無題のドキュメント

夏目有也

文字の大きさ
47 / 53

47. dessert

しおりを挟む
 伯爵邸にあるモダンフレンチのレストランで、デザートが配膳される。

dessert (デザート):
・ヌガーグラッセ カルヴァドスのソルベを添えて
「そもそもどうして監視なんかを?」と27歳の私は、うろんさんの感想を待たずして尋ねる。うろんさんはデザートの感想を言うかどうか逡巡しゅんじゅんしたが、先に答えることにしたようだ。
「それは愛でしょう。私はベイカー・アレンを四輪駆動車で轢いた愛好者に取材する機会を得ました。愛好者とベイカー・アレンの間で何度も性交渉があったそうです。彼女は彼を愛していた。でも、彼が彼女を愛しているのかわからなかったそうです。色情狂であるが故に、欲を満たすだけの性玩具と見做されているように思えることもあったそうです」
「病気ですね」
「精神病の一種でしょうね。不特定多数との性交渉を求めるカサノヴァ型の男子色情症。性欲の異常亢進いじょうこうしんが認められるサチリアジス。それらしい病名があてがわれると、不憫な人に思えてくるから不思議ですね。彼は常に何かに怯えていたそうです。ヘロインが切れて、セックスをしていないときは、ぶるぶると震えながら子宮への帰巣を切に願っているように、いつも彼女の下腹部に顔を埋め、『ただただ傍にいたい』と口癖のように言っていたそうです。彼女は彼のことを優しくて弱い人と表現しました。彼は轢き殺してくれと依頼して、彼女は承諾しました。彼の芸術の一部になれるなんて、夢みたいだったと言っていましたよ。彼女曰く、クリストファー・ヒルはベイカー・アレンを愛していた。ベイカー・アレンは、クリストファー・ヒルの肉欲を満たす性奴隷のようだったようです。ノンケの彼はケツを掘られて、泣いていました。その性交渉の映像をクリストファー・ヒルは所有していた。いつでも全世界にばら撒くことができた」

 庵が被写体となっていたポルノの映像が、電気信号としてニューロンを駆け巡る。その現実を拒絶するように、嘔吐しそうになるが、それを条件反射で嚥下えんかする。トリュフの香りと胃酸の酸味が口に広がる。このソースには何か足りないと思っていたが、それは酸味だったかもしれない。

「そういえば、庵くんの性的な動画がネット上にありましたね。あれもクリストファー・ヒルの仕業だと私は信じています。私見ですが庵くんの芸術は、自殺を誘発し得る。倫理上、許されてはならない禁忌を犯した。彼の芸術は、評価されるべきではない。芸術のせいで死ぬのは構わない。ただ、芸術のために死ぬことは許されない。不健康極まりない。表現者の自死を美化してはならない。それは徹底的に批判され、軽蔑されるべきだ。模倣する馬鹿が現れないためにですよ。綺麗な死に様であったはずがない。ボート上に打ち上げられた魚のように、のたうちまわったことでしょう。美しく生まれ、醜く死んだんでしょうな」
「ちょっと待ってください。庵のことも本に書いたんですか?」
「はい、書きました」
「ちょっとそれは、困ります」
「はあ。そう言われましても」
「父の耳に入るのが嫌です。出版をやめてください」
「それは受け入れられません」
「なんでだよ!?」
「何年も追った題材ですしね。これでクリストファー・ヒルを破滅させることができる。今度こそ息の根を止めてやる。それに、もう本は出版されてますからそもそも無理です」とうろんさんは言うと、にかっと歯茎を剥き出しにしてえぐみ強く笑った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。 「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…

処理中です...