召還聖女はストックホルムの夢を見るか

らんふぁ

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4話

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……そこは夜の森だった。

脱け出して木々の間を進んだ葵は足を止めた。

建物の中では聞こえなかった水音がする。近くに川が流れているようだ。
あそこは遮音性に優れていたらしい。

空を見れば月が出ていた。スーパームーンどころではない、やたら大きな煌々とした満月が2並んでいる。

目の錯覚かと思ったが、やっぱり2つ。

ここは本当に異世界なんだ……。

月がぼんやり滲んで見え、鼻の奥がツンと痛い。
葵は喉に固まりが込み上げ、嗚咽が漏れそうになるのを、ぐっと歯を食いしばって我慢した。

このまま膝をついて大声で泣けたら ……。

しかし一旦声が出たら、きっと止まらなくなる。


心の奥底ではイタズラなら良いのに、と望んでいた。
日本語ペラペラのおかしな外人にからかわれたのだと。
言葉が通じたのは異世界補正とか言うやつだろう。

現実とは思いたくなかった。
しかし願いとは裏腹にこれは現実で、今葵は犯人達から逃げようとしている。

月明かりと言っても現代っ子の葵では夜目が効く訳でもなく、それだけではあまり良く見えない。
それまでも木の枝に引っ掛かり、根っこにつまづきそうになって歩いていた。

慣れない暗さ_夜の森には独特の雰囲気がある。すぐ側に得体の知れないモノが潜み、引きずられて行かれるような……人間が闇を怖れる本能的な恐怖に加え、知らない土地では遠くまで逃げられないだろう。
川があるようだし、下手をすれば転落の危険もある。

リュックサックの中にはスマートフォンも、小さな懐中電灯も入っているが、点灯すれば『ここにいますよ』と犯人達に教えるに等しい。


……このままじゃ捕まっちゃう。

振り返れば月明りに照らされ、黒々と浮かび上る体育館ほどの石造りの建物が。そしてどこかへ続く小道。

あいつらは、あの道を逃げたと思うだろうか?
それともこのまま森の奥へ行ったと思うだろうか。

葵は少し考え、引き返した。

そして建物の裏へまわる。

大きな木が生えているのが月明かりにも見えたからだ。
お誂え向きに建物のすぐ側に枝を伸ばしている。

葵はリュックサックを下ろし、スポーツバックを開けると合気道の道着を取り出して身に付けた。
当然というか、部活も合気道である。

スカートの下にズボン、ブラウスの上に上着を羽織って帯をぎゅっと締めた。
制服が夏服半袖でちょっと肌寒かったから丁度良い。

教科書、ノート、筆記用具。
今日は短縮授業で冊数が少ない。おかげでリュックサックに丸めたスポーツバックと一緒に何とか詰め込む事が出来た。

さっきは道着と教科書を入れたスポーツバックで、見かけ王子を撃退したのだ。
頭にクリーンヒットしたが、正直ザマミ口としか思えない。
このスポーツバックは生地が薄くその分軽い。

某aとか某Pのスポーツメイカーのがっちりとしたバックでないだけ有難いと思いやがれ、と葵は狂暴な気分で考えた。


リュックサックのポケットを探って、軍手を取り出し手に嵌め、再び背負うと葵は木を登り始める。

学校の指定が滑りにくい運動靴だったのが幸いで、どうにかよじ登り、太い枝から屋根に移った。

静かに屋根の上を歩き、人目につかないよう中央に移動した葵。

リュックサックを開けて、押し込んだスポーツバックを再び取り出し、ぺちゃんこのその上に座った。

遮る物が無いので月明かりでも何とか様子が分かる。

ホッと一息ついた葵は中身を取り出した。

ポケットからスマホ、本体からさっきの教科書、ノート、筆記用具。




『何時も思うんだけどさ、葵、サバイバルでもするの?』

『“備えあればうれいなし”って言うじゃん』

『でも重くない?』

『まーねー』

『これって新商品?』

『うん。てか綾香、人のチョコ何勝手に食べてんの?』

『いやー、今私のお腹が非常事態で。それに少し軽くなるかなーって』

『要らんわ、そんな親切』

500mlの水のペットボトル、カロ◯ーメイト、ナッツ&ドライフルーツ、のど飴、チョコレート、除菌アルコールウェットティッシュ、ポケットティッシュ、タオルハンカチ、ポーチに入った洗顔料、歯ブラシセット、化粧水と乳液……ここまでは普段でも飲食したり使ったりしている。

もう1つの大きい袋を引っ張り出した。

中には薄いタオル、携帯トイレ、ポケッタブルレインコート、ビニール袋サイズ別、懐中電灯に電池、虫刺されの薬、マスク、生理用品、傷用絆創膏、そしてスマホ用ソーラーバッテリー。

軍手もそうだが、葵が何故こんな物を持ち歩いているのかと云えば……

祖父の合気道の道場には、股間攻撃をレクチャーしてくれた婦人警官を始めとする警察関係や、自衛隊の猛者が稽古に出入りしていた。

その中の自衛隊の小父おじさんに、いざという時、これは持っていた方が良いよ、と教えられ、自分でも付け加えた物である。

人間何時何があるか分からない。特に日本は地震大国。
卒業式で、仕事中で、出先で、あるスケートのアスリートは練習中のリンクで、まさにあの大地震は日常の中で起きた。

普段持ち歩くリュックサックの中にこそ入れておけ、とそう言われたのだ。


アルコールティッシュで手を拭き、木の枝に引っ掛かって出来た傷も拭いて絆創膏を貼った。

空腹だった葵は水とカロ◯ーメイトを口にする。


……ホントだね、山村の小父さん、まさかこんな事で役に立つとは思わなかったよ……。


さっきは我慢していた涙が堪えきれず溢れ出す。


グス……!

鼻を啜りながら葵はチョコレートに手を伸ばした。
















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