79 / 86
帝都編
79 犠牲
この日、ジュリエットの意識が戻った事を、シルヴィーは知らされた。
まだ起き上がれない彼女に対し、病室での取調べが進められていると言う。
知らせを持って来たヴィンツェンツは、いつものようにコーヒーテーブル上に顔を出すウサギを一瞥し、シルヴィーに目を向けた。
「諸々の証言が一致した」
「……そうですか」
シルヴィーはバルコニー窓越しに暗い冬の空を仰いだ。
エキスポの直後にジュリエットが拉致された理由は、エレオノーレの証言で判明していた。
ジュリエットはエキスポ会場でエレオノーレとフリーダに遭遇している。これは互いにとって予定外の鉢合わせで、その際にジュリエットは女探偵と似て非なるメイド、フリーダを目撃した。
ジュリエットとエレオノーレを引き合わせたのは女探偵だ。すぐさま、帝国人である彼女達への疑念が生まれた。そして疑われた可能性に、フリーダも気付いた。そこでエレオノーレの出番だ。
眠っている間に対象者の思考を読む。その結果ジュリエットの離反が発覚した。
エレオノーレの体調不良も、無理に魔法を使った影響と分かっている。彼女はもう一人の対象者についても調べる事を強要された。
ヒミカだ。占いで何か視られた可能性がある、と策士の姉が睨んだ。再びエレオノーレを薬で無理やり眠らせ、今度はヒミカの思考を読ませた。
そうやって自分達の秘密に迫る存在を知ったのだ。単独行動の内にヒミカを始末する必要性が生じ、姉は奴隷の士官と共に動いた。
捜査が進み、事件の全容は概ね掴めた。
けれどシルヴィーには、未だ分からない事がある。
「フリーダさん達は、ジュリエットをどうする気だったんでしょうか」
一族の秘密を知る人間だから放置は出来ない。更にジュリエットはチャージ期間中のヘリテイジだそうだから、魔法はない。
「確か彼女達の魔法は、メイジの身内を犠牲にして他者を奴隷化するんですよね。ならジュリエットに利用価値はなかった筈です」
ヴィンツェンツは視線を窓にやり「……そうだな」と低く告げた。
「傍に置いて見張り、いずれ消すつもりだったのだろう」
「酷いですね」
「承知しているだろうが、そなただけは幼馴染を憐れむ義理などないのだぞ?」
「私に魔法をかけたのはジュリエットではなく彼女のお母様です」
彼女の最期のスペル「――ダスヴィダーニヤ」をシルヴィーは確かに聞いた。
遺言から程なくして彼女は亡くなった。
ヴィンツェンツは軽く息を吐いた。
「寛大だな」
「こうして殿下とスノーホワイトが傍にいてくれるからですよ」
シルヴィーは指の腹でウサギの額を撫でた。
心地よさそうにウサギの碧い瞳が細められる。世界一可愛い。
徐にヴィンツェンツの手が伸びて、シルヴィーの撫でる手に軽く触れた。
「捜査指揮で日々忙しい私への労いは?」
シルヴィーは笑み、もう片方の手を彼に向かって伸ばした。
銀色の短髪を指先で梳くようにして撫でる。
「柔らかそうに見えて硬いです」
「手入れなどせんからな」
「男子ですね。今は男子も女子並みに美容に気を遣う時代ですよ」
「ダメなのか」
「ダメではなくて、みんなが自分の好きに出来る時代って事です。殿下も」
「そうする。自分の髪なんぞに興味は無い」
「惜しまれますけどね」
「そなたの髪には興味がある」
そう言って彼はシルヴィーの左の垂髪を何度も指で梳いた。
互いの髪を梳く人間達を、ウサギは狭い額を撫でられながら眺めていた。
コーヒーブレイクを終え、ヴィンツェンツは執務室に引き返した。
室内で待ち構えていた捜査官の列が一斉に敬礼する。
答礼しつつヴィンツェンツは「大儀」と告げ、執務室に向かった。
「ジュリエットとやらの容体はどうだ」
「は」と一人が半歩前に出た。
「軍医によれば週末には退院出来るとの事です」
「凍傷の影響は?」
「日常生活には支障ないものと。――失ったのは左足の小指だけです」
「相当運が良いな」
「仰る通り」
しゃちほこばった顔を一瞥し、ヴィンツェンツは机上の書類に目を落とした。
ジュリエットは、帝国で何もしていない。帝国女学院に多額の寄付をして神学を学び、市井でファッションショーを開いただけ。
テロには無関係で、拉致の被害者で、密告者になる筈だった娘に過ぎない。
罪状がない。しかし処罰なしと言い渡すには、長らく重いものを隠し持っていた。
「無期限の帝国への入国禁止が妥当か……」
捜査官らの顎が引かれ、肯定した。
ヘリテイジによる奴隷化は、実に恐ろしい手法が取られていた事が分かった。
シルヴィーには単に「身内の命を犠牲にして」と教えた。
具体的には「女子の死」が必要なのであり、更にフリーダ達の進化版では「母から子へ」という本来のルールすらも捻じ曲げられていた。
フリーダ達三姉妹は揃って「チャージ」期間中の世代で、魔法はない。
それで三姉妹は次世代たる「子」の命を犠牲にして奴隷を得る手法を編み出した。臥せがちの姉とやらがその役目を担っていた。――妊娠だ。
三姉妹が継承したヘリテイジは女子ならば百パーセント、チャージの次はメイジで確定する。その魔法を持って生まれて来る女子にスペルを使わせる。
しかし赤子ではスペルを口に出来ないし、念じる事も出来ない。
そこで連中は――出産前の、母体の口で言わせた。
フリーダの姉は、確実に殺すと決めた上で子を身籠り、三人もの奴隷を作り出してきた。
胎内の子は男子と判明した時点で消され、女子でも誕生の未来はない。待つのは犠牲の死のみ。
恐らくフリーダ達は、ジュリエットを「妊婦」要員にする計画があった。
――こんな話、シルヴィーに聞かせられるか。
奴隷化のからくりを白状したのは臥せがちの姉だ。少なくとも三人の子を殺した大罪人は獄中にいる。姉妹揃って終身刑が確定した。実行犯で、最もキレるフリーダの双子の姉は間もなく絞首刑に処される。
人知れずこの世から抹殺する。
――三姉妹の目的も「抹殺」にあった。
駒を使って皇城に入ったのは機密情報に近付く手段に他ならない。
姉妹は、自分達の能力を知る亡国皇家の生き残りの行方を追っていた。フリーダの双子の姉が探偵業を営んでいたのもその為で、自分達を追う者の存在にもいち早く気付ける。一石二鳥だ。案の定ジュリエットが網にかかった。
最早秘密は秘密でなくなった。全て終わったのだ。
あなたにおすすめの小説
【完結】離縁したいのなら、もっと穏便な方法もありましたのに。では、徹底的にやらせて頂きますね
との
恋愛
離婚したいのですか? 喜んでお受けします。
でも、本当に大丈夫なんでしょうか?
伯爵様・・自滅の道を行ってません?
まあ、徹底的にやらせて頂くだけですが。
収納スキル持ちの主人公と、錬金術師と異名をとる父親が爆走します。
(父さんの今の顔を見たらフリーカンパニーの団長も怯えるわ。ちっちゃい頃の私だったら確実に泣いてる)
ーーーーーー
ゆるふわの中世ヨーロッパ、幻の国の設定です。
32話、完結迄予約投稿済みです。
R15は念の為・・
【完結】長い眠りのその後で
maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。
でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。
いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう?
このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!!
どうして旦那様はずっと眠ってるの?
唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。
しょうがないアディル頑張りまーす!!
複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です
全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む)
※他サイトでも投稿しております
ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです
※表紙 AIアプリ作成
悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています
かきんとう
恋愛
王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。
磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。
その中心に、私は立っていた。
――今日、この瞬間のために。
「エレノア・フォン・リーベルト嬢」
高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。
【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……
buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。
みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……
筆頭婚約者候補は「一抜け」を叫んでさっさと逃げ出した
基本二度寝
恋愛
王太子には婚約者候補が二十名ほどいた。
その中でも筆頭にいたのは、顔よし頭良し、すべての条件を持っていた公爵家の令嬢。
王太子を立てることも忘れない彼女に、ひとつだけ不満があった。
選ばれたのは私ではなかった。ただそれだけ
暖夢 由
恋愛
【5月20日 90話完結】
5歳の時、母が亡くなった。
原因も治療法も不明の病と言われ、発症1年という早さで亡くなった。
そしてまだ5歳の私には母が必要ということで通例に習わず、1年の喪に服すことなく新しい母が連れて来られた。彼女の隣には不思議なことに父によく似た女の子が立っていた。私とあまり変わらないくらいの歳の彼女は私の2つ年上だという。
これからは姉と呼ぶようにと言われた。
そして、私が14歳の時、突然謎の病を発症した。
母と同じ原因も治療法も不明の病。母と同じ症状が出始めた時に、この病は遺伝だったのかもしれないと言われた。それは私が社交界デビューするはずの年だった。
私は社交界デビューすることは叶わず、そのまま治療することになった。
たまに調子がいい日もあるが、社交界に出席する予定の日には決まって体調を崩した。医者は緊張して体調を崩してしまうのだろうといった。
でも最近はグレン様が会いに来ると約束してくれた日にも必ず体調を崩すようになってしまった。それでも以前はグレン様が心配して、私の部屋で1時間ほど話をしてくれていたのに、最近はグレン様を姉が玄関で出迎え、2人で私の部屋に来て、挨拶だけして、2人でお茶をするからと消えていくようになった。
でもそれも私の体調のせい。私が体調さえ崩さなければ……
今では月の半分はベットで過ごさなければいけないほどになってしまった。
でもある日婚約者の裏切りに気づいてしまう。
私は耐えられなかった。
もうすべてに………
病が治る見込みだってないのに。
なんて滑稽なのだろう。
もういや……
誰からも愛されないのも
誰からも必要とされないのも
治らない病の為にずっとベッドで寝ていなければいけないのも。
気付けば私は家の外に出ていた。
元々病で外に出る事がない私には専属侍女などついていない。
特に今日は症状が重たく、朝からずっと吐いていた為、父も義母も私が部屋を出るなど夢にも思っていないのだろう。
私は死ぬ場所を探していたのかもしれない。家よりも少しでも幸せを感じて死にたいと。
これから出会う人がこれまでの生活を変えてくれるとも知らずに。
---------------------------------------------
※架空のお話です。
※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。
※現実世界とは異なりますのでご理解ください。
0歳児に戻った私。今度は少し口を出したいと思います。
アズやっこ
恋愛
❈ 追記 長編に変更します。
16歳の時、私は第一王子と婚姻した。
いとこの第一王子の事は好き。でもこの好きはお兄様を思う好きと同じ。だから第二王子の事も好き。
私の好きは家族愛として。
第一王子と婚約し婚姻し家族愛とはいえ愛はある。だから何とかなる、そう思った。
でも人の心は何とかならなかった。
この国はもう終わる…
兄弟の対立、公爵の裏切り、まるでボタンの掛け違い。
だから歪み取り返しのつかない事になった。
そして私は暗殺され…
次に目が覚めた時0歳児に戻っていた。
❈ 作者独自の世界観です。
❈ 作者独自の設定です。こういう設定だとご了承頂けると幸いです。
全てを捨てて、わたしらしく生きていきます。
彩華(あやはな)
恋愛
3年前にリゼッタお姉様が風邪で死んだ後、お姉様の婚約者であるバルト様と結婚したわたし、サリーナ。バルト様はお姉様の事を愛していたため、わたしに愛情を向けることはなかった。じっと耐えた3年間。でも、人との出会いはわたしを変えていく。自由になるために全てを捨てる覚悟を決め、わたしはわたしらしく生きる事を決意する。