靄が晴れましたので、

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帝都編

79 犠牲




この日、ジュリエットの意識が戻った事を、シルヴィーは知らされた。
まだ起き上がれない彼女に対し、病室での取調べが進められていると言う。
知らせを持って来たヴィンツェンツは、いつものようにコーヒーテーブル上に顔を出すウサギを一瞥し、シルヴィーに目を向けた。

「諸々の証言が一致した」
「……そうですか」

シルヴィーはバルコニー窓越しに暗い冬の空を仰いだ。
エキスポの直後にジュリエットが拉致された理由は、エレオノーレの証言で判明していた。
ジュリエットはエキスポ会場でエレオノーレとフリーダに遭遇している。これは互いにとって予定外の鉢合わせで、その際にジュリエットは女探偵と似て非なるメイド、フリーダを目撃した。
ジュリエットとエレオノーレを引き合わせたのは女探偵だ。すぐさま、帝国人である彼女達への疑念が生まれた。そして疑われた可能性に、フリーダも気付いた。そこでエレオノーレの出番だ。
眠っている間に対象者の思考を読む。その結果ジュリエットの離反が発覚した。
エレオノーレの体調不良も、無理に魔法を使った影響と分かっている。彼女はもう一人の対象者についても調べる事を強要された。
ヒミカだ。占いで何か視られた可能性がある、と策士の姉が睨んだ。再びエレオノーレを薬で無理やり眠らせ、今度はヒミカの思考を読ませた。
そうやって自分達の秘密に迫る存在を知ったのだ。単独行動の内にヒミカを始末する必要性が生じ、姉は奴隷の士官と共に動いた。

捜査が進み、事件の全容は概ね掴めた。
けれどシルヴィーには、未だ分からない事がある。

「フリーダさん達は、ジュリエットをどうする気だったんでしょうか」

一族の秘密を知る人間だから放置は出来ない。更にジュリエットはチャージ期間中のヘリテイジだそうだから、魔法はない。

「確か彼女達の魔法は、メイジの身内を犠牲にして他者を奴隷化するんですよね。ならジュリエットに利用価値はなかった筈です」

ヴィンツェンツは視線を窓にやり「……そうだな」と低く告げた。

「傍に置いて見張り、いずれ消すつもりだったのだろう」
「酷いですね」
「承知しているだろうが、そなただけは幼馴染を憐れむ義理などないのだぞ?」
「私に魔法をかけたのはジュリエットではなく彼女のお母様です」

彼女の最期のスペル「――ダスヴィダーニヤ」をシルヴィーは確かに聞いた。
遺言から程なくして彼女は亡くなった。
ヴィンツェンツは軽く息を吐いた。

「寛大だな」
「こうして殿下とスノーホワイトが傍にいてくれるからですよ」

シルヴィーは指の腹でウサギの額を撫でた。
心地よさそうにウサギの碧い瞳が細められる。世界一可愛い。
徐にヴィンツェンツの手が伸びて、シルヴィーの撫でる手に軽く触れた。

「捜査指揮で日々忙しい私への労いは?」

シルヴィーは笑み、もう片方の手を彼に向かって伸ばした。
銀色の短髪を指先で梳くようにして撫でる。

「柔らかそうに見えて硬いです」
「手入れなどせんからな」
「男子ですね。今は男子も女子並みに美容に気を遣う時代ですよ」
「ダメなのか」
「ダメではなくて、みんなが自分の好きに出来る時代って事です。殿下も」
「そうする。自分の髪なんぞに興味は無い」
「惜しまれますけどね」
「そなたの髪には興味がある」

そう言って彼はシルヴィーの左の垂髪を何度も指で梳いた。
互いの髪を梳く人間達を、ウサギは狭い額を撫でられながら眺めていた。



コーヒーブレイクを終え、ヴィンツェンツは執務室に引き返した。
室内で待ち構えていた捜査官の列が一斉に敬礼する。
答礼しつつヴィンツェンツは「大儀」と告げ、執務室に向かった。

「ジュリエットとやらの容体はどうだ」

「は」と一人が半歩前に出た。

「軍医によれば週末には退院出来るとの事です」
「凍傷の影響は?」
「日常生活には支障ないものと。――失ったのは左足の小指だけです」
「相当運が良いな」
「仰る通り」

しゃちほこばった顔を一瞥し、ヴィンツェンツは机上の書類に目を落とした。
ジュリエットは、帝国で何もしていない。帝国女学院に多額の寄付をして神学を学び、市井でファッションショーを開いただけ。
テロには無関係で、拉致の被害者で、密告者になる筈だった娘に過ぎない。
罪状がない。しかし処罰なしと言い渡すには、長らく重いものを隠し持っていた。

「無期限の帝国への入国禁止が妥当か……」

捜査官らの顎が引かれ、肯定した。

ヘリテイジによる奴隷化は、実に恐ろしい手法が取られていた事が分かった。
シルヴィーには単に「身内の命を犠牲にして」と教えた。
具体的には「女子の死」が必要なのであり、更にフリーダ達の進化版では「母から子へ」という本来のルールすらも捻じ曲げられていた。
フリーダ達三姉妹は揃って「チャージ」期間中の世代で、魔法はない。
それで三姉妹は次世代たる「子」の命を犠牲にして奴隷を得る手法を編み出した。臥せがちの姉とやらがその役目を担っていた。――妊娠だ。
三姉妹が継承したヘリテイジは女子ならば百パーセント、チャージの次はメイジで確定する。その魔法を持って生まれて来る女子にスペルを使わせる。
しかし赤子ではスペルを口に出来ないし、念じる事も出来ない。
そこで連中は――出産前の、母体の口で言わせた。
フリーダの姉は、確実に殺すと決めた上で子を身籠り、三人もの奴隷を作り出してきた。
胎内の子は男子と判明した時点で消され、女子でも誕生の未来はない。待つのは犠牲の死のみ。
恐らくフリーダ達は、ジュリエットを「妊婦」要員にする計画があった。

――こんな話、シルヴィーに聞かせられるか。

奴隷化のからくりを白状したのは臥せがちの姉だ。少なくとも三人の子を殺した大罪人は獄中にいる。姉妹揃って終身刑が確定した。実行犯で、最もキレるフリーダの双子の姉は間もなく絞首刑に処される。
人知れずこの世から抹殺する。

――三姉妹の目的も「抹殺」にあった。

駒を使って皇城に入ったのは機密情報に近付く手段に他ならない。
姉妹は、自分達の能力を知る亡国皇家の生き残りの行方を追っていた。フリーダの双子の姉が探偵業を営んでいたのもその為で、自分達を追う者の存在にもいち早く気付ける。一石二鳥だ。案の定ジュリエットが網にかかった。
最早秘密は秘密でなくなった。全て終わったのだ。





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