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第4章 迷宮の異世界 ~パンドラエクスプローラーⅡ~
第98話 アレが透けて見える魔法
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錆びた鉄枠の重厚な木製扉が、両開きに重々しく押し開かれた。
長らく誰も立ち入っていないとすぐにわかるほど、滞った生ぬるい空気が部屋の中から通路に溢れ出す。
いち早く明かり代わりの太陽の加護の光が進入して、部屋の中を照らした。
「おぉ、中はまた広い……。って、何か物々しいな」
「ミヅキ、そんな無警戒に入ってきちゃ駄目。何があるかわからないんだから」
先頭立って部屋の扉を開いてくれたエルトゥリンは、不用意に横からにゅっと顔を出すミヅキを渋い顔でたしなめる。
さっきの青ざめた顔はどこへやらで、もう彼女は普段の調子に戻っていた。
「ああ、ごめん。罠とかがあるかもしれないってことか。……まぁ、確かにな」
部屋の中を入り口からぐるりと見回し、ミヅキは声を潜めた。
あれから真っ直ぐの通路を進んでいると、行き止まりの壁に大きな扉があった。
扉を開けると中は講堂のように広く、天井も高い長方形の広間になっている。
ミヅキたちが入ってきた出入口以外の扉は無く、特に抜け道も見当たらないことから、この広い部屋が結局のところの隠し通路の終点だった。
「ごくり……」
立ち込める不穏な気配にミヅキは息を呑む。
太陽の加護が照らし出した広い部屋は、異様なきな臭さを醸し出していた。
広い部屋の四方全面の壁際にそれらは立ち並んでいる。
西洋甲冑の全身鎧、フルプレートアーマーの置物がずらりと、不気味な静けさと共に整然と配置されていた。
そして、物言わぬ彼らがつくる包囲陣の奥──。
長細い部屋の中心に、ひときわ目立つ大きな物体が鎮座しているのが見えた。
「い、いかにもあからさまだぞ、これは……」
露骨な作為性を感じてミヅキは呟いた。
部屋の奥は一段高い床になっており、赤い布切れを敷物にしてアンティーク風情の強い、大きいコファー(貴重品入れの箱)がどっしりと置かれている。
遠目に見ても長手方向の横幅は2メートル程度あり、高さも1メートルは超えている大型の箱だ。
数々の金属部品で装飾され、色褪せた天面の蓋は丸みを帯び、木製で箱型の収納家具のそれは、別名ブランケットボックスと呼ばれる。
但し、創作ファンタジーでダンジョンなどに設置されている場合には、有り体に言ってこう呼ばれる。
宝箱である。
「確かにエルトゥリンの言う通り、罠があるのを警戒しなきゃいかんな……」
大勢の鎧たちに囲まれ、さあ開けて下さいと言うばかりに部屋の中央に配置された大きな宝箱を前に、ダンジョン素人のミヅキでも何かの罠ではと疑ってしまう。
それなのに。
「まぁっ、宝箱ではありませんかっ! やりましたね、ミヅキ様っ!」
エルトゥリンとミヅキが警戒して立往生していると、後ろのアイアノアは宝箱を見つけ、歓声をあげながら部屋の中へと入っていってしまう。
何とも無防備極まりない。
「あぁっ、ア、アイアノア、待って……!」
「ちょっとっ! 姉様っ!?」
怖いもの知らずで甲冑の置物の包囲陣に飛び込み、宝箱へと近づいていくアイアノアの後を、驚いたミヅキとエルトゥリンはすぐに追いかける。
片方の後ろ手をミヅキに捕まえられ、慌てて前に回り込んだエルトゥリンに行く手を阻まれたアイアノアはびっくりして目を瞬かせていた。
「駄目だって、そんな軽々しく近づいちゃ! 何かの罠かもしれないだろう?」
「そうよ、姉様! ダンジョンの宝箱には不用意に触れては駄目って、本で読んできたでしょうっ! この部屋だって何が潜んでいるのかわからないんだからっ!」
初かもしれない見解の一致した二人に咎められ、アイアノアは何だか悲しそう。
「で、ですけど、この行き止まりの部屋自体、隠し通路の奥にありましたし、罠があるような場所をわざわざ隠しはしないのではないかな、と思いまして……」
確かにアイアノアの言うことには一理あるが、第一層から伝説の魔物が出没するような非常識なダンジョンである。
敢えて、多彩なトラップや殺傷力の高いモンスターを配置した部屋を隠し通路の奥に構え、この罠に引っ掛かる冒険者を待ちわびていてもおかしくはない。
「姉様、ミヅキ、開けるなら私が開けるよ。星の加護の防御力なら、危ないものが飛び出してきてもどうってことないし、何ならうまく避けるから少し離れてて」
ため息をつきながら、エルトゥリンはゆっくり宝箱に近づいていく。
ダンジョンの宝箱には罠が付き物である。
しかし、残念ながらミヅキのパーティには手先が器用な盗賊や、又は斥候、ならず者といった宝箱を鑑定したり、罠を外すことができたりする技能持ちのメンバーはいない。
そのため、実際に開けてみなければ中身が何なのかはわからない。
だから、どうしても宝箱を開けなければならない場合は、防御力が高くて様々な耐性に優れ、生命力の溢れる者がこの役目に当たるのがセオリーだ。
とはいえ、何が飛び出すのか不明な危険が伴うことには変わりない。
「ダンジョンの宝箱の罠か……」
エルトゥリンの背中を見つつ、ミヅキは緊張感にうーんと唸る。
定番の宝箱の罠といえば──。
箱を開けた途端に石つぶてや毒針が飛び出す。
火炎や焼けるほど煮えた油が噴き出す。
シンプルに宝箱に仕掛けられた火薬に引火して中身もろとも爆発。
といった財宝を求める冒険者を直接殺傷しようとする罠が思い浮かんだ。
「……テレポーターとか、あったら怖いよな」
呟いて冷や汗を垂らした。
ミヅキが想像の上で最も懸念していたのは、また別の凶悪な罠である。
テレポーター。
宝箱を開けた者を対象にして、広大な迷宮のいずこかの場所にランダム且つ強制的に瞬間移動させる魔法の罠である。
ダンジョンでパーティを分断させられるのも十分に恐ろしいが、何より転移先が水の中や壁の中といった、空間ではない場所だった場合には即座の死が待っている。
いくらエルトゥリンの星の加護が頑強だろうとも、罠がテレポーターだったらと考えると心配になった。
そもそも、そうでなくても女の子をみすみす危険な目に遭わせるのは駄目だし、そんな役目を他人にやらせて自分は黙って見ているなどできそうになかった。
「エルトゥリン、待って。やっぱり俺がやるよ!」
思ったら、身体が勝手に動いていた。
エルトゥリンを呼び止め、答えを聞かずに彼女の横を駆け抜けると、大きな宝箱の前にミヅキはすでに立っていた。
「駄目よ、ミヅキ。こんな宝箱の罠なんかで死んじゃったら使命はどうするの? 私、ミヅキが爆発で吹き飛ぶのを見たくない」
「はは、爆発の罠か……。だけど大丈夫。罠が仕掛けられてるかもしれない宝箱を無理に開ける必要はない。安全かどうか、中身が何なのかを確かめてから開けるのでも遅くないよ」
背後で厳しい表情をするエルトゥリンに、ミヅキは少し振り向いて言った。
ミヅキの言っていることをエルトゥリンが理解する前に、空中で明るく光る太陽の加護がさらなる輝きを放ち、地平の加護が発動する。
『対象選択・《勇者ミヅキ》・効験付与・《透視》』
「触らぬ神に祟り無し、開ける理由の無い宝箱なんて放っておけばいいんだ。この透視の眼で中に何が入ってるか、罠があるのかを見てからどうするか決めようぜ」
加護の表れに合わせてミヅキの顔に回路模様の光が浮かび上がる。
両目が爛々と夜行性の獣のように鋭く光り出した。
宝箱の中を透かし見て、先に中身を確認してからなら、不確定な財宝のために冒すリスクを軽減することができる。
「お、おぉ……!」
大きな長方形の箱を見つめるミヅキの目にそれは映し出される。
古い木板と金属部品の色彩が失われ、輪郭だけを残して透けていく。
地平の加護がもたらす「透視」の権能は、透かし見する度合いを自由自在に調整できるようで、箱の外郭を除外して中身を確認することができた。
そして、ミヅキは驚きの声をあげる。
「かっ、蟹だっ! 宝箱の中にぎっちりとでっかい蟹が入ってる……!」
素っ頓狂な声をあげ、一瞬自分でも何を言っているのかわからない思いに駆られたが、そうとしか言いようがない中身が宝箱の中にいた。
節のある脚と巨大な鋭い鋏の手を巧みに折りたたみ、蟹かヤドカリにしか見えない魔物が窮屈そうに収まっている。
見た目はヤドカリ下目のタラバガニそっくりで、六本の脚と大きな鋏を広げれば相当な体長になりそうである。
罠は罠でも機械じみた仕掛けではなく、宝箱の中に魔物が潜んでいて財宝に釣られた冒険者たちを獲物にする、ミミックの罠であった。
真似る、似せるの意味を名に持つそのモンスターは多彩で、このヤドカリに似た甲殻類の魔物は近づく者にいきなり襲い掛かり、手の鋏で捕らえて餌食とする。
ミミッククラブ(擬態蟹)である。
「エルトゥリン、アイアノアっ、これは罠だっ! この宝箱を開けたら──」
初めて見る宝箱に擬態する巨大蟹と、地平の加護の透視が見せた衝撃の結果に、ミヅキは大変に興奮していた。
昂ぶる気持ちの勢いで、後ろのエルトゥリンとアイアノアに振り向こうとする。
ぎらぎらと妖しく光る目で、透視の権能を解除していない状態そのままに。
「その目でこっち見ちゃ駄目ぇっ!!」
だから、振り向く勢いに合わせて、カウンター気味にエルトゥリンの黄色い叫びと強烈な平手打ちが飛んできた。
瞬間、目の前が真っ白になり、味わったこともない激痛が顔から全身に走る。
思いもよらぬ不意打ちビンタがまともに炸裂した。
バッチィィィーンッ……!!
顔が割れたんじゃないかと思うくらいの破裂音が響き渡った。
ミヅキはあまりの威力に、空中に浮き上がって水平に飛んでいく。
そのままかび臭い床に墜落したのであった。
「ウギャアアアアアァァァァーーッ!? く、首がっ……! 首がぁ、うぅ……」
無理な方向に首を捻られ、無様に倒れる涙目のミヅキは虫の息だ。
頸椎損傷。
首の脱臼や骨折は死亡原因に直結する危険性が高く、星の加護の怪力で感情に任せて殴られては、被るダメージは凄まじい。
異世界で訪れた二度目になる生死の危機が、またも仲間であるエルトゥリンに引き起こされてしまった。
まして、透視能力で裸を見ようとして、ビンタをされたからだなんて理由は本当に笑えない。
「ミ、ミヅキが悪いんだからねっ! そんないやらしい目で姉様と私を見ようとするから……!」
エルトゥリンは身体をよじり、背中を向けて服の上から胸を隠し、平手打ちの後の立ちポーズをしている。
怒りか羞恥か、顔を赤くして倒れたミヅキを見下ろしている。
「う、うふふ……。もう、ミヅキ様ったら……」
アイアノアも服の上から胸と股間を手で隠し、困った顔をしている。
ミヅキに掛ける言葉が見つからず、ごまかし笑いを浮かべていた。
「あがが……。うぐぐぅ、痛い……」
理不尽だ、不条理だ、と伏して悲しみに涙するミヅキの顔の横を、エルトゥリンの歩く足が通り抜けていく。
「──宝箱の中、魔物が入ってるのね。うん、わかった」
冷静な声で言い放ち、つかつかと宝箱に近づいていくエルトゥリン。
無造作に両手でハルバートを真上に高々と突き掲げると、利き足の右脚を大きく前に踏み出して、力任せの振り下ろしを宝箱に叩きつけた。
「えぇいっ!」
そのとき、果たして中身の魔物は何を思っていただろうか。
獲物がいつものように近づいてきていたのはわかっていたので、いつものように息を殺し、身を潜めていつでも襲い掛かれるように待機していた。
それなのに、唐突に狩る側から狩られる側に立場を変えられ、気が付いた時にはもうその命運は尽きていた。
バキャアッ、と激しい破砕音が密閉された部屋に響き渡る。
無慈悲なエルトゥリンの一撃にて、真っ二つに叩き割られた箱ごと背中の甲殻を砕かれ、哀れミミッククラブは本来の仕事を遂行出来ず、あっけなく天へ召されてしまったのだった。
「あぁ、蟹さん、さようなら……。がくっ……」
薄れゆく意識のなか、ミヅキは視界が真っ暗になっていくのを感じていた。
自分もあの蟹と同じく、この世とお別れをするんじゃないかと思いつつ。
最後に見た鮮烈な光景がまぶたの裏に消えていく。
果たしてそれは──。
引き締まった肉体の健康美なエルトゥリンと、豊か過ぎるバストが際立ったグラマラスなアイアノアの生まれたままの姿だったのか。
はたまた、透視し過ぎて骨格標本のような全身骸骨の、色気もへったくれもない姿だったのか。
その答えはミヅキにだけしかわからない。
長らく誰も立ち入っていないとすぐにわかるほど、滞った生ぬるい空気が部屋の中から通路に溢れ出す。
いち早く明かり代わりの太陽の加護の光が進入して、部屋の中を照らした。
「おぉ、中はまた広い……。って、何か物々しいな」
「ミヅキ、そんな無警戒に入ってきちゃ駄目。何があるかわからないんだから」
先頭立って部屋の扉を開いてくれたエルトゥリンは、不用意に横からにゅっと顔を出すミヅキを渋い顔でたしなめる。
さっきの青ざめた顔はどこへやらで、もう彼女は普段の調子に戻っていた。
「ああ、ごめん。罠とかがあるかもしれないってことか。……まぁ、確かにな」
部屋の中を入り口からぐるりと見回し、ミヅキは声を潜めた。
あれから真っ直ぐの通路を進んでいると、行き止まりの壁に大きな扉があった。
扉を開けると中は講堂のように広く、天井も高い長方形の広間になっている。
ミヅキたちが入ってきた出入口以外の扉は無く、特に抜け道も見当たらないことから、この広い部屋が結局のところの隠し通路の終点だった。
「ごくり……」
立ち込める不穏な気配にミヅキは息を呑む。
太陽の加護が照らし出した広い部屋は、異様なきな臭さを醸し出していた。
広い部屋の四方全面の壁際にそれらは立ち並んでいる。
西洋甲冑の全身鎧、フルプレートアーマーの置物がずらりと、不気味な静けさと共に整然と配置されていた。
そして、物言わぬ彼らがつくる包囲陣の奥──。
長細い部屋の中心に、ひときわ目立つ大きな物体が鎮座しているのが見えた。
「い、いかにもあからさまだぞ、これは……」
露骨な作為性を感じてミヅキは呟いた。
部屋の奥は一段高い床になっており、赤い布切れを敷物にしてアンティーク風情の強い、大きいコファー(貴重品入れの箱)がどっしりと置かれている。
遠目に見ても長手方向の横幅は2メートル程度あり、高さも1メートルは超えている大型の箱だ。
数々の金属部品で装飾され、色褪せた天面の蓋は丸みを帯び、木製で箱型の収納家具のそれは、別名ブランケットボックスと呼ばれる。
但し、創作ファンタジーでダンジョンなどに設置されている場合には、有り体に言ってこう呼ばれる。
宝箱である。
「確かにエルトゥリンの言う通り、罠があるのを警戒しなきゃいかんな……」
大勢の鎧たちに囲まれ、さあ開けて下さいと言うばかりに部屋の中央に配置された大きな宝箱を前に、ダンジョン素人のミヅキでも何かの罠ではと疑ってしまう。
それなのに。
「まぁっ、宝箱ではありませんかっ! やりましたね、ミヅキ様っ!」
エルトゥリンとミヅキが警戒して立往生していると、後ろのアイアノアは宝箱を見つけ、歓声をあげながら部屋の中へと入っていってしまう。
何とも無防備極まりない。
「あぁっ、ア、アイアノア、待って……!」
「ちょっとっ! 姉様っ!?」
怖いもの知らずで甲冑の置物の包囲陣に飛び込み、宝箱へと近づいていくアイアノアの後を、驚いたミヅキとエルトゥリンはすぐに追いかける。
片方の後ろ手をミヅキに捕まえられ、慌てて前に回り込んだエルトゥリンに行く手を阻まれたアイアノアはびっくりして目を瞬かせていた。
「駄目だって、そんな軽々しく近づいちゃ! 何かの罠かもしれないだろう?」
「そうよ、姉様! ダンジョンの宝箱には不用意に触れては駄目って、本で読んできたでしょうっ! この部屋だって何が潜んでいるのかわからないんだからっ!」
初かもしれない見解の一致した二人に咎められ、アイアノアは何だか悲しそう。
「で、ですけど、この行き止まりの部屋自体、隠し通路の奥にありましたし、罠があるような場所をわざわざ隠しはしないのではないかな、と思いまして……」
確かにアイアノアの言うことには一理あるが、第一層から伝説の魔物が出没するような非常識なダンジョンである。
敢えて、多彩なトラップや殺傷力の高いモンスターを配置した部屋を隠し通路の奥に構え、この罠に引っ掛かる冒険者を待ちわびていてもおかしくはない。
「姉様、ミヅキ、開けるなら私が開けるよ。星の加護の防御力なら、危ないものが飛び出してきてもどうってことないし、何ならうまく避けるから少し離れてて」
ため息をつきながら、エルトゥリンはゆっくり宝箱に近づいていく。
ダンジョンの宝箱には罠が付き物である。
しかし、残念ながらミヅキのパーティには手先が器用な盗賊や、又は斥候、ならず者といった宝箱を鑑定したり、罠を外すことができたりする技能持ちのメンバーはいない。
そのため、実際に開けてみなければ中身が何なのかはわからない。
だから、どうしても宝箱を開けなければならない場合は、防御力が高くて様々な耐性に優れ、生命力の溢れる者がこの役目に当たるのがセオリーだ。
とはいえ、何が飛び出すのか不明な危険が伴うことには変わりない。
「ダンジョンの宝箱の罠か……」
エルトゥリンの背中を見つつ、ミヅキは緊張感にうーんと唸る。
定番の宝箱の罠といえば──。
箱を開けた途端に石つぶてや毒針が飛び出す。
火炎や焼けるほど煮えた油が噴き出す。
シンプルに宝箱に仕掛けられた火薬に引火して中身もろとも爆発。
といった財宝を求める冒険者を直接殺傷しようとする罠が思い浮かんだ。
「……テレポーターとか、あったら怖いよな」
呟いて冷や汗を垂らした。
ミヅキが想像の上で最も懸念していたのは、また別の凶悪な罠である。
テレポーター。
宝箱を開けた者を対象にして、広大な迷宮のいずこかの場所にランダム且つ強制的に瞬間移動させる魔法の罠である。
ダンジョンでパーティを分断させられるのも十分に恐ろしいが、何より転移先が水の中や壁の中といった、空間ではない場所だった場合には即座の死が待っている。
いくらエルトゥリンの星の加護が頑強だろうとも、罠がテレポーターだったらと考えると心配になった。
そもそも、そうでなくても女の子をみすみす危険な目に遭わせるのは駄目だし、そんな役目を他人にやらせて自分は黙って見ているなどできそうになかった。
「エルトゥリン、待って。やっぱり俺がやるよ!」
思ったら、身体が勝手に動いていた。
エルトゥリンを呼び止め、答えを聞かずに彼女の横を駆け抜けると、大きな宝箱の前にミヅキはすでに立っていた。
「駄目よ、ミヅキ。こんな宝箱の罠なんかで死んじゃったら使命はどうするの? 私、ミヅキが爆発で吹き飛ぶのを見たくない」
「はは、爆発の罠か……。だけど大丈夫。罠が仕掛けられてるかもしれない宝箱を無理に開ける必要はない。安全かどうか、中身が何なのかを確かめてから開けるのでも遅くないよ」
背後で厳しい表情をするエルトゥリンに、ミヅキは少し振り向いて言った。
ミヅキの言っていることをエルトゥリンが理解する前に、空中で明るく光る太陽の加護がさらなる輝きを放ち、地平の加護が発動する。
『対象選択・《勇者ミヅキ》・効験付与・《透視》』
「触らぬ神に祟り無し、開ける理由の無い宝箱なんて放っておけばいいんだ。この透視の眼で中に何が入ってるか、罠があるのかを見てからどうするか決めようぜ」
加護の表れに合わせてミヅキの顔に回路模様の光が浮かび上がる。
両目が爛々と夜行性の獣のように鋭く光り出した。
宝箱の中を透かし見て、先に中身を確認してからなら、不確定な財宝のために冒すリスクを軽減することができる。
「お、おぉ……!」
大きな長方形の箱を見つめるミヅキの目にそれは映し出される。
古い木板と金属部品の色彩が失われ、輪郭だけを残して透けていく。
地平の加護がもたらす「透視」の権能は、透かし見する度合いを自由自在に調整できるようで、箱の外郭を除外して中身を確認することができた。
そして、ミヅキは驚きの声をあげる。
「かっ、蟹だっ! 宝箱の中にぎっちりとでっかい蟹が入ってる……!」
素っ頓狂な声をあげ、一瞬自分でも何を言っているのかわからない思いに駆られたが、そうとしか言いようがない中身が宝箱の中にいた。
節のある脚と巨大な鋭い鋏の手を巧みに折りたたみ、蟹かヤドカリにしか見えない魔物が窮屈そうに収まっている。
見た目はヤドカリ下目のタラバガニそっくりで、六本の脚と大きな鋏を広げれば相当な体長になりそうである。
罠は罠でも機械じみた仕掛けではなく、宝箱の中に魔物が潜んでいて財宝に釣られた冒険者たちを獲物にする、ミミックの罠であった。
真似る、似せるの意味を名に持つそのモンスターは多彩で、このヤドカリに似た甲殻類の魔物は近づく者にいきなり襲い掛かり、手の鋏で捕らえて餌食とする。
ミミッククラブ(擬態蟹)である。
「エルトゥリン、アイアノアっ、これは罠だっ! この宝箱を開けたら──」
初めて見る宝箱に擬態する巨大蟹と、地平の加護の透視が見せた衝撃の結果に、ミヅキは大変に興奮していた。
昂ぶる気持ちの勢いで、後ろのエルトゥリンとアイアノアに振り向こうとする。
ぎらぎらと妖しく光る目で、透視の権能を解除していない状態そのままに。
「その目でこっち見ちゃ駄目ぇっ!!」
だから、振り向く勢いに合わせて、カウンター気味にエルトゥリンの黄色い叫びと強烈な平手打ちが飛んできた。
瞬間、目の前が真っ白になり、味わったこともない激痛が顔から全身に走る。
思いもよらぬ不意打ちビンタがまともに炸裂した。
バッチィィィーンッ……!!
顔が割れたんじゃないかと思うくらいの破裂音が響き渡った。
ミヅキはあまりの威力に、空中に浮き上がって水平に飛んでいく。
そのままかび臭い床に墜落したのであった。
「ウギャアアアアアァァァァーーッ!? く、首がっ……! 首がぁ、うぅ……」
無理な方向に首を捻られ、無様に倒れる涙目のミヅキは虫の息だ。
頸椎損傷。
首の脱臼や骨折は死亡原因に直結する危険性が高く、星の加護の怪力で感情に任せて殴られては、被るダメージは凄まじい。
異世界で訪れた二度目になる生死の危機が、またも仲間であるエルトゥリンに引き起こされてしまった。
まして、透視能力で裸を見ようとして、ビンタをされたからだなんて理由は本当に笑えない。
「ミ、ミヅキが悪いんだからねっ! そんないやらしい目で姉様と私を見ようとするから……!」
エルトゥリンは身体をよじり、背中を向けて服の上から胸を隠し、平手打ちの後の立ちポーズをしている。
怒りか羞恥か、顔を赤くして倒れたミヅキを見下ろしている。
「う、うふふ……。もう、ミヅキ様ったら……」
アイアノアも服の上から胸と股間を手で隠し、困った顔をしている。
ミヅキに掛ける言葉が見つからず、ごまかし笑いを浮かべていた。
「あがが……。うぐぐぅ、痛い……」
理不尽だ、不条理だ、と伏して悲しみに涙するミヅキの顔の横を、エルトゥリンの歩く足が通り抜けていく。
「──宝箱の中、魔物が入ってるのね。うん、わかった」
冷静な声で言い放ち、つかつかと宝箱に近づいていくエルトゥリン。
無造作に両手でハルバートを真上に高々と突き掲げると、利き足の右脚を大きく前に踏み出して、力任せの振り下ろしを宝箱に叩きつけた。
「えぇいっ!」
そのとき、果たして中身の魔物は何を思っていただろうか。
獲物がいつものように近づいてきていたのはわかっていたので、いつものように息を殺し、身を潜めていつでも襲い掛かれるように待機していた。
それなのに、唐突に狩る側から狩られる側に立場を変えられ、気が付いた時にはもうその命運は尽きていた。
バキャアッ、と激しい破砕音が密閉された部屋に響き渡る。
無慈悲なエルトゥリンの一撃にて、真っ二つに叩き割られた箱ごと背中の甲殻を砕かれ、哀れミミッククラブは本来の仕事を遂行出来ず、あっけなく天へ召されてしまったのだった。
「あぁ、蟹さん、さようなら……。がくっ……」
薄れゆく意識のなか、ミヅキは視界が真っ暗になっていくのを感じていた。
自分もあの蟹と同じく、この世とお別れをするんじゃないかと思いつつ。
最後に見た鮮烈な光景がまぶたの裏に消えていく。
果たしてそれは──。
引き締まった肉体の健康美なエルトゥリンと、豊か過ぎるバストが際立ったグラマラスなアイアノアの生まれたままの姿だったのか。
はたまた、透視し過ぎて骨格標本のような全身骸骨の、色気もへったくれもない姿だったのか。
その答えはミヅキにだけしかわからない。
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ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。
激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。
異世界転生おじさんは最強とハーレムを極める
自ら
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定年を半年後に控えた凡庸なサラリーマン、佐藤健一(50歳)は、不慮の交通事故で人生を終える。目覚めた先で出会ったのは、自分の魂をトラックの前に落としたというミスをした女神リナリア。
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スティールスキルが進化したら魔物の天敵になりました
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第18回ファンタジー小説大賞 奨励賞、いただきました!!
スティールスキル。
皆さん、どんなイメージを持ってますか?
使うのが敵であっても主人公であっても、あまりいい印象は持たれない……そんなスキル。
でもこの物語のスティールスキルはちょっと違います。
スティールスキルが一人の少年の人生を救い、やがて世界を変えてゆく。
楽しくも心温まるそんなスティールの物語をお楽しみください。
それでは「スティールスキルが進化したら魔物の天敵になりました」、開幕です。
2025/12/7
一話あたりの文字数が多くなってしまったため、第31話から1回2~3千文字となるよう分割掲載となっています。
唯一無二のマスタースキルで攻略する異世界譚~17歳に若返った俺が辿るもう一つの人生~
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31歳の事務員、椿井翼はある日信号無視の車に轢かれ、目が覚めると17歳の頃の肉体に戻った状態で異世界にいた。
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