お江戸物語 藤恋歌

らんふぁ

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五十四話

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右京は上屋敷に戻った。


捕らえられた内藤外記は、その儘、沙汰あるまで蟄居謹慎。


山城屋には調べが入った。


数日後、藩主の兄との右京の前に引き据えられた外記。


彼はむっつりと黙っている。


右京が山城屋からの調書を読み上げた。


「……江戸家老の立場を利用して、やりたい放題してくれたの、外記。藩の物産の売り上げの四分の一を、そなたらがピン跳ねしておったとは。吉原に白雪太夫の身請け話を持っていける道理だの」


兄の左ェ門之丞忠広が、専横を極めた家老を睨んだ。「まだある。余の弟、鳥山右京に対する暗殺未遂。千代菊丸死去の知らせを握りつぶし、勝手に分家を立てようと図ろうとした事……更には同じ家中の佐々木右近並びに本田三郎の行方不明に関与。二人は?」


外記は喚いた。「知りませぬ!おそらく間宮伊織が始末したのでござろうよ!殿!儂は関与など……!」


右京が呼びかけた。「間宮伊織、これに」


次の間に控えていた、蒼白な顔の伊織が部屋に入り、主君に平伏する。


「伊織、聞いていたな?関与は事実か?」


「はい、外記様のご命令にて」


「嘘だ!儂は知らぬ!」


右京は家老を見やった。「伊織と話が違うぞ、外記。本当に知らぬと申すのか?」


「おお、佐々木、本田の事は本当に知りませぬ。殿、確かに右京様を殺めようとしたは、千代菊丸様の御為、家中がいつまでも二つ割れるのを避けんが為でござる」


主君は苦虫を噛み潰したような顔をする。「……藩の為と言うか」


外記はふてぶてしく居直った。「さよう。更に千代菊丸様の件、捕らえられ藩邸に戻りし時に、初めて耳にした事なれば、分家を立てようなどとする筈も無く……」


「黙れ!余を侮り愚弄しおるか!……右京、証人をこれに」



「はっ」一礼した右京は襖を開け、呼びかけた。「もう良いぞ。入って来い」


……姿を現したのは、佐々木右近と本田三郎だった。


「!」


「…内藤様、まさに“死人に口なし”でござるな。言いたい放題で呆れ果てまする」と右近。


一方三郎は幽霊の真似をしてみせる。「うらめしや....…内藤様、我ら悔しさのあまり、あの世から舞い戻って参りましたぞ。殿、右京様、我々が証人でござる。千代菊丸様の知らせを握り潰し、分家を立てようとした事、この目と耳でしかと。更に伊織に某を殺せとはっきり命令されました」


伊織は一礼した。「その通りでござる」


外記は視線で殺してやりたいとばかりに伊織を睨んだ。「おのれ、間宮め!裏切りおって……!」


伊織は静かな目で家老を見返す。


「全ては証されたのだ。観念せよ。その方、千代菊丸の祖父の立場を利用し、藩の財政、政を私せんとした罪、赦しがたし。よってお家断絶、家禄召し上げの後、切腹申しつける」伊勢守鳥山左ェ門之丞忠広が、家老に処分を下した。


厳しい沙汰だった。


更に忠広は言う。「お美代の父であり、千代菊丸の祖父だからこそ、身を慎まねばならぬ物を……。家中に要らぬ騒動を引き起こした。……その方のした事は余に恥をかかせ苦しめた。立場を鑑みても厳しくせねばならぬ。……二度とこのような事があってはならぬのだ。……引き立てよ」


外記が近習の者に引き立てられて行くと、伊勢守は急に疲れが出たのか、ガックリとする。


「兄上?」


伊織、三郎、右近が揃って叫んだ。「殿!」


「……大事ない。余がしっかりせんばかりに、皆に苦労をかけたの」


「殿……!」三人の家臣は平伏しむせび泣いた。


兄は青ざめた顔に、あるかなしかの笑みを浮かべた。「…皆の者。……これからは、右京を支えてやってくれ」



……その時、伊織がぐらりと前のめりに倒れた。


「…伊織?」支え起こした右近の顔色が変わる。

「伊織!お主、影腹を切ったな……!?」


「!」


影腹とは切腹してサラシを巻き、死ぬの少しだけ伸ばす事である。


三郎が伊織の着物の前を押し広げると、腹に巻いたサラシが朱に染まっていた。


蒼白になった右京が駆け寄り、彼を揺さぶった。「伊織、伊織、何故だ……!」


ふっと意識を取り戻した伊織。「右京様……。千代菊丸様が亡くなり、殿の余命僅か……ならば、それがしに出来る事は、貴方様が跡を継がれる前に、外記やその味方をあぶり出し、藩を……掃除する事でござる……」


感情豊かな三郎は、もう目を真っ赤にしていた。「この馬鹿!それなら何故、右京様と一緒に生きぬ?」


微かに伊織は笑った。「……千代菊丸様の御為と、右京様のお命まで狙った某だぞ。……手の平返したように、できようか……」

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