お江戸物語 藤恋歌

らんふぁ

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二十二話

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右京が倒れた太夫を抱き上げると、見世の者が慌てて彼女の部屋へ案内した。

さすがに看板の太夫だけに、一口に部屋と言っても、客を持てなす部屋、次の間、私室と三間与えられていた。
鏡や箪笥、手炙りなど調度品も高級かつ品が良い。
客も上等なので、それに見合った物なのだろう。

私室の方に敷きのべた布団に寝かせてやった彼は血の気を失った頬をそっと撫でた。

「……冷たい。すまぬ鈴代屋。某がノコノコ来た為に……」


後を追い様子を見守っていた藤兵衛は両手を付いて頭を下げた。「いえ、松永様、お詫びをせねばならないのは、こちらの方でございます。重ね重ねのご迷惑、誠にもって申し訳ございません」


「いや、一番悪いのは手前です。鈴代屋さん、松永様、申し訳ございませぬ。太夫に無理をさせすぎました」

同じく後追いし、沈痛な顔をした長崎屋が二人に向かって頭を下げる。


これ以上贔屓の客の立場を無くさぬよう慰め顔で籐兵衛は言った。「いえ、太夫も望んでの宴です。お二人には何の責任もございませぬ。帰って来た時は久しぶりに晴れ晴れとした顔をしておりましたし……ただ疲れが出たと見えます」


「主殿、ゆるりと休ませてやってくれ。太夫が元気にならぬと江戸中の男が嘆くでの」まだ気がかりそうな右京が、まるで拝むように口にした。


「松永様、日を改めまして席を設けますでな。是非」長崎屋が彼を誘った。


「おお、その通りです!是非又いらして下さい。太夫が目が覚めたら話してやります。全くお座敷で失敗したと知ったら、病気がぶり返しますで」


「……ぶり返す?」右京は眉をひそめ、思わず聞き返した。


「はい。白雪は誇り高い太夫です。どんな時もお座敷をいい加減にした事はございませぬ。それがこの大失態。それも命の恩人をもてなしている最中で……落ち込む理由には充分です」


「ですから、太夫を助けると思って……松永様、お願いします」長崎屋も言葉を添えた。


せめて今夜は花魁の誰かをと、勧められたが右京は笑って断りを入れた。

「まだ、大門は開いておろう。某は帰る」


「!」


「か、帰る?」信じられない答えに驚く妓楼の主。


華の吉原に来て何もせずに帰る男……。




その時藤兵衛はハッと思い出した。



そう言えば昔朝霧と白雪を助けたあの時も……。


まじまじと彼は改めて右京を見た。


「最前話した通り、それがしには想うおなごがおるでの。他の女を抱く気にはならぬのだ。気を悪くせんでくれ」


籐兵衛と同じように長崎屋も目を見張る。「松永様、貴方様は……」


「....…己でも阿呆と思うわ」自嘲するように言う右京は顔をつるりと撫でた。


長崎屋は完爾と微笑んだ。「……いえ。滅相もない。昨今珍しい……誠実なお方だと」



白雪太夫の様子次第だが、とりあえず5日後に再び宴を張る事を約した。

どうしても駄目なら、長崎屋へ連絡が行く。


「……それで太夫は大丈夫かの?」


心配する右京に籐兵衛は太鼓判を押した。「大丈夫です。意地でも元気になりますよ。そういう女です。ですから必ずおいで下さいまし」


「手前は日本橋に店を構えております。宜しければ、ご一緒致しましょう。松永様はどちらにお住まいで?」長崎屋が彼に尋ねた。


「……小網町……小網神社近くの金太郎長屋だ」


「さようで。ではそちらへお迎えを……」


「いや、ムサイ場所だ。ご迷惑でなければ、某の方が伺おう」


「迷惑などと。では、5日後に。お待ちしておりますよ」



「松永様、必ずおいで下さいまし。太夫共々、心よりお待ちしております」籐兵衛は改めて彼に願った。


長崎屋も今日は帰る事にし、見世の者に送られ、右京と連れ立ち大門をくぐる。


長崎屋は駕籠に乗り込んだが、右京はやはり断りを入れた。


恐縮する商人に右京は笑う。「何しろこの図体では、手足がつかえて、却って辛くての。気にせんで良い」



かなり夜も遅い刻限である。


町の木戸が閉まる前……江戸の町は静かだ。


その静けさの中、右京はひたひたと何かの気配を感じ、振り返る。



つけられている…?


まさか……伊織達か…?それとも……?


「……長崎屋殿、どうやら、我々をつけている者がおる。心当たりはおありかの?商売上の敵とか?」


長崎屋は駕籠の垂れを開け答えた。「手前は真っ当な商売をしているつもりですが、確かに恨みを買う場合もございますな」動じた様子も見せていない。


この商人、かなり肝が太い。


「思いもよらぬ災難よの。その気も無いのに勝手に恨まれてはの」おかしそうに右京は言った。


すまして答える長崎屋「全くで」


「ついでの事だ。店まで送ろう」


眉を上げた長崎屋「宜しいので?」


右京は含み笑いをした。「今日、せっかく助けたのだ。それなのに何かあったら目覚めが悪いでの」


長崎屋の笑い声が夜の町に響いた。




ひたひた……ひたひた……気配は消えない。


……やはり、気のせいでは無い。



ついに、殺気が闇から漂って来た。



右京は駕籠屋に押し殺した声を掛けた「一気に店まで走れ!良いな?後の事は任せておけ」


「松永様!?」


右京は刀の鯉口を抜きながら怒鳴った。「早く行け!」


飛び上がるように駕籠屋が走り出した。


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