3 / 53
3. 左手の薬指がない女の子
しおりを挟む
ピアスをした華奢で顔の小さい女の子が、日常を停止ボタンで止めてしまったみたいに身動きをしない。静止したみたいな時間の中で、ピアスだけがゆれていた。不意に試着室のカーテンを開けられてしまったみたいなまん丸な目をして、彼女は27歳の私を見ている。そこは避暑地にある別荘で、私や庵が幼い頃には、父と三人で夏をここで過ごすことが多かった。
玄関の扉を開けた直後に女の子と視線が重なってから、重力を全身に感じるような数秒が経過していた。なんだか野生の動物と鉢合わせしたときに感じが似ている。この別荘は宿として貸し出すことが多いそうだが、今だれかが滞在しているなんて話は聞いていなかった。
「だれですか?」と野生の女の子が言う。
「いや、こっちの台詞だよ」と私は普通でつまらないことを言う。女の子は普通でつまらないという表情をしたあと、「普通でつまらない」と実際に口にした。私は「失礼だな。君は」と言ったこともない大人らしいことを言おうとしたが、それも普通でつまらないなと思い、子供がにがい薬を飲み込むみたいに、口をつぐんだ。
「冗談だよ。そんなに気にしないで」と女の子が無邪気にえへへと笑いながら言う。
「ここでなにしてるの?」
「住んでるの」
「聞いてないなぁ」
「言ってないからなぁ」
「許可なく住んでるの?」
「まあ、そんなところ」
「いくつなの?」
「19歳」
砂浜へ打ち寄せる波のように19歳で死んだ庵を思い浮かべ、またそれは波のように消えていく。19歳で生意気な女の子は、この世界のすべての人間が敵みたいな、そんな目をしている。その目は、庵のそれに近しいものがあった。
彼女は退屈で冗長な小説でも読むみたいに答えていく。
「ご両親は?」
「いない」
「家はどこ?」
「今はここ」
「不法侵入だよ」
「知ってる」
「警察を呼ばないといけないかもしれない」
「呼べばいいじゃん」
彼女は椅子に膝を抱えて座った。パーカーの袖から覗く左手の薬指が欠損していた。そこには生々しい傷跡はなく、そんなものそこに初めからなかったみたいに、ただそこにそれはなかった。彼女はパーカーの袖を伸ばし、両手はすっぽりと見えなくなる。左手の薬指がないことを隠しているような。恥ずかしがっているような。でも、それを恥ずかしがっているということを、恥ずかしがっているような。そんな感じだった。
玄関の扉を開けた直後に女の子と視線が重なってから、重力を全身に感じるような数秒が経過していた。なんだか野生の動物と鉢合わせしたときに感じが似ている。この別荘は宿として貸し出すことが多いそうだが、今だれかが滞在しているなんて話は聞いていなかった。
「だれですか?」と野生の女の子が言う。
「いや、こっちの台詞だよ」と私は普通でつまらないことを言う。女の子は普通でつまらないという表情をしたあと、「普通でつまらない」と実際に口にした。私は「失礼だな。君は」と言ったこともない大人らしいことを言おうとしたが、それも普通でつまらないなと思い、子供がにがい薬を飲み込むみたいに、口をつぐんだ。
「冗談だよ。そんなに気にしないで」と女の子が無邪気にえへへと笑いながら言う。
「ここでなにしてるの?」
「住んでるの」
「聞いてないなぁ」
「言ってないからなぁ」
「許可なく住んでるの?」
「まあ、そんなところ」
「いくつなの?」
「19歳」
砂浜へ打ち寄せる波のように19歳で死んだ庵を思い浮かべ、またそれは波のように消えていく。19歳で生意気な女の子は、この世界のすべての人間が敵みたいな、そんな目をしている。その目は、庵のそれに近しいものがあった。
彼女は退屈で冗長な小説でも読むみたいに答えていく。
「ご両親は?」
「いない」
「家はどこ?」
「今はここ」
「不法侵入だよ」
「知ってる」
「警察を呼ばないといけないかもしれない」
「呼べばいいじゃん」
彼女は椅子に膝を抱えて座った。パーカーの袖から覗く左手の薬指が欠損していた。そこには生々しい傷跡はなく、そんなものそこに初めからなかったみたいに、ただそこにそれはなかった。彼女はパーカーの袖を伸ばし、両手はすっぽりと見えなくなる。左手の薬指がないことを隠しているような。恥ずかしがっているような。でも、それを恥ずかしがっているということを、恥ずかしがっているような。そんな感じだった。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳主婦のカレンはインスタグラムで20歳大学生の晴人と知り合う。親密な関係となった3度目のデートのときに、晴人が実は17歳の高校2年生だと知る。
カレンと晴人はその後、どうなる?
せんせいとおばさん
悠生ゆう
恋愛
創作百合
樹梨は小学校の教師をしている。今年になりはじめてクラス担任を持つことになった。毎日張り詰めている中、クラスの児童の流里が怪我をした。母親に連絡をしたところ、引き取りに現れたのは流里の叔母のすみ枝だった。樹梨は、飄々としたすみ枝に惹かれていく。
※学校の先生のお仕事の実情は知りませんので、間違っている部分がっあたらすみません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる