無題のドキュメント

夏目有也

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3. 左手の薬指がない女の子

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 ピアスをした華奢で顔の小さい女の子が、日常を停止ボタンで止めてしまったみたいに身動きをしない。静止したみたいな時間の中で、ピアスだけがゆれていた。不意に試着室のカーテンを開けられてしまったみたいなまん丸な目をして、彼女は27歳の私を見ている。そこは避暑地にある別荘で、私や庵が幼い頃には、父と三人で夏をここで過ごすことが多かった。

 玄関の扉を開けた直後に女の子と視線が重なってから、重力を全身に感じるような数秒が経過していた。なんだか野生の動物と鉢合わせしたときに感じが似ている。この別荘は宿として貸し出すことが多いそうだが、今だれかが滞在しているなんて話は聞いていなかった。
「だれですか?」と野生の女の子が言う。
「いや、こっちの台詞だよ」と私は普通でつまらないことを言う。女の子は普通でつまらないという表情をしたあと、「普通でつまらない」と実際に口にした。私は「失礼だな。君は」と言ったこともない大人らしいことを言おうとしたが、それも普通でつまらないなと思い、子供がにがい薬を飲み込むみたいに、口をつぐんだ。
「冗談だよ。そんなに気にしないで」と女の子が無邪気にえへへと笑いながら言う。
「ここでなにしてるの?」
「住んでるの」
「聞いてないなぁ」
「言ってないからなぁ」
「許可なく住んでるの?」
「まあ、そんなところ」
「いくつなの?」
「19歳」
 砂浜へ打ち寄せる波のように19歳で死んだいおりを思い浮かべ、またそれは波のように消えていく。19歳で生意気な女の子は、この世界のすべての人間が敵みたいな、そんな目をしている。その目は、庵のそれに近しいものがあった。
 彼女は退屈で冗長な小説でも読むみたいに答えていく。
「ご両親は?」
「いない」
「家はどこ?」
「今はここ」
「不法侵入だよ」
「知ってる」
「警察を呼ばないといけないかもしれない」
「呼べばいいじゃん」

 彼女は椅子に膝を抱えて座った。パーカーの袖から覗く左手の薬指が欠損していた。そこには生々しい傷跡はなく、そんなものそこに初めからなかったみたいに、ただそこにそれはなかった。彼女はパーカーの袖を伸ばし、両手はすっぽりと見えなくなる。左手の薬指がないことを隠しているような。恥ずかしがっているような。でも、それを恥ずかしがっているということを、恥ずかしがっているような。そんな感じだった。
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