「……私の交流の場は夢ではないので参考までのお話となりますが、――嫌いな個体のにおいが取れるまで特定の個体から絶交された経験があります。辛い日々でした」
「そ、そんな――」
この晩、シルヴィーは不安を抱えて眠りに落ちた。
霧の森に着くと池の畔に立っていて、すぐ目の前の水面にウサギがいた。
なんかプンスカしている。怒っていらっしゃる。
二回体を洗ったのにリスのにおいは落ちなかったようだ。
シルヴィーは地面に両膝を突き、弁明を試みた。
「これは、違うんだよ。浮気じゃないんだよ。学術研究の一環で――」
ウサギは尚もプンスカしている。毛を逆立てて「他の女の香水のにおいがするわ! 一体どこの誰よ!」と問い質している。多分。
シルヴィーは「どうか許して。モンブランをあげるから」と言って、秘密兵器のケーキの箱を取り出した。ポケットに入らない物は枕元に置けば持ち込めると最近分かった。
ケーキの箱を認めるやウサギは「ほう?」という風に首を傾げ、ひょいひょいっと近付いてきた。
シルヴィーは箱からモンブランを取り出して、ウサギの前に置く。
ウサギはむしゃむしゃとケーキを食べ始めた。
宝石のように美しいケーキはホテルのパティシエが作った。その見慣れたビジュアルからシルヴィーには、制作者が王国出身だと察せられた。王国と帝国はケーキのビジュアルにかなり差がある。地方は特に顕著だ。
双方の辺境には双方の移民や子孫が多く、こうして文化が交じるから興味深い。
ケーキを食べ終えたウサギは、箱を齧り始めた。
いつも何でも残さず食べる。そうでなければどこかに持ち帰る。
シルヴィーはふと気付いた。
「返品された事ってないな……」
厳選しているとは言え、全品がウサギの好みに的中するとは限らないだろう。
「ハートが籠っていればいいのよ、みたいな?」
箱を齧るウサギの額を撫でていると、「なんだそれは」と背に声が発した。
ヴィンツェンツは、ウサギとシルヴィーを見て半ば呆れた。
「随分と良い物を貢いだようだな」
「お返しがあるから貢ぐとは言えませんよ」
「謎の律儀だな。――或いはルールか」
「――いけない。この箱にウサちゃんをインするのを失念してました」
「まだ諦めていないのか。前回紙袋で試して失敗しただろう……。ところで今日の報告をしろ」
「人生初の後輩を得てビースト博士にお会いしました。二人の前で夢の話を言い触らしたんですけど、マズかったでしょうかね?」
「論文を書く気のそなたが今更何を言っている」
「そうでした」
箱まで完食したウサギが駆け去り、戻って来る。
お詫びの品にもきちんとお返しをするのだから、やはり律儀だ。
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