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四話
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....…その時。
若様の顔にペシッ!と藤の花房が当たり、彼は思わずたたらを踏む。
一瞬の間……!
「吉原の美しき花を散らすなど、無粋な真似をするでない」
一陣の風のように雪菜と若様の間に入った待は己の刀も抜かず、鞘で若侍の刀を受け止めた。
そして内懐にあっという間に入り込み、当て身を食らわす。
ヘタヘタと意識を失って崩れ落ちた若様を、見世の若い衆が連れて行った。
本来なら、大事な商品の花魁達を傷付けようとしたのだ。半死半生のタコ殴りにしても飽きたらない。
だが三河以来の名家となればそうも行かず、厳重な抗議と、賠償請求、二度と同じ事を繰り返さない旨の念書を取り、若様の方は暫く遠くのどこぞの寺か、親戚預けとなりほとぼりを冷ます事で結着を付ける事になるだろう。
太夫と雪菜は恐怖から解放され、抱き合って泣いた。
見世の衆が助けてくれた侍に頭を下げ、礼を述べる。「貴方様のおかげで、手前共の大事な花魁達に傷が付かずに済みました。このままお帰ししたのでは、主に叱られます。どうか、どうかご一緒して下さいまし」
落ち着いた太夫も白い手を合わせる。
「ほんにありがとうでありんす。主さんは、わちき達の命の恩人でありんす。是非とも見世でお礼をしたくありんす。どうか……」
侍が白い歯を見せて笑う。「太夫、あんたを本当に助けたのは、その若い振袖新造だ。この者が抵抗しなければ、俺は間に合わなかっただろうよ」
太夫はその言葉に頷いた。「あい、あい。雪菜、お前にも礼を言わねば」
「わちきは、もう……無我夢中で……。姉様、こ、怖かった……!」
太夫は、涙をこぼす雪菜を優しく抱きしめながら侍に尋ねた。「それで……主さんのお名前は?」
「……松永右京」
注進が及んだと見え、おっとり刀で駆けつけた見世の主も右京に厚く礼を述べ、歓待しようとしたが、彼はあっさり断った。
「別に礼を言われる程の事ではない。気遣いは御無用」
では、せめてもの礼だと主が押し付けるように金子を渡した。
「せめてそれを受け取って頂けませんと、手前の顔は丸つぶれになります。太夫と振袖新造二人も助けて貰いながら、何とした事だと。どうか助けると思って、何とぞお受け取りを……」
そこまで主に懇願されては断れず、彼ははにかんで受け取り、軽く頭を下げると立ち去った。
見送った男衆によれば、結局どこの見世にも行かず大門をくぐって吉原を出て行ったらしい。
ただの吉原見学だったのだろうか。
「……変わったお人だ。昨今珍しい。」微笑んだ主。
まるで爽やかな風のような侍だった。
それから松永右京は、雪菜に取って忘れ難い大事な人になったのであった。
若様の顔にペシッ!と藤の花房が当たり、彼は思わずたたらを踏む。
一瞬の間……!
「吉原の美しき花を散らすなど、無粋な真似をするでない」
一陣の風のように雪菜と若様の間に入った待は己の刀も抜かず、鞘で若侍の刀を受け止めた。
そして内懐にあっという間に入り込み、当て身を食らわす。
ヘタヘタと意識を失って崩れ落ちた若様を、見世の若い衆が連れて行った。
本来なら、大事な商品の花魁達を傷付けようとしたのだ。半死半生のタコ殴りにしても飽きたらない。
だが三河以来の名家となればそうも行かず、厳重な抗議と、賠償請求、二度と同じ事を繰り返さない旨の念書を取り、若様の方は暫く遠くのどこぞの寺か、親戚預けとなりほとぼりを冷ます事で結着を付ける事になるだろう。
太夫と雪菜は恐怖から解放され、抱き合って泣いた。
見世の衆が助けてくれた侍に頭を下げ、礼を述べる。「貴方様のおかげで、手前共の大事な花魁達に傷が付かずに済みました。このままお帰ししたのでは、主に叱られます。どうか、どうかご一緒して下さいまし」
落ち着いた太夫も白い手を合わせる。
「ほんにありがとうでありんす。主さんは、わちき達の命の恩人でありんす。是非とも見世でお礼をしたくありんす。どうか……」
侍が白い歯を見せて笑う。「太夫、あんたを本当に助けたのは、その若い振袖新造だ。この者が抵抗しなければ、俺は間に合わなかっただろうよ」
太夫はその言葉に頷いた。「あい、あい。雪菜、お前にも礼を言わねば」
「わちきは、もう……無我夢中で……。姉様、こ、怖かった……!」
太夫は、涙をこぼす雪菜を優しく抱きしめながら侍に尋ねた。「それで……主さんのお名前は?」
「……松永右京」
注進が及んだと見え、おっとり刀で駆けつけた見世の主も右京に厚く礼を述べ、歓待しようとしたが、彼はあっさり断った。
「別に礼を言われる程の事ではない。気遣いは御無用」
では、せめてもの礼だと主が押し付けるように金子を渡した。
「せめてそれを受け取って頂けませんと、手前の顔は丸つぶれになります。太夫と振袖新造二人も助けて貰いながら、何とした事だと。どうか助けると思って、何とぞお受け取りを……」
そこまで主に懇願されては断れず、彼ははにかんで受け取り、軽く頭を下げると立ち去った。
見送った男衆によれば、結局どこの見世にも行かず大門をくぐって吉原を出て行ったらしい。
ただの吉原見学だったのだろうか。
「……変わったお人だ。昨今珍しい。」微笑んだ主。
まるで爽やかな風のような侍だった。
それから松永右京は、雪菜に取って忘れ難い大事な人になったのであった。
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