靄が晴れましたので、

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帝都編

71 味方




シルヴィーは、机上のウサギに額を寄せた。

「スノーホワイト、黒髪のお姉さんを覚えてる? 今ね、彼女がいなくなっちゃって大変なの。例えばだけど、においで彼女を追いかけるとか出来ない?」

ウサギは瞬いた。
人が一人いなくなったからって、それが緊急事態だとウサギには分からない。
そうよ、とシルヴィーは歯噛みした。

――呼び出した側の人が、ビーストを誘導してあげないといけないんだわ。

ビーストをサモンするとはそう言う事だ。何かをお願いする為に呼ぶ。
好きなだけ貢げる~、などと能天気な事を言うシルヴィーみたいな者は、サモンには全く向いていない。有効活用出来ていない。
けれどそんなシルヴィーの呼び掛けだからこそ、ウサギは応じてくれているのだ。なんというジレンマだろう。
シルヴィーは言葉を尽くしてウサギに頼んだ。

「お願い、スノーホワイト。もし可能ならヒミカさんを見付けて、助けてあげて」

ウサギは尚も瞬くと、ちょっと伸びあがって両の前足を差し出した。
「頂戴な」と促している。
察したシルヴィーはパッと立ち上がり、左右に首を回して部屋を見渡した。

「何か、ヒミカさんのにおいが付いてる私物は――」

ヴィンツェンツも椅子を立つと「シェフだ」と言って駆け出した。
シルヴィーは、慌てて彼に続いた。
ウサギは「頂戴」ポーズのまま、忙しない二人を見送った。



雪深い森で、ヒミカは消耗していた。
追われている。長期戦に付き合わせる訳にはいかないから、馬を放った。
それで追跡者は、馬の足跡を逆算してヒミカの位置を特定した。
八卦によれば味方は傍にいる。
疲労と凍えと飢えと渇きで朦朧としながら、ヒミカは木陰から暗い空を仰いだ。

――この状況で八卦を最大放出すれば。

低く重い雲がスクリーンになる。
味方だけでなく敵にも見付かる。一か八かだ。ここで死んでは元も子もない。
ヒミカは最後の体力と魔力を絞り出した。巨大な八卦が足元から発し、青白い光が空に向かう。

――こっちに来る。複数の気配……。

ヒミカは視て、ハッとした。

――?

次に、今は青白い曇り空を仰ぐ。白い流星があった。
シルヴィーの話が頭を過ぎる。サモンしたウサギは電光石火だったと。

――来てくれたのか。

八卦が消え、意識が薄れる。
雪の上にヒミカは倒れた。



ロケット弾さながら空を駆けたウサギは「黒髪のお姉さん」を見付けた。
光が止むや、ヘッドショットが伏した彼女を狙う。
ウサギは彼女の前にズドンと着地して、弾道に割り込んだ。後ろ脚を繰り出して、飛来する弾丸を迎え撃う。ウサギのインテンス・パワーにしてスペル「スピード・スター」の要領で凶弾を蹴り返した。
弾道を逆行した弾丸が狙撃手の太い肩を撃ち抜いた。岩陰で「ぐふ」と呻き声が発し、大柄が倒れる。動かないが死んではいない。
ウサギは狙撃手を放って彼女に駆け寄った。
すんすんと鼻を寄せると、彼女は薄く瞼と唇を開いた。

「シルヴィー様、……」

ややあって、瀕死の彼女のもとに味方が集まって来た。



天候悪化さえなければヒミカと精鋭部隊の合流は容易かった。
返す返すも、時期が悪かった。
部隊に救出されたヒミカは、東部にある軍病院の集中治療室に運ばれた。
さすがに父センジュにも夫にも隠せない。事態を知った男性陣は仰天し、愛する女性が眠る病院へと向かった。
報告を聞いて、シルヴィーは「そうですか」と口元を綻ばせた。

「彼女の命に別状ないなら、一先ず安心です」

ヴィンツェンツはシルヴィーの頬に片手の指先で触れた。

「絶対安静は、他人事ではないぞ」

シルヴィーは力なく笑った。
サモンしたウサギをヒミカのもとに急行させた。ウサギが長距離を移動した事で、シルヴィーへの負荷も増大した。サモンは距離と時間が増すほど魔力を消耗する。
城からウサギが飛び出した直後、シルヴィーは立ち眩みのようにへたり込んだ。
ウサギが仕事をやり遂げてホワイトホールに入り、デポジット分が帰って来ても全身の疲労感は消えなかった。
以来、ベッドの住人になっている。

「現場から近い場所で呼び出す必要があるんですね……」
「今回は無理な事だった。すまん。私もサモンのルールを知識として承知していたにも拘わらず失念していた。止めるべきだった」
「いえ。どの道私はサモンを行っていましたから、結果は同じです」

ベッド際で項垂れるヴィンツェンツに笑み、シルヴィーは寝室の天井を仰いだ。

「寝ていれば治ります。ヒミカさんは重症です。無理をさせてしまいました」
「その甲斐はあった。彼女を襲撃したのは例の士官だ。里帰りが聞いて呆れるな」
「では森でのテロ行為もその彼で決まり、ですか?」
「取調べは初期段階だが捜査官らはそう見ている。もしかすると占い師は、奴にとって不都合なものを視たのかもしれんな」
「それで追跡して……でも逆に追跡されてしまったと……」
「本職の軍人が相手では民間人に勝ち目はない。だが彼女はよくやった。これで堂々と侯爵領で捜査出来る。侯爵とて、自領で殺人未遂とあってはこちらに捜査を委ねるより他ない。森の件と今回、領を跨いだ同一犯による犯罪として扱っているからな」

領を跨ぐ場合、地元憲兵隊主動の捜査は出来ない。国家が行う決まりだ。
今回の事で、シルヴィーは余計に疑問が増した。何一つスッキリしていない。

「どうして大それた犯罪なんて……」

士官が容疑者として浮上した際「エレオノーレを狙った」という見方が強まった。侯爵にとってマイナスにしかならない令嬢の排除を目論み、大勢を巻き添えにしようとしたのだと。それもあってエレオノーレの身柄は未だ城が預かっている。

――でもそこまでする?

そこまでする理由が士官にあったのだろうか。怨恨とか……。
考え込むシルヴィーに、ヴィンツェンツは顔を寄せた。
額に額で触れ、言い聞かせる。

「そなたは眠れ。夢の中でウサギと遊んでいろ」

シルヴィーはまた力なく笑って頷いた。





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