お江戸物語 藤恋歌

らんふぁ

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四十一話

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彼が去った後、長崎屋は店の者に、人形町にいる才蔵親分を呼んで来るよう言いつけた。



直ぐにすっ飛んできた才蔵は挨拶もそこそこに訊いた。「長崎屋さん、犯人が分かりなすったかね?」


「あ、そうでは無く松永様の事で」


「あのお侍が何か?」


長崎屋は訳を話し「夕方には実家に帰ると言いなすった。いえね、もし実家が遠くで、旅に出るなら普通なら、朝の出発でしょう?それが夕方……」


才蔵はふむふむと「つまり、実家は江戸か……近間?」


「と思います。…ねぇ、親分、手前はあの方の素性が気になって仕方が無いんですよ」


才蔵はニヤリと笑った。「いや、あっしもで。…分かりやした。長屋から出ていく先を張ってみやしょう」


少し迷って長崎屋がためらいながら切り出した。「…それとね、私を襲った犯人……まさかとは思うんだが……」


「おや、何か思い出しなすったんで?」


「だが、思い過ごしかも知れない……」まだためらう長崎屋。

殺しの主犯を口にするのだ。慎重にならざるを得ない。


才蔵はそんな彼を促す。「違っても構いやせんよ。とりあえず、言って下さいな」


「実はね……ウチのように、諸国の色んな物を取り扱っている店の組合があるんですがね、最近、阿漕なやり方な商売をして大きくなった山城屋が入りたいと言って来たのを断ったんですよ。重労働をさせ、随分安く買いたたき、沢山人を泣かせていると言う噂でしたからねぇ……。ウチの組合は信用第一。店の主の品格も品質も一流のお店しか入れないんですよ。手前が特に強く反対しましてね」


腕組みをした才蔵「するってぇと、組合に入れたら、商売成功間違いなしなんですかい?」


長崎屋は頷いた。「そう。何せ客筋が良いんです。大奥や幕閣、大身旗本、大名、茶人……一流どころで。我々はお互い自分の店では扱ってない物は紹介しあうし、それで又商売は大きくなるんですよ」


となると、構図は見えてくる。


「なる程……組合に入れなかった事の意趣返しってワケか……」


「昨日、吉原の鈴代屋から出てくる所を見かけてね、ふと思い出しました。……何でもどこぞの藩の家老に取り入っているらしいんですけどね」


「鈴代屋ってぇと、やっぱり目当ては白雪太夫でしょうね」

才蔵は江戸中に鳴り響く花魁の名前を上げた。


「その通り。その家老がとんだ浅黄裏らしく、一旦は断った座敷をどうしてもと頼まれたと。まあ、用心しろとは忠告しておきました」


岡っ引きは、ふと眉を寄せた。「……山城屋が吉原に出入りしてるのか……。まさか見世に息の掛かった奴でもいませんかね?どう思いやす?」


少し考えた長崎屋「……やりかねません。汚い手で乗っ取りを繰り返している男なんです」


相手の弱みを掴み、無ければ作るぐらい朝飯前だと、彼は吐き捨てるように話した。


「……そんな奴なら、本当にヤバいかも知れねぇな。鈴代屋さんに一応知らせておきやしょう」


長崎屋も立ち上がった。「手前も参ります。松永様の事で話をしなきゃなりません。残念ですが不幸が出ては宴は中止です」


「では一緒に。帰りも送りやしょう。あっしはそれから、あの旦那の長屋に向かいます。夕方には十分間に合う」


少年の頃から岡っ引きを目指していた才蔵は、護身の為にと剣を学んでいた為、かなりの腕だ。


頷いた長崎屋「…頼みましたよ、才蔵親分」




二人が吉原の鈴代屋に着いた時、客を迎える準備でバタバタしていた。


気難しい客なのは分かっているので、少しの遺漏も無いよう見世の人間はピリピリしている。


藤兵衛が目ざとく二人に気づいた。「おや、長崎屋さん、親分、何か?」


「忙しい時に悪いね、藤兵衛さん」


人払いをし長崎屋が山城屋の事を話した。


サッと顔色が変わった鈴代屋。「……ウチの店に?」


才蔵が身を乗り出し口を添えた。「この見世は、粋で有名な長崎屋の旦那がご贔屓だと、結構巷に知られていやす。 最近、新しく入った人間はいませんかぇ?」


岡っ引きの話に更に補足した長崎屋「……そう、ここニヶ月ぐらい。私が山城屋に断りを入れたのが2ヶ月前なんだよ」


しばし沈思した藤兵衛が、目を上げた。「……いる。板場に若いのが」


いつしか声をひそめた長崎屋。「籐兵衛さん。そいつを誰かに見張らせた方が良いね」


「……ああ、勿論そうしよう」


長崎屋は、それから右京の実家に不幸があった事を告げ、宴の中止を申し入れた。


がっかりし、肩を落とす藤兵衛「……ご実家の不幸では致し方ありませんな……誠に残念です。嫌な客は押しかけて来るのに、来て欲しい方は来れないとはね。太夫もがっかりするでしょうな。楽しみにしてましたからねぇ……」


見世を出ると、才蔵が用心しながら長崎屋を店まで送って行った。





一方、長崎屋を出た右京。


……長崎屋殿、すまぬの。明日まで生きて居られぬかどうかも分からぬのだ。


約束は出来ぬ。




彼の胸から消えぬ面影……


……覚悟を決めたとは言え……未練だのぅ……



太夫



……今一度……


一目でも良い……そなたの顔を見たかった……。



……声を聞きたかった……



右京は橋の欄干に佇み……水面みなもを見つめる。


…思いがけない出逢い…


狼藉者を追い払ったあの日


長崎屋を庇った凛とした太夫の姿……


舟から上がる時、その白い手を握り……彼女の香りを……声を間近に感じ……


己の気持ちを伝え


気を失った彼女をこの腕に抱いた……


太夫……


そなたの事は忘れまいぞ……


たとえ……どうなったとしても、この想いはどこまでも抱いて行こう……


太夫……



達者で暮らせ……



身体をいとえ……



……さらば。



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