お江戸物語 藤恋歌

らんふぁ

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九話

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右京がパタリと姿を消して以来、太夫は愁いを帯びるようになり、却ってその事により、浮き世離れした美しさになったのは実に皮肉だった。



夏が過ぎ、秋が深まるに連れ、太夫の愁いは、同じようにますます深まって行ったのである……。





……人形になろう。でなくて、どうして生きてゆけよう?



あの方に会えない、この張り裂けそうな胸の痛みに耐えられようか……。



太夫の人形……白粉を塗り、紅を引き、美しく装う。



……心を持たぬ人形にならねば……あの方を思いながら、他の男に抱かれる苦しさを、どうやって耐えれば良いの?



心を晒す事など、もう出来はしない……。


“私”には、もう戻れない……。


あの方がいなくて


あの方に会えなくて


私の機嫌を結ぼうとする男も……。


露骨な欲望を示す男も……。


手に入れられるのは、心がない空っぽの人形……。



あの方でなければ誰だろうと同じ事。




人形にならなければ……生きていけそうにないわ……。




白雪は己の頬を流れる涙に気づいていなかった……。







……想ってどうなる?



未練を断ち切らねば……。


……相手は吉原の華……日本一の白雪太夫……。

まさしく高嶺の花ではないか……。




そう思っているのに、この胸にあの姿が焼き付いて、いっかな消えてくれぬ……。


あの微笑み、白い顔が……。


優雅な立ち姿が……。


……埒もない。


恋とは全く愚かなものよ……。


何故こんなに捕らわれてしまうのか……。




遂に耐えきれず吉原に向かう途中で己を叱咤し、住んでいる長屋に引き返そうとした時、ハッと足を止めた。



闇が膨れ上がったような殺気……!



「……見つけましたぞ。鳥山、いや、松永右京様……そのお命頂戴仕る……!」


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