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帝都編
60 お別れ
本日の検証を終えようとしていた頃、訪問客があった。
トリスタンだ。
とりあえず研究所の玄関で待つ彼のもとに向かって、シルヴィーは瞬いた。
トリスタンは泣き腫らした顔をしていた。
「トリスタン? 貴方、大丈夫?」
「……うん。命はある」
「そうね。先日は大変だったものね。改めてお互い無事で良かったわ」
「……うん」
子供のように頷いたトリスタンは、シルヴィーの背後で守護神のように立ちはだかるヴィンツェンツを上目遣いにした。
唇の端で僅かに笑み、呟く。
「……そんな睨まなくても、この雑魚には何も出来ませんよ」
声を拾い損ねたシルヴィーは「え?」とトリスタンに耳を傾けて見せる。
傾いた肩をヴィンツェンツが掴み、自分の方に引き寄せた。
シルヴィーは彼を振り仰いで瞬き、トリスタンの嘆息を聞いて正面に向き戻った。
「それで、今日は?」
「……うん、お別れを言いに来た」
「デュ・ムーリエ辺境伯軍は引き上げるのね?」
「……ううん、引き上げるのは僕らだけ」
「僕ら」と復唱したシルヴィーの目がトリスタンと、彼の背後で「うす」と顎を引いた大柄な兵士を見比べる。
トリスタンは言った。
「今回の事件で思い知ったよ。僕には軍隊なんてとても無理だってね。だからもう故郷に帰る。父には根性なしってどやされるだろうし、公爵様にも失望されるだろうけど恐いものは恐いし、出来ないものは出来ないからさ……」
「そう。貴方の判断で良いと思うわ」
「うん……」
また子供のように頷いたトリスタンに、シルヴィーは軽く息を吐いた。
ヒミカみたく正解は分からない。でも人間無理をすべきじゃない。
そろそろ東洋から戻って来る筈の友人を想念して、ふと閃いた。
「貴方、ジュリエットには会っていかないの?」
「……うん、会わない。帰ったら彼女との婚約を解消するよ。僕には彼女を支えられない。自分の事で精一杯だし、凄く疲れてるから。何もしてない癖して疲れてるなんてバカみたいだよな」
「そういう事もあるわよ。大変な事件の後だもの」
トリスタンはまた「……うん」と頷いてそろりと踵を返した。
「もう行くよ。なんか僕ら短期間で色々あったけど――全部ごめんな」
シルヴィーは瞬き、幼馴染の一人を見詰めた。
かっちりとしたシルエットの軍服と、肩に担いだ武骨なライフル。
何度見てもトリスタンには似合わない。
――彼は正しい判断をした。
シルヴィーは軽く、押し出すようにしてトリスタンの肩を叩いた。
「元気でね。またいつかどこかで会いましょう」
トリスタンは惚けた目で振り返り、泣き笑いのような顔になった。
「本当は僕さ、昔みたく君に頭を撫でて欲しかったんだ」
シルヴィーは微笑んだ。
「今年十八歳の男子が、甘えないで」
シルヴィーの叱責に彼はまた「うん」と頷いた。
去っていくトリスタンの後ろに大柄の兵士が続く。なんだか妙なコンビなのに妙にしっくりくるから不思議だ。
不意に、シルヴィーの手を背後のヴィンツェンツが掴んだ。掌を合わせて指先をにぎにぎと動かしている。
シルヴィーは苦笑した。
「彼に触れたのは無神経でしたね?」
「今上書きしたから問題ない」
「申し訳ありませんでした」
「詫びも要らん。それより、私もそなたに頭を撫でてもらいたい」
「今年二十三歳の男子でいらっしゃる殿下が、随分と可愛い事を仰るのですね」
「ダメか」
ヴィンツェンツはにぎにぎしながら視線を明後日に向けている。
彼の横顔に、シルヴィーは笑いかけた。
「二人きりになりましたら、いくらでも」
ヴィンツェンツはにぎにぎしながら首を上下させた。
魔女の森、深部の池の畔――。
ウサギはねぐらの洞窟で眠っていた。一日の九割を寝て過ごしている。
「サモン」時はちゃんと目を覚ます。夢の中にいても彼女の呼び声は聞こえる。
会いに行く。綺麗な名前を貰ったし、優しい彼女が好きだ。
ウサギ改めスノーホワイトに優しい人は多かった。波長が合うのだから当然ではある。一部例外もいたけれど概ねみんな優しかった。
最初の皇族こと皇后とは、彼女の娘時代からの付き合いだ。名前を知らないので彼女の一人称「わらわ」と勝手に識別していた。
色々あって紅い宝石をゲットした。
何人かを経て、また皇族に出会った。彼女は既に皇太后の地位にいた。
一世紀前の夢の話は、文献で残っていたらしい。スノーホワイトに会うや彼女は「アンティークのティアラを若いプリンセスに差し上げたいのだけど、肝心のルビーンがなくて。紛失記録もなくて城の七不思議なの。貴女、何か知らない?」と相談を持ち掛けた。
スノーホワイトの方から物品を差し出す事は、夢のルール上出来ない。言葉を発せられないし、筆談もルール違反となる。皇太后が偶然気付くのを待つしかない。
ある日、彼女は偶々緑色の石が付いた指輪を外した。スノーホワイトはそれを持ち去り、代わりに彼女の望む品を持って来てやった。
「そういう事!」と彼女は声を上げて笑った。
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すぐに気付けなかった自分を彼女は「バカバカ私のバカ」と笑いながら罵った。
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排除は出来ない。夢は、スノーホワイトに好都合の世界でありながら、偶々来る者を拒む仕様になっていない。
それで良かった。すぐに次の迷い人が来た。
「まああ、可愛いウサちゃん!」
……いや、これは煩いぶりっ子だ。自分の事を「世界一可愛い」と思っている、得体の知れない不気味な娘。「二度と来なくなって」くれて嬉しい。
次に現れたのは、釣り中のウサギをそっと見守る優しい人だった。
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スノーホワイトの名付け親、シルヴィーだ。
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