お江戸物語 藤恋歌

らんふぁ

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二十八話

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太夫はドキドキする胸を押さえ「……それで、松永様にお怪我は?」一番肝心な事を聞いた。


「左腕にちょいと、まあ軽傷だったそうですよ」


太夫はホッとため息をつく。


籐兵衛は首を傾げた。「……金目当てかね?」


「…さあ?詳しい話は旦那様にと。という事で失礼しやすよ、太夫」


「あい。伊之助さん、後で詳しく聞かせてくんなまし」


「へい」




二人が出て行き、一人になった太夫は、再び布団に横になった。



あの重臣なぞに身請けされるなど、考えただけでゾッとする。


ギラギラとやけに脂ぎった顔……頬骨が高くナメクジに似た唇……まるで自分を舐め回すような目つきで見ていた。


冗談を言った太鼓持ちに激怒し、平手打ちを喰らわし、器まで投げる、傍若無人で、それはそれは嫌な客だった。


あんな男が藩の重臣に居座っているとは……

きっと家中でも、身分に物を言わせているのだろう。


……殿様は物が言えないのだろうか?


それに比べて……


いえ、よりにもよって、あの方と比べるなど冒涜だわ。


右京様が、たいした怪我でなさそうで良かった……



彼女は彼を迎えた宴を思い出す。

彼女に贈ったその想い……


“某に取っては、あの月のような……美しい……だが決して手の届かぬ高嶺の花。一時は添えぬ苦しさに、想いを断ち切ろうともしたが、……できなんだわ。風の頼りにそのおなごが具合を悪くしたと聞いた時……例え届かぬ月であっても、失えば己に取ってこの世は闇になると遅まきながら気が付いた……”



ああ、右京様、何というお心を下さったの?


私が右京様に取って月ならば、貴方様は私に取っての太陽………。


貴方という日の光があってこそ、私の心は温まり、ここ吉原で生きて行けるの……。


花の吉原……


ここは、華やかな男の天国……


そして華やかな女の地獄……




白雪太夫は、元々は武家の出であった。


とは言っても絵に描いたような貧乏侍。


両親が長い浪々の生活の挙げ句、病に倒れ、医者代も溜まりに溜まり、遂に借金のカタにまだ少女だった太夫は、吉原に売られたのである。


苦界で自分の心を守る為に、氷の鎧で纏った……そう、何者にも心を渡さない氷の太夫。


だけど、それは私自身を寒くする……


私の覆った氷を溶かせるのは……右京様、貴方だけ……


……つぅっと涙が目尻から枕に落ちた。


右京様


右京様



日にちが経つのが待ち遠しい……


早くお会いしたい……


特にこんな身請け話を聞いた後では……


寒い……凍えそうなの……右京様……



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