靄が晴れましたので、

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帝都編

72 可笑しい




シルヴィーは泥のように眠り続けた。
偶に起きても活動時間はごく僅かで、食事や風呂を済ませるだけで終わった。
短い覚醒と、夢も視ないほど深い眠りをひたすら繰り返した。
三日後、ようやくベッドから体を起こせるようになった。足腰がすっかり鈍っているように感じられた。

「年末にはボールがあるのに……」

これはマズい、と危機感を抱きながらベッドサイドのベルを鳴らした。室外にいる侍女達を呼ぶ。
ウサギをサモンしようとして、やめておく。

「このだるさが消えるまでは、呼ばない方がいいわね」

ホワイトホールを出すだけでも魔力を消耗するし、今のコンディションで狙った位置にきちんと出せるか自信がない。テーブルの下に出してしまいそうで恐い。可愛い頭頂をゴスッとさせる訳にはいかない。

間もなく侍女ではなく、ヴィンツェンツが現れた。
気の所為か、恐い顔をしている。悪い報せを想像してシルヴィーは身構えた。
ベッド傍に椅子を引き寄せて座った彼はシルヴィーの体調を気遣った後、ヒミカの容体について教えてくれた。

「まだ意識は戻らんが順調に回復しているそうだ」
「良かったです」

一番の心配事が解消されて、シルヴィーは胸を撫で下ろした。
それから未だ恐い顔をしているヴィンツェンツを見た。

「殿下、何かありましたか?」

彼は両腕を組み、低く切り出した。

「最近、叔父の妃が可笑しい」

皇弟妃――ケルスティンの温和な面差しを想念して、シルヴィーは瞬く。
ケルスティンと言えば海軍大臣たる皇弟を支える良き妻、そして良き母として広く知られる。帝国女学院を出た彼女は神学に通じており、信仰心が篤く、慈善活動にも熱心なので国民人気も高い。
非の打ち所がない妃が「可笑しい」らしい。
意味が分からないシルヴィーに、ヴィンツェンツは言った。

「何故か、エレオノーレを傍に置き始めた」
「え?」

瞬いたシルヴィーに、彼は口元を歪めて見せた。

「そなたが不在の食卓にわざわざエレオノーレを招いたり、高価な物品を買い与えたりしている。実子のごとき扱いだ」
「……実子は、ちゃんと皇子様方がいらっしゃるのに?」

彼は床を睨んだ。

「女子が欲しかった、とか何とかほざいている」

シルヴィーは惚けた。
ケルスティンの二人の皇子達は十代で、現在はそれぞれ海と陸の軍学校に属し帝都不在となっている。
それをケルスティンは「寂しい」と言い出し、代わりとしてエレオノーレに慰めを求め始めたと言う。
確かに可笑しな事になっている。知る限りエレオノーレとケルスティンに接点はなかった。エレオノーレが城の隅に居を移してからは、生活圏は全然被らなくなった筈だ。
ケルスティンの侍女曰く「城下で遭遇して意気投合した」のだそうだ。

「――しかし私には、ケルスティン様のお人が変わったとしか思えません。これまで娘が欲しいなどと仰られた事は一度もありませんし、慈善活動で養育院や小児病棟に足を運ばれているケルスティン様は普段から子供達と接しておられます。敢えてエレオノーレ様に構う必要など――暇などないのです」

主人の激変に侍女は混乱し、他の皇族達にしてもそうだった。
「正直、ケルスティン妃の変化自体には興味が無い」とヴィンツェンツは唸るように告げた。

「趣旨変えするならすればいい。彼女の勝手だ。私が我慢ならんのは――」

シルヴィーの双眸と、ヴィンツェンツの強い目がぶつかった。

「エレオノーレを私の妃に据えよと言う、彼女のつまらん主張だ」

シルヴィーはやはり惚けた。



今朝の朝食時――。

「皇帝の大食卓」には、皇族達の顔が八割ほど揃っていた。
席に着いたヴィンツェンツに、両親が「シルヴィーの様子は?」と揃って訊ねたので「問題ありません」と答えた。
母皇后がやや声を潜めた。

「夢では逢えていて?」
「……いえ。このところウサギに会っているのは私だけです」
「そなたと顔を合わせたところで、ウサギは楽しくないのではなくて?」
「……そうですね。不機嫌そうにした後、奴はどこかに消えています」
「嫌われ過ぎ」
「……そうですね」

そこにケルスティンがエレオノーレを伴って現れた。
二日ほど前からエレオノーレを侍らせるようになったケルスティンに、周囲は動揺を隠せない。
夫皇弟は視察で帝都不在。妻を同伴させなかったのは、彼女の慈善活動の邪魔をしない為だ。夫の知らぬ間に妻が可笑しな事をしている。
自分の隣にエレオノーレの席を作らせたケルスティンは、若い娘との食事と会話を楽しんでいる。

「――うちの息子達が年上なら、可愛いエレオノーレをお嫁に貰えたのに」

食卓は凍り付く寸前まで行った。
凍り付いたのは、ケルスティンの次の一言だった。

「やっぱりエレオノーレにはヴィンツェンツ殿下がお似合いだと思うのよ、私」

食卓は静まり返った。





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