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五十七話
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兄の左ェ門之丞忠広は、家中の外記一派の仕置きと右京の跡継ぎとしての将軍家お目見えを無事済ませると、もう心残りは無いように亡くなった。
医者の見立て通り、夏までは保たず、五月に入って間もなくの事だった……。
右京は新しい藩主として、生活が一変した。
藩主の一日は、きちんきちんとした日程で進む。
しきたり、しきたりと家臣が言う。
兄の身代わりの時と違い、この際くだらないしきたりは、止めさせるつもりだったが、前途多難だった。
おまけに老臣が口を揃えて「早く奥方様を!出なければ、ご側室を!」と迫るのであった。
だが、彼はせめて兄の三回忌が明けるまでは駄目だと言い返し、その場をしのいでいた。
近習になった三郎が「殿、長崎屋が来ております。」と言って来たのは彼が藩主になって、二ヶ月後の事だった。
「!おお、通せ」
長崎屋が通され平伏する。
右京は笑顔で「長崎屋殿、良く来てくれたの。顔を上げてくれ」
長崎屋も笑みを浮かべる。「鳥山右京様、いえ対馬守様、ご健勝のご様子何よりです」
「それだけが取り柄だ」
そうは言っても、生活が激変した疲れが見える。
長崎屋は携えた分厚い書類をつい、と彼の方へ差し出した。「……こちらがご依頼の件のご報告でございます」
「近う」
側に来て説明してくれと合図を送る。
右京は、山城屋が荒らした藩の商売の立て直しを、縁が出来た長崎屋に相談した。
普通なら納戸役の仕事なのだが、藩の財政を外記が滅茶苦茶にしたので、藩主自ら乗り出す事にしたのである。
長崎屋は快く引き受けてくれ、この二ヶ月の間、国の物産の調査をしていたのである。
右京はパラパラと書類をめくってみて、綿密な調書に内心驚いた。「……長崎屋殿には、面倒をかけた。で?どうだった?」
彼の側に来た長崎屋が失礼をと、調書を受け取り、しおりを挟んだ場所を示した。「こちらです。この際、対馬守様のお国の物産を、全て調べさせて頂きました。まず織物ですが良い物がありますな。更に珍しい香木、これは江戸でも売れまする。その他……」物産を次々に指差してみせた。
「それをどうすれば良いのかの?」
座り直した長崎屋はニッと笑いかけた。「まず資金作りに織物や香木は流行らせましょう」
「流行らせる?」
「吉原に持って行きます。江戸の流行りは吉原から始まりますでな。その儘でも良いですが小物に加工した方が売りやすい。花魁達に使って貰うのです」
吉原と聞いた途端に右京の顔が変わった「……吉原、か」
長崎屋は気づかないふりをする。「さようで」
右京は想いを振り払うように「……そなたに任せる。良いように取り計らってくれ」と頼んだ。
長崎屋が白雪太夫の前に織物を広げ、香木を並べた。
「これは……?」
「最近、藩主が変わられた藩の産物でね。何とかこれを江戸で流行らせたいのさ」
「!」
彼女の動揺に気づかない振りをする長崎屋。「お前の意見を聞きたい。」
太夫は微かに震える手で香木を摘み取り、大きく息を吸い込む。
「……この香木……匂いを嗅いでいると気分が落ちきますなぁ……この織物も素朴で……良い色合い……二つを組み合わせたらどうでありんす?」
「匂い袋か?」
白雪太夫は頷く。「あい。箪笥や枕に忍ばせれば、ほのかな香りが移り、なんとも言えない風情になるのでは?」
江戸で、箪笥や枕に匂い袋が流行り出した。
ほのかに上品に香る風情が色っぽいと花魁達が客に喜ばれ、江戸の女達も真似しだしたのである。
又、枕に使った物は安眠できると評判になった。
その他、織物を使った可愛い小物や端切れで作った動物……猫や犬など太夫の意見や、長崎屋のてこ入れもあって右京の藩の物産は売り上げがおおいに伸びた。
医者の見立て通り、夏までは保たず、五月に入って間もなくの事だった……。
右京は新しい藩主として、生活が一変した。
藩主の一日は、きちんきちんとした日程で進む。
しきたり、しきたりと家臣が言う。
兄の身代わりの時と違い、この際くだらないしきたりは、止めさせるつもりだったが、前途多難だった。
おまけに老臣が口を揃えて「早く奥方様を!出なければ、ご側室を!」と迫るのであった。
だが、彼はせめて兄の三回忌が明けるまでは駄目だと言い返し、その場をしのいでいた。
近習になった三郎が「殿、長崎屋が来ております。」と言って来たのは彼が藩主になって、二ヶ月後の事だった。
「!おお、通せ」
長崎屋が通され平伏する。
右京は笑顔で「長崎屋殿、良く来てくれたの。顔を上げてくれ」
長崎屋も笑みを浮かべる。「鳥山右京様、いえ対馬守様、ご健勝のご様子何よりです」
「それだけが取り柄だ」
そうは言っても、生活が激変した疲れが見える。
長崎屋は携えた分厚い書類をつい、と彼の方へ差し出した。「……こちらがご依頼の件のご報告でございます」
「近う」
側に来て説明してくれと合図を送る。
右京は、山城屋が荒らした藩の商売の立て直しを、縁が出来た長崎屋に相談した。
普通なら納戸役の仕事なのだが、藩の財政を外記が滅茶苦茶にしたので、藩主自ら乗り出す事にしたのである。
長崎屋は快く引き受けてくれ、この二ヶ月の間、国の物産の調査をしていたのである。
右京はパラパラと書類をめくってみて、綿密な調書に内心驚いた。「……長崎屋殿には、面倒をかけた。で?どうだった?」
彼の側に来た長崎屋が失礼をと、調書を受け取り、しおりを挟んだ場所を示した。「こちらです。この際、対馬守様のお国の物産を、全て調べさせて頂きました。まず織物ですが良い物がありますな。更に珍しい香木、これは江戸でも売れまする。その他……」物産を次々に指差してみせた。
「それをどうすれば良いのかの?」
座り直した長崎屋はニッと笑いかけた。「まず資金作りに織物や香木は流行らせましょう」
「流行らせる?」
「吉原に持って行きます。江戸の流行りは吉原から始まりますでな。その儘でも良いですが小物に加工した方が売りやすい。花魁達に使って貰うのです」
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長崎屋は気づかないふりをする。「さようで」
右京は想いを振り払うように「……そなたに任せる。良いように取り計らってくれ」と頼んだ。
長崎屋が白雪太夫の前に織物を広げ、香木を並べた。
「これは……?」
「最近、藩主が変わられた藩の産物でね。何とかこれを江戸で流行らせたいのさ」
「!」
彼女の動揺に気づかない振りをする長崎屋。「お前の意見を聞きたい。」
太夫は微かに震える手で香木を摘み取り、大きく息を吸い込む。
「……この香木……匂いを嗅いでいると気分が落ちきますなぁ……この織物も素朴で……良い色合い……二つを組み合わせたらどうでありんす?」
「匂い袋か?」
白雪太夫は頷く。「あい。箪笥や枕に忍ばせれば、ほのかな香りが移り、なんとも言えない風情になるのでは?」
江戸で、箪笥や枕に匂い袋が流行り出した。
ほのかに上品に香る風情が色っぽいと花魁達が客に喜ばれ、江戸の女達も真似しだしたのである。
又、枕に使った物は安眠できると評判になった。
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