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帝都編
74 否
食後、シルヴィーは寝室のベッドに座り込み、一人考えていた。
それから「――なにも考える必要はない」事に気が付いた。
「分からない事があるなら訊けばいいのよ」
現状では疑問が多過ぎる。一つ一つ解消していく必要がある。
その為にまずすべき事は、出来る事は――。
「スノーホワイト」
スペルの後、ベッドシーツの上にホワイトホールが開く。
すっかり見慣れた白いウサギの顔がひょいと出て来て、シルヴィーを仰いだ。
シルヴィーはシーツの上に伏せて、ウサギに額を寄せた。
狭い額を指先で撫でて、笑む。
「やっと呼べたわ、スノーホワイト」
額を撫でられながらウサギは心地よさそうに目を細めている。
この可愛いウサギに対してシルヴィーは、可愛さ以外の何も求めてこなかった。自分の気持ちを一方的に押し付けて、自分の話を一方的に聞かせてばかりいた。
ヒミカの件がなければ「何かしてもらおう」とは永遠に思わなかっただろう。
「もっとスノーホワイトのお話を聞いてあげるべきだったのに、凄く自分本位だったわね、私」
ウサギは細めた目でシルヴィーを見て首を傾げている。
分かる筈がない。ウサギはウサギで人間ではない。生まれ育った環境も価値観も考え方も何もかもが違う。
「だから色々教えてね、スノーホワイト」
ウサギは「持っている」だけで区別なんて付けられない。
人間にとって価値のある物も、価値のある情報も――。
ここ数日、年末に向けて皇城に集まった皇族達が揉めている。
皇弟の妃ケルスティンが、侯爵令嬢を養女にすると言い出して混乱は加速した。
周囲は「有り得ない!」、「何を考えているんだ」と彼女を諭し、非難するばかりで理解を示す者や擁護する者はいない。
高貴な輪の中に、古株貴族の血を引く以外に価値のないエレオノーレを加えたくないのだろう。
「皆様、冷たいわ」とフリーダは思った。
ケルスティンが「娘にする!」と言い張っている以上誰にも、皇帝にも止められない。子供をリリースするのではなく受け入れようというのだ。それも可哀そうな虐待児をだ。反対出来る材料は今のところない。
反対出来る者がいるとすれば家族だが、エレオノーレの父ロンネフェルト侯爵からの回答はまだない。彼は彼で自分の家が捜査されていて身動きが取れない。
けれどこれまでエレオノーレを放っていた彼の事。ケルスティンが娘を引き取るというのなら「どうぞどうぞ」と喜んで差し出すに違いない。
年明けまで長引くかもしれないけれど、エレオノーレは皇城に返り咲ける。
こんな敷地の隅の別邸からは、抜け出せる。
――皇子妃としてではなくても、ちゃんとお城に戻れるわ。
鼻歌を歌いながら、フリーダはエレオノーレの部屋を丁寧に掃除した。他には誰もいない。エレオノーレが他人を嫌がるから世話は全てフリーダが行っている。
エレオノーレはケルスティンと共に出掛けている。フリーダも郊外の姉を訪ねたりしていて最近忙しくしていた。
課題は溜まっていないし、試験勉強も順調だから新学期も問題ない。
エレオノーレは、問題ない。
別邸の表で、玄関扉がノック音を発した。
「フリーダ、いる?」という呼び声は侍女のものだった。
「貴女をお呼びよ、――シルヴィー様が」
フリーダは内心「まああ」と声を上げた。
もしやフリーダの働きぶりを見て、遂に引き抜く事にしたのだろうか。だとしたら光栄な事だ。
――凄く凄く、心苦しいのだけれど。
サロンにやって来たフリーダに、シルヴィーは開口一番詫びた。
「お忙しいところ恐縮です、フリーダさん」
「全然構いません。未来の皇子妃様からのお呼び出しの方が大事ですわ」
フリーダの笑みはいつもと変わらなかった。感じが良くて人懐こい。
シルヴィーは笑みを返して、目線を落とした。
「今、とても不思議な気持ちです。こうして貴女と二人だけでお話しするのは初めてですよね」
「はい。いつもはお嬢様がお傍にいらっしゃいますから。私、なんだか緊張してきました」
「貴女のような方でも緊張なんてされるんですね」
「私は臆病な人間ですよ」
シルヴィーの目線がフリーダに戻った。
「それは、少し違うのではありませんか」
「違う?」
「貴女は慎重な方なんですよ。だからみんな誤解していたんです。私も」
フリーダは瞬き、首を傾げた。
「人様に誤解されるようなマネを、私なにか――」
「恐いのは、貴女の善良な姿勢が演技ではないという事です」
言い切ったシルヴィーは、フリーダを直視した。もう笑みはない。
「逆なんですよね、フリーダさん。――奴隷だったのは貴女ではなくて、エレオノーレ様の方だったんです」
フリーダはぽかんと、目と口を丸くした。
凡そ二日前。
シルヴィーは、ウサギに最初の疑問点をぶつけてみた。
「初回以降もエレオノーレ様とは夢で会ってる?」
言葉を理解出来ても発せられないウサギは、両の前足を動かして何やら書く仕草を始めた。
ウサギのジェスチャーに、シルヴィーは軽く面食らった。心理状態を察してもらえるくらいだから、てっきりテレパシーのようなものを予想していた。
文字が分かるらしいと理解したところでペンを与え、ウサギの傍にノートを広げ置いた。
ホワイトホールからにゅっと上半身を乗り出して、ウサギは両の前足で持ったペンでノートに文字を書き付けた。
――否。
シルヴィーは頷いた。エレオノーレは既にウサギの夢に入っていない。
「なら彼女がスノーホワイトと波長が合ったのは、最初だけなのね……」
半ば独り言たシルヴィーに、ウサギは再び「否」と返した。
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