靄が晴れましたので、

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エピローグ章

81 仕方がない




新学期が始まった。
教室に向かう途中、シルヴィーは二階の窓から地上を見た。
エレオノーレの登校風景があった。メイド服を一人連れているけれど、見慣れた女性ではない。使用人と言うより侯爵領からの目付け役らしい。
冬季休暇中、エレオノーレは皇城を出て侯爵家のタウンハウスに居を移した。妃候補でも虐待児でもない彼女を、最早皇城が預かる理由がない。
結局、テロとも何とも無関係だったロンネフェルト侯爵家は、早々に騒動とは距離を置いている。
捜査が終了した後、皇城に参上したロンネフェルト侯爵は、長女エレオノーレについてこう語った。

「確かにフリーダが付いて以来、娘の癇癪はエスカレートしたように思えます。しかし娘の気質は幼児期からさして変わっていません。あれは元より苛烈で過激な性質なのです」

彼は、エレオノーレを危険視していた。
若いメイドが小さな失敗をした際に「死ぬべき」と怒り、自室のバルコニーに小鳥が糞を落とした際に「殺すべき」とがなる娘。こんなエレオノーレの癇癪が悪化したところで誰も「急に変わった」などとは思わなかった。
数年後、侯爵の後妻が懐妊した。母子の身を案じた侯爵は虐待容疑を逆手に取ってエレオノーレを遠ざけ、皇城に対しても沈黙する決断を下した。
互いに打つ手のないまま時間が流れ、テロが発生した。

「これについては、お詫びのしようもなく」

しかし寒冷の辺境から離れられない侯爵に出来る事はなかった。虐待からテロに至るまで容疑をかけられ続けた彼もまた被害者なのだ。
結論付けた皇城は侯爵と和解する事で、本件の幕引きとした。

席に着いたシルヴィーは、長かった事件が決着した事に胸を撫で下ろした。色んな幸運と不運が絡み合っていたと思う。

――私が狙われていても可笑しくなかったわ。

最後の奴隷として三姉妹はケルスティンを選んだ。シルヴィーでなかったのは、妃教育が遅々として進んでいないからだ。機密情報に手が届かない小物と見た。
メイジとなったシルヴィーへの警戒もあったに違いない。万に一つも奴隷化の魔法が負ける可能性を無視出来なかった。

――サモンされるビーストが強烈だったから。

警戒の一方で、奴隷化に成功すれば強烈なウサギをも意のままに出来る、とも考えた筈だ。
リスクとリターンを天秤にかけた結果、三姉妹はメイジでなくとも名門出で安全なケルスティンに手を出した。

――お陰で私はケルスティン妃の不具合に気付けた。

自分の方が奴隷化されていたら詰んでいた。
恐ろしい魔法だった。この世から消えてくれる事を切に願う。
ヘリテイジの継承者で生き残っているのは、フリーダとその姉、そしてジュリエットの三名のみとなった。

――ジュリエットは、今。

回復後は故郷を後にし、南方大陸に移住した。
王女の任地で修道院に入った。本人の希望を公爵と王室が後押しした。
父デュ・ムーリエ公爵は一時期、娘との心中を考えていたらしい、とトリスタンからの手紙でシルヴィーは知った。
トリスタンは「自分がジュリエットを預りますから」と公爵に申し出、必死に説得したと言う。結局、危険な森を放り出せない公爵は踏み止まり、妻子の罪を背負って生きる道を選んだ。
ジュリエットは、そんな父に「修道女になる」と告げた。一人で生きていく。子供は持たない。生涯、神に仕える。
娘の決断に公爵は泣き、同意した。トリスタンは「うちの領の教会においで」とジュリエットを誘った。
優しい誘いを断って、ジュリエットは本土を発った。彼女は、南方大陸の修道院が人手不足だと知っていたのだ。
それで最終的に王女がジュリエットを預る形となった。
シルヴィーは教室の窓から南の空を仰いだ。

――差し伸べられる手はいつだってそこにある。

ジュリエットは、なにもシルヴィーでなくても良かったのだ。
なにもシルヴィーに拘る事はなかった。

――全く、仕方がない子ね。

仕方がないから、いつか必ず会いに行く。



休暇が明けた学校は、すぐに学期末試験期間に入った。

エレオノーレは苛立っていた。
勉強について行けないとかはない。既に関係者は承知の通りエレオノーレは頭脳明晰であり、課題もテストも自力で難なくこなせる。メイド風情の代理など初めからなかったのだ。

――なのに、どうしてお城から出されちゃうのよ!

妃候補でなくとも、置いたままで良かったではないか。

――世界一優秀で可愛い上に、名門出のメイジなのよ!

ヘリテイジの研究は進んでいない。国に貢献出来る人材の筈だ。
冬季休暇中に捜査が終了し、エレオノーレの引っ越しも決定した。それに対し「不服!」と申し立てたエレオノーレに、捜査官は告げた。

「お嬢様、城に居座って何をなさるおつもりで? 既に妃候補でなくなった貴女には当然妃教育もない訳で……」
「皇帝陛下のお役に立てるわ! 捜査機関で私の能力は使える筈よ」
「使える……、かどうかは正直、微妙と言いますか……」
「例えば、全然口を割らない容疑者の尋問って大変でしょ? でも私ならそいつの頭の中を探れるわ」
「……まあ、そういう使い方がないでもないですが」
「でしょでしょ」
「ただですね、探る能力のメイジって結構いるんですよ、帝国中枢には」
「へ?」
「精度も汎用性も皆貴女より上です。捜査機関所属ではない占い師さんとか凄いですよ。彼女、噓発見器要らずですから」
「う、占いなんて当てにならないわ」
「質問を投げ続ければ真実に辿り着けます。こちとら尋問のプロです。彼女にヘルプに入ってもらえばどんな黙秘も撃破出来るでしょう」
「占い師風情より私の方が!」

捜査官は首を左右に振った。

「一つ大事な事をお忘れですよ、お嬢様」
「なによ」
「貴女は無断で第三皇子殿下の思考をトレースしています」
「そ、――」
「貴女には信用がないんです。捜査機関で働くには致命傷です」
「あ、操られてたから」
「そうじゃない事は調べが付いています。とにかく人格に難ありの貴女を我々の仲間に加える事は出来ません。情報の信憑性が損なわれますのでね」

言い切られて、エレオノーレは唖然とした。





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