靄が晴れましたので、

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帝都編

70 危険思想




ヒミカは身動きが取れずにいた。
吹雪でレールが凍結する前に東部入りし、オブジェクト(追跡対象)を見失う事無くロンネフェルト侯爵領に辿り着く事が出来た。

――それが罠とは。

追っている筈のこちらが追われていると気付いたのは、駅を降りた直後に後方から発砲があったからだ。
追跡者はヘッドショットを狙ってきた。だからこそ、ヒミカは相手の殺気を察知出来た。ぬるい威嚇だったら返って気付けなかった。
急いで身を隠したヒミカを、相手は再度狙ってきた。ホームには他に乗降する客がいるというのにお構いなしだ。
巻き添えはマズい。人混みに紛れる事を諦めたヒミカは構内を駆け抜け、どうにか死角を進んで馬車を見付けた。御者に金を掴ませて車体から切り離した馬を借りると、街の中心部から離れた。
雪がチラつく中、農村を突っ切り林に身を潜めて今に至る。
闇雲に逃げているのではない。帝都方面の部隊への連絡は済んでいる。こちらに潜入している部隊がある事は分かっている。

――彼らに見付けてもらう。

現状を占い、行くべき方位が「北東」なのは分かった。そこに味方がいる。
間違ってもロンネフェルト侯爵の息がかかった辺境伯軍には頼らない。現状では連中も敵とみなす。

――撃ってきた奴は素人ではない。

引き金を引くほんの一瞬だけ殺気を覗かせた。明らかに訓練された人間だ。
ヒミカの脳裏に、オブジェクトの姿が浮かぶ。

――死んではいない。今は、そう考えるより他ない。

オブジェクトこと彼女――ジュリエットが、ホテルを出て大聖堂に向かう途中で半ば強引に連行される場面を、早朝から張り込んでいたヒミカは目撃した。
ジュリエットは怪しいと踏んでいた。
八卦で視えた情報は、全て正しい。
エキスポの後半、彼女が正門を通過するタイミングに合わせて照明をめいっぱい照らしてもらった。足止めと、八卦の青白い光を消す為だ。
その結果とんでもない事が発覚した。

――ジュリエットは殺人を考えていた。

殺意と共に、シルヴィーへの強い執着心が感じ取れた。
執着心とセットの殺意だ。訳が分からなかった。シルヴィーを殺したいほど想っているのとは違う。感情の対象は二手に分かれている。
いずれにせよ危険思想には違いなかった。
なのに、そのジュリエットが目の前で被害者となり、ヒミカは動揺した。
強制的に荷馬車に載せられた彼女を追って始発列車に無賃乗車した。辺境行きの表示を車両に見て、シルヴィーの話を思い出した。
ロンネフェルト侯爵の社交界離れは有名で、胡散臭い。エレオノーレへの虐待容疑もある。それで緊急の判断に至った。

――侯爵はやはりろくでもなさそうだな。

意図までは読めない。けれど誘拐犯は侯爵と繋がっていると踏み、ヒミカは途中の駅でメッセージを託した。
しかし辺境に着いた途端、背後から撃たれるとは思いも寄らなかった。
ヒミカが帝都から追っていた誘拐犯はフーディーで顔を隠した黒ずくめの「女」だが、占い曰くヒミカを撃った奴は「男」だ。
グループ犯罪に一人で立ち向かう気はない。ヒミカは馬に跨り、雪を被った森林に分け入った。
派手に動き回れない事情は追跡者とて同じ。互いに隠密行動を取らざるを得ない。
ヒミカが味方と合流するのが先か、追跡者がヒミカを仕留めるのが先か。

――私の「死」はない。

現状の八卦にはそう出ている。



シルヴィーは、コーヒーテーブルに両肘を突いてウサギと見詰め合っていた。

「心配だわ……」

ウサギは瞬き、とりあえず差し出されたトリュフを受け取る。
ショコラを齧るウサギの額を指先で撫でながら、シルヴィーは嘆息した。

「スノーホワイトの夢に、ヒミカさんが来てくれたら状況を聞けるのに……」

もう二日も行方不明が続いている。無事か否かだけでも知りたい。
ウサギの夢に特定の人物を招待する事は出来ない。波長は偶然合うのだ。そして来て欲しくない人を追い出せもしない。

「よくよく考えたら結構危ない魔法なのね……。ディザスター・スピリットって夢視ないわよね?」

「視ない」とシルヴィーに答えたのはヴィンツェンツの声だった。
コーヒーテーブルに加わった彼は、机上に顔を出すウサギを見た。

「知性も自我もなくては夢は視れん」
「なら一番の脅威がスノーホワイトの夢に入って来る心配はないんですね」
「夢はウサギの支配下にあり、そいつ自身の戦闘力も高い。早々危険はないと思うがな」
「でも、例えば殿下並みに強い密猟者とかが来たらと思うと恐過ぎます」
「心配無用だ。私より強い密猟者などいない」
「密猟者に限らず、スノーホワイトに対して意地悪な人はみんなダメです」
「その手合いには、ウサギは上手く身を隠している。私も結局、そやつを捕獲し損じた」
「それは殿下に殺意がなかったからだと」
「確かに、死なせてはならんという遠慮はあったな」

シルヴィーはウサギに目を戻して、また狭い額を撫でた。前から後ろへ丁寧に毛並みを撫で付けると、お耳がペタンとなる。可愛い。

「夢はコントロールが効かないからヒミカさんの行方を追う助けには――」

ふと言葉を止めたシルヴィーに、ヴィンツェンツは目をやった。

「どうした」

シルヴィーはヴィンツェンツとウサギを交互に見た。

「ビーストの感覚って相当優秀ですよね」
「そうだな」
「人を捜す能力も優れているのでは。遭難者救助のワンちゃんみたいに」

ヴィンツェンツは瞬き、シルヴィーと揃ってウサギに注目する。
トリュフを完食したウサギも瞬き「なあに?」という風に二人を見返した。





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