靄が晴れましたので、

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エピローグ章

85 エピローグ




白い霧の森で、シルヴィーは切り株に腰掛けていた。
いつものように膝の上にウサギを載せて、狭い額から背中にかけての柔らかな毛並みを撫で付ける。お耳をペタンとさせてウサギは瞑目中。
やはり夢は良い、とシルヴィーはウサギを堪能しつつ至福に浸る。節約サモンでは抱っこが出来ない。

あっという間の一年間に想いを馳せる。
今日まで本当に色々な事があり過ぎた。二つの試験と卒論をどうにかやり切り、無事に帝都学園を卒業出来た。
それなのに、とシルヴィーは自分を見下ろして苦笑した。

「まだ学校の制服でここに来るなんて」

惜しんでいる証だろうか。確かに終わって欲しくない、楽しい留学生活を送った。

「でもさすがに結婚後はキビシいかな」

これは結婚式前夜の夢だ。
明日、シルヴィーはいよいよ第三皇子妃となる。
「装いなど――」と背中に声が発した。

「なんでも良いではないか」

こちらも会った当初と変わらない陸軍の軍服姿でヴィンツェンツが現れた。
シルヴィーは「いやいや」と彼に片手を横に振って見せた。

「部外者となった今やコスプレですから」
「見る者があるわけでなし」
「ヴィッツ様がいらっしゃるでしょう」
「私は気にせん。まあ明日以降、そなたの着衣が変わるか否かは見ものだがな」
「意思の力で変わるんですかね?」
「思い入れか。だとすると、ウェディングドレスでないのは不思議な気がする」
「お婿さんにフライングで見せないようにって、念力を籠めたかもしれません」
「人間やれば出来るのだな。別にフライングでも良かろう」
「ダメですよ、そんなの。つまりません」
「男の私にはよく分からんが、そなたの意思を尊重しよう」
「もうすぐ明日ですね。ちょっとテンション上がってきました。――スノーホワイトをお式に出席させるのは難しいでしょうか。祭壇の飾りに紛れ込ませたり?」
「……祭壇に生きたウサギの生首などあったら、宮廷司祭が腰を抜かすぞ」
「緊張緩和になればと思ったんですけどね」

シルヴィーは、ウサギを抱えて立ち上がった。
ヴィンツェンツと肩を並べて池の先を見やる。

「明日の私は緊張で吐きそうになってると思いますのでフォローしてくださいね」

ヴィンツェンツはシルヴィーを横目にすると、長い腕をゆったりと肩に回して自分に引き寄せるようにした。

「夫婦は二人三脚と言うしな」

シルヴィーはヴィンツェンツの片腕に凭れかかり、ウサギを抱き締めた。ふわっふわの白い被毛に頬を押し当てて笑む。

「末永くよろしくお願い致します」

ヴィンツェンツは「うむ」と頷き、肩を抱く腕に軽く力を籠めた。
ウサギは瞑目したまま両の耳をピコピコとさせていた。



初秋。
帝国第三皇子の結婚式が、皇城内にある皇室礼拝堂で行われた。
神への誓いを終えた第三皇子夫妻は四頭立ての馬車に乗り込み、華やかに飾られた城下でのパレードに臨んだ。
封鎖された帝都の大通りに紙吹雪が舞う。左右の沿道で人垣を成す国民達は、新郎新婦の馬車に大歓声を送っている。
礼拝堂にも多くの参列者が集まってくれた事を思い出して、シルヴィーは胸がいっぱいになった。母校で同じ学科に所属した仲間達を招待したところ、クラスメイトだけでなく後輩達も参列してくれた。ある意味で、友達百人を達成した。

車窓越しの歓声に笑みで応えながら、シルヴィーはふと隣の新郎を窺った。
逆サイドの車窓を眺める精悍な横顔は、厳しい。あまり機嫌が良くない。
祖国からの貴賓を気にしている。シルヴィーのうろ覚えの初恋こと第二王子だ。
再会したシルヴィーに彼は「王女に代わってお祝いを申し上げます」と微笑んだ。元々キラキラしていたのに更にパワーアップしていて、シルヴィーはあまりの眩しさに思わず惚けてしまった。
それが、ヴィンツェンツは気に入らないようだった。王子の結婚がまだ、という情報を耳に入れて意味なく警戒している。

――有り得ないのに。

細く息を吐いて、シルヴィーは彼の服の袖を軽く引いた。
目線だけ寄越した横顔はやはりムッとして見える。
シルヴィーは笑んだ。

「折角皆様が祝福してくださってるのに、仏頂面はなしですよ」
「……元よりこの顔だ」
「はい。私の大好きなお顔です」
「……私は、キラキラしてないぞ」
「キラキラされてますよ。自覚ないんですね」
「……そなたはキラキラしている。今日は純白で美しい。私とは違う」
「第二王子殿下と違って?」
「…………」
「もう夫婦なんですから本音で語り合いましょう」
「……私の本心など、聞く価値はないぞ」
「そうですか。では夢でとくとお伺い致します」

ヴィンツェンツは袖を掴むシルヴィーの手を握り取った。

「つまらん男だと、自分でも思う」

シルヴィーはヴィンツェンツの手を握り返した。

「つまらない貴方も素敵ですよ」

ヴィンツェンツは瞬き、眉間に皺を寄せた。

「……今後もつまらん姿を晒すだろう。そなたは嫌になるかもしれん」
「大丈夫です。どんな試練も二人で乗り切っていけます」
「……言い切るんだな」

シルヴィーは笑みを深めた。

「愛ゆえに、ですよ」

再び瞬いたヴィンツェンツは、両腕でシルヴィーを抱き締めた。

愛ゆえに――。






FIN





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