お江戸物語 藤恋歌

らんふぁ

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五話

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若い待……松永右京は、ここ数年、何かと身辺が騒がしく、江戸と郷里を行ったり来たりしていた。


ようやくゴタゴタの方が付いて、江戸は小網町の裏長屋に住み着いた。

江戸に出て来る時、ある程度のまとまった金は持っていたが、それに頼り切りでは何時かは尽きるに決まっている。

いざと言う時の物と考え、普段は写本や用心棒など口入れ屋の仕事をこなしていた。

こうして所持金を当てにせず、何とか生活の目処も経った頃……風の噂に聞いた……。


昔、雪菜と言った振袖新造は、今を時めく白雪太夫……吉原一の花魁になっていると……。


彼女の客は大身旗本から、大商人、通人と言われる上客ばかり。


だから、ただ一度逢ったきりの自分の事など、すっかり忘れている物だと思っていた。



彼は、今でも鮮やかに思い出す……。


必死で朝霧太夫を守る為に抗った雪菜。

若いというより、まだまだ少女に見えた。


それが……。

寸鉄も帯びない、か弱い女の身でありながら、狂気の刀に立ち向かった、精一杯の勇気を……。


そして、安心した途端に泣き出した可憐さを……。



忘れられなかった……。


時が経つほど一層、彼女の姿は鮮やかに右京の胸の内に蘇って来たのである……。





白雪太夫は自室でそっと涙を拭う。



まだ振袖新造だったあの時、凶刃に倒れそうな自分を寸前で助けてくれた若い待。


命の思人....…松永右京。


ずっとずっと忘れられなかった。


狂気の若様を叱咤する彼の声、はにかんだ笑顔を宝物のように胸に抱き年月を過ごして来たのだ。





(あの方が……私の合図を分かって下さった……!覚えていて下さったに違いない……)


嬉しい……!


吉原一の花魁と言われ、日本-ひのもといちの太夫と囃されても、所詮は金で売り買いされる身は変わらない……。


だが、この思いは……あの方を思うこの心だけは……。


自分だけの……金では動かせない自分だけのもの……。


私の身体は……何人もの男達が通り過ぎて行ったとしても……。


心を捧げる相手はただ一人だけ……。


「あの、太夫……。難波屋様が……」襖の向こうから、遣り手の声がかかった。


慌てて彼女は涙を拭き化粧を直した。

「あい、今行きなんすよ……」


そう返事をした彼女は、恋しい男を想って泣く女から、吉原一の花魁へと姿を変えた。



あの方が江戸にいる……!


同じお江戸の空の下に……右京様……!



内なる思いを深く秘め、彼女は「…主さん、ようこそおいでなんす」と今夜の客に嫣然と微笑んだ……。

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