靄が晴れましたので、

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帝都編

77 重い荷物




シルヴィーは、固まったままのフリーダを説得した。

「お願いします、フリーダさん。こうしている間にも辺境伯軍の捜索は続いています。ジュリエットの発見はもう間もなくでしょう。でもそうなっては貴女の持つ情報は価値がなくなります。今しかないんです」

フリーダの視線が床を這い廻るばかりで、その口は開かれない。重い口だ。
シルヴィーは以前、彼女を狂信者と例えた。献身と言い使命感と言い彼女にふさわしい形容が、他に見当たらなかった。

――彼女は呪われているのよ。

魔法ではなく呪いがかかっている。一族の女性だけがかかる呪いだ。
血の濃さの所為かもしれない。
既に彼女達の血族だと判明しているジュリエットには、呪いの片鱗なんて見当たらなかった。少なくともシルヴィーの記憶にはない。
むしろジュリエットは他力本願で怠惰で、エレオノーレの気質そのものだった。

――二人を似てると思った。

勘違いをするところだ。実際にジュリエットのご親戚なのはフリーダ達の方で、エレオノーレとは一切血縁関係がない。
エレオノーレは彼女達の駒で被害者に過ぎない。シルヴィーの「幼馴染ファースト」仲間はフリーダではなくエレオノーレの方なのだから。
フリーダ達から演技を強いられていた。「自分こそが身内なのだ」とジュリエットに思い込ませる仕込みをしていた。
だからと言って、エレオノーレの言動が全て演技だった訳ではないと思う。

ジュリエットが女探偵を雇い、フリーダ達を捜していた事も調べがついている。父デュ・ムーリエ公爵の与り知らない事だ。調査費用は元婚約者のトリスタンが負担していたそうだけれど、彼はその目的など知らなかった。
だからこそ見逃されている。
女探偵の正体が、フリーダの双子の姉だ。無慈悲で任務遂行の為なら手段を選ばない。呑気なトリスタンは首の皮一枚で難を逃れていた。勘の働く護衛がいるそうだから幸運も重なった。
デュ・ムーリエ公爵もトリスタンもジュリエットの件にはノータッチだったから、今回、帝国側から「行方不明」の急報が飛んできて仰天した。
特に公爵の受けた衝撃は計り知れない。亡き妻の血統の秘密など知らない彼は、ヘリテイジについても寝耳に水だった。「信じられない、有り得ない」と頭を抱えていると言う。

大勢に秘密が暴露され、彼女達は逃げ場を失った。
ヘリテイジの魔法は継承という最も楽な道で得られる反面、弱く脆い。一度絶えると戻ってこない。簡単に消えてしまう。知られる事こそ最大の脅威となる。

――だから口を噤んで秘密にしていた。

どんな魔法なのかにもよるのだろう。ヒミカみたく、大っぴらにする事で逆に国から守ってもらえるパターンもある。
「奴隷化」では、大っぴらには出来ない。
古いものには価値があるし、便利なものは手放したくない。でも奴隷化の魔法に関して言えば「さっさと捨ててしまう」のが正解だ。

「もう重い荷物を背負う必要はないんです、フリーダさん」

シルヴィーの声に、フリーダは反応しなかった。
肉親であり秘密の共有者が捕まりパニック寸前になっている。
シルヴィーは憐れな彼女を見守った。

その時、扉でノックが鳴った。
シルヴィーは瞑目して、扉に足を向ける。
開いた扉の隙間に侍女の顔が覗き、シルヴィーに耳打ちする。

――雪山の麓の小屋でジュリエットが発見された。

タイムアップだ。

自首に踏み切れなかったフリーダは、すぐに部屋を訪れた兵士の列に体の左右を挟まれた。
冷淡な声が短く「連行する」と告げる。放心というか思考が飽和状態のフリーダは暴れも喚きもしなかった。
唯々諾々と兵士達に連れ出される中、廊下に出る寸前の足を止める。

「姉が――」

恐らく室内のシルヴィーに向けられた言葉に、連行の兵士が答えた。

「別部隊が郊外のアパルトマンに向かっている」

臥せがちなフリーダの、もう一人の姉だ。
放置されないと知ったフリーダは、黙って歩き始めた。
三姉妹の秘密も今日で終わる。
シルヴィーも、黙ってフリーダを見送った。



雪山から救出されたジュリエットは、軍病院の集中治療室に運ばれた。
餓死も凍死もしなかったのは奇跡としか言いようがないらしい。つまりそれほどの重態なのだ。
シルヴィーは、見舞う花と手紙を人に託した。なんとなく自分が顔を出さない方がジュリエットは目を覚ますような気がした。
同じく集中治療室にいたヒミカは、シルヴィーが見舞う前に意識を取り戻した。ジュリエットと入れ替わりで帝都内の病院に移っている。
入院中のヒミカのもとを、シルヴィーは訪ねた。
病床のヒミカは、シルヴィーに「入院食は最悪です」と愚痴った後、教えた。

「拉致されたあの日、ジュリエット様はシルヴィー様に会って話そうとしていました。正門を出る段階でフリーダ達に不信感を抱いていたようです」

シルヴィーは察した。

「エキスポ会場でフリーダさんを見かけて、自分が雇った探偵に似ていると気付いたんですね?」
「そのようです。しかし二人の雰囲気があまりにも違っていた為、確信には至らず葛藤していました」
「だから私に忠告しようと?」
「むしろ助けを求めようとしていました。その思いとは別に、彼女は駒を犠牲にしてシルヴィー様を取り戻す事も完全には諦めていませんでした」
「……迷っていたんですね」
「お陰でわたくしは読み取りに苦労致しました。未知の感情でしたから」
「……普通考えられない事ですよね」
「傍迷惑なヘリテイジがあったものです」

ヒミカは呆れ返り、窓の外に目をやった。

「ジュリエット様のお母様は、父に劣るメイジだった訳ですね」
「……私は運が良かったです」
「エレオノーレ様は解放されませんでしたからね」
「フリーダさん達の方がヘッド・ファミリーだそうです」

ヒミカの双眸が細められた。

「上に行くほど目立ち、隠せなくなる。今回のように」

シルヴィーは頷いた。
秘密は永遠に続けられない。遅かれ早かれ白日の下に晒される運命だったのだ。





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