靄が晴れましたので、

C t R

文字の大きさ
61 / 86
帝都編

61 捜査状況




ホテルのフロントに、ジュリエット宛の手紙が三通届いていた。
一通は実家の父からで、もう一通はトリスタンから。
内容は似通っていていずれも「婚約解消」について綴られていた。
ジュリエットは冷めた目で文面を流し読み「あらそう、別に構わなくてよ」という旨の返事をテレグラフで済ませた。
トリスタンの存在なんてすっかり忘れていた。
ただ、出資者がいなくなるのはちょっと困るかな、と想念しつつ三通目の手紙を開く。女探偵からの報告だ。
内容に目を通したジュリエットは、出資者云々の心配はしなくていいと知った。

遂に、母方の血縁者が特定された。
それも待ち望んだ、女子だと言う。

ジュリエットは、あらゆる意味で息を呑んだ。

「と、とにかく会ってみましょ……うん」

あれこれ考えるのは、相手を知ってからでも遅くない。
継承はジュリエットの正当な権利であり、誰かに侵害されていいものではない。
何も後ろめたい事はない。

「そ、それにほら、この親戚っていうのが一族の恩恵であるヘリテイジを悪用してたらいけないし、確認しないと……」

尤も、悪用の線引きは我ながら分かっていない。
行動を起こす前にメイジの司祭に訊ねてみるのがいいかもしれない。
どうも最近、神学を学んでいる影響が出ているように思う。正しい行いについて神経質になっている。
何をすれば天国に行け、何をやらかすと地獄に行くのかが、気になる――。



「魔法遠征」が中断し、一週間が経過していた。
悪魔の森での事件調査は継続している。
不明点は多いものの、その概要は凡そ分かってきた。

森でのフィールドワークを終えて帝都に戻ったシルヴィーは、ヴィンツェンツのサロンに呼ばれて進捗報告を受けた。
応接セットで向かい合うなり彼は、こう切り出した。

「調査の結果、カラスの出現は自然現象ではなく事件だったと見られている」
「あの大惨事は人為的に起こされたんですか? そんな事が――」
「可能だ。大惨事を引き起こした犯人がいる。カラスの縄張りを刺激し、奴を激怒させた者がな」
「激怒――」

ヴィンツェンツの両腕が固く組まれた。

「どうやら犯人は爆発物を用いてカラスのねぐらを襲撃している。東側の斜面で、以前はなかった巨大なクレーターが発見された。地面はえぐれ、周囲の木々が木端微塵に吹っ飛んでいたそうだ。爆心地と見て間違いない」

現場を想像してシルヴィーは蒼褪めた。

「あの、そんな異常事態があったのに誰も気付かなかったんですか? 森には二つの国の部隊が常駐している筈ですよね」
「難しいな。あの辺りは雷多発地帯で爆音は珍しくない。私が犯人ならば、雷鳴に合わせて作動スイッチを押すくらいの工夫はする」

随分と悪知恵が働く。知能犯とは厄介だ。
シルヴィーはまだ見ぬ犯人への恐れと、怒りを覚えた。

「どうしてそんな酷い事を……」
「それは犯人を捕らえん事には分からん。だが犯人の候補はかなり絞れている」
「……森にいた人は当然、みんな容疑者になりますよね」
「もっと絞れるぞ。西側に集まっていた連中は怪しい」
「西……? あ」

シルヴィーの脳裏に当時の光景が蘇った。

「あのカラスは空から真っ直ぐこちらに降下してきました。つまり自分を害した犯人を知っていたんですね? だから追って来た」
「そういう事だ。そなたらはカラスの報復攻撃に巻き込まれたに過ぎんのだ」
「――となると、犯人の狙いが益々分かりません。自殺願望でしょうか。或いは追跡される事は、犯人にとっても想定外だったのか……」

うむ、とヴィンツェンツは唸るように頷く。同じところで躓いている。
「実はな」と彼は言った。

「私は初め、そなたの幼馴染を疑っていた」
「トリスタンですか? でも彼は」
「ああ。早々に部隊から離脱しているな。だから怪しいと言えん事もないが、そなたの話を聞く限り、今回の犯人像とはキャラクターが異なる」

シルヴィーは大きく頷いた。

「彼に、あんな大それた事をする度胸も非情さもありません」
「……そうだな。奴はカラスに襲われた事がトラウマとなり離脱に至ったのだと、部隊の軍曹も証言している。演技ではないだろう」
「犯人ならむしろ現場に留まります。捜査状況を知りたいですから。それに私にお別れの挨拶をしに来たのも不自然です。犯人は注目を避けます」

ヴィンツェンツは頷いた後、やや口元を歪めた。

「それほど熱心に奴を庇うのでない」
「ごめんなさい。実のところ彼を庇っていると言うより、私の彼への認識の正しさを主張している感じです。私が認識する通りの彼であって欲しいという願望もありますけれど」
「……分からんでもない。いずれにせよ奴はシロだ。今は故郷に戻り、貿易の勉強をしているという話だ」

シルヴィーは捜査線上から顔見知りが消えた事に、単純に安堵した。

そもそもの経緯に目を向けてみる。
カラスの出現前、森の西側には人が集まっていた。エレオノーレが迷子になったからだ。
兵士に保護された後、エレオノーレはホテルの救護室で目を覚ました。岩に打ち付けたという頭部の外傷は軽傷ではなかったものの命に別状はなく、後遺症も見られないと言う。
護衛を撒いた理由について問われ、彼女はこう回答している。

「みんなに、……殿下に捜してもらえると思って隠れてたの。すぐ出て行くつもりだったのに斜面で転んで、気絶して……」

既に第三皇子妃候補ではなくなった彼女は、注目を欲していた。
子供じみた回答をしたエレオノーレに周囲の大人達は呆れ、憐れんだ。フリーダだけがそんなエレオノーレの為に泣き、無事を喜んでいたと言う話だ。
エレオノーレの発見場所はカラスの射程圏外だった。とはいえ彼女もまた犯人像には合わないというのが軍の見解だ。
それにはシルヴィーも同意する。ただ、無関係かどうかは分からない。
エレオノーレが消えればフリーダがパニックに陥り、大騒ぎになる。
人々を西に誘導する為に主従が利用された。その可能性は残ると思う。
どこまでが計画だったのかは、やはり分からないのだけれど。





感想 145

あなたにおすすめの小説

【完結】離縁したいのなら、もっと穏便な方法もありましたのに。では、徹底的にやらせて頂きますね

との
恋愛
離婚したいのですか?  喜んでお受けします。 でも、本当に大丈夫なんでしょうか? 伯爵様・・自滅の道を行ってません? まあ、徹底的にやらせて頂くだけですが。 収納スキル持ちの主人公と、錬金術師と異名をとる父親が爆走します。 (父さんの今の顔を見たらフリーカンパニーの団長も怯えるわ。ちっちゃい頃の私だったら確実に泣いてる) ーーーーーー ゆるふわの中世ヨーロッパ、幻の国の設定です。 32話、完結迄予約投稿済みです。 R15は念の為・・

【完結】長い眠りのその後で

maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。 でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。 いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう? このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!! どうして旦那様はずっと眠ってるの? 唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。 しょうがないアディル頑張りまーす!! 複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です 全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む) ※他サイトでも投稿しております ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです ※表紙 AIアプリ作成

悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています

かきんとう
恋愛
 王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。  磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。  その中心に、私は立っていた。  ――今日、この瞬間のために。 「エレノア・フォン・リーベルト嬢」  高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。

【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……

buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。 みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……

筆頭婚約者候補は「一抜け」を叫んでさっさと逃げ出した

基本二度寝
恋愛
王太子には婚約者候補が二十名ほどいた。 その中でも筆頭にいたのは、顔よし頭良し、すべての条件を持っていた公爵家の令嬢。 王太子を立てることも忘れない彼女に、ひとつだけ不満があった。

選ばれたのは私ではなかった。ただそれだけ

暖夢 由
恋愛
【5月20日 90話完結】 5歳の時、母が亡くなった。 原因も治療法も不明の病と言われ、発症1年という早さで亡くなった。 そしてまだ5歳の私には母が必要ということで通例に習わず、1年の喪に服すことなく新しい母が連れて来られた。彼女の隣には不思議なことに父によく似た女の子が立っていた。私とあまり変わらないくらいの歳の彼女は私の2つ年上だという。 これからは姉と呼ぶようにと言われた。 そして、私が14歳の時、突然謎の病を発症した。 母と同じ原因も治療法も不明の病。母と同じ症状が出始めた時に、この病は遺伝だったのかもしれないと言われた。それは私が社交界デビューするはずの年だった。 私は社交界デビューすることは叶わず、そのまま治療することになった。 たまに調子がいい日もあるが、社交界に出席する予定の日には決まって体調を崩した。医者は緊張して体調を崩してしまうのだろうといった。 でも最近はグレン様が会いに来ると約束してくれた日にも必ず体調を崩すようになってしまった。それでも以前はグレン様が心配して、私の部屋で1時間ほど話をしてくれていたのに、最近はグレン様を姉が玄関で出迎え、2人で私の部屋に来て、挨拶だけして、2人でお茶をするからと消えていくようになった。 でもそれも私の体調のせい。私が体調さえ崩さなければ…… 今では月の半分はベットで過ごさなければいけないほどになってしまった。 でもある日婚約者の裏切りに気づいてしまう。 私は耐えられなかった。 もうすべてに……… 病が治る見込みだってないのに。 なんて滑稽なのだろう。 もういや…… 誰からも愛されないのも 誰からも必要とされないのも 治らない病の為にずっとベッドで寝ていなければいけないのも。 気付けば私は家の外に出ていた。 元々病で外に出る事がない私には専属侍女などついていない。 特に今日は症状が重たく、朝からずっと吐いていた為、父も義母も私が部屋を出るなど夢にも思っていないのだろう。 私は死ぬ場所を探していたのかもしれない。家よりも少しでも幸せを感じて死にたいと。 これから出会う人がこれまでの生活を変えてくれるとも知らずに。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

0歳児に戻った私。今度は少し口を出したいと思います。

アズやっこ
恋愛
 ❈ 追記 長編に変更します。 16歳の時、私は第一王子と婚姻した。 いとこの第一王子の事は好き。でもこの好きはお兄様を思う好きと同じ。だから第二王子の事も好き。 私の好きは家族愛として。 第一王子と婚約し婚姻し家族愛とはいえ愛はある。だから何とかなる、そう思った。 でも人の心は何とかならなかった。 この国はもう終わる… 兄弟の対立、公爵の裏切り、まるでボタンの掛け違い。 だから歪み取り返しのつかない事になった。 そして私は暗殺され… 次に目が覚めた時0歳児に戻っていた。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ 作者独自の設定です。こういう設定だとご了承頂けると幸いです。

全てを捨てて、わたしらしく生きていきます。

彩華(あやはな)
恋愛
3年前にリゼッタお姉様が風邪で死んだ後、お姉様の婚約者であるバルト様と結婚したわたし、サリーナ。バルト様はお姉様の事を愛していたため、わたしに愛情を向けることはなかった。じっと耐えた3年間。でも、人との出会いはわたしを変えていく。自由になるために全てを捨てる覚悟を決め、わたしはわたしらしく生きる事を決意する。