お江戸物語 藤恋歌

らんふぁ

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六十四話

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長崎屋は目を伏せた。「……太夫自身が吉原の垢を落としたいと望みましたので...……」名前もおふじと改めたと言った。



右京は彼女を見つめ……頷く。


そうか……


意に染まない勤めを今までして来た太夫は、ここで新しい女に生まれ変わる時が必要だったのだ。


それにこれだけ時が経てば、万一、吉原で子供が出来てしまった場合も分かる。


右京は長崎屋が言外に込めた意味も察した。


「対馬守様、太夫、いやおふじは、もう、全ての事から解き放たれてございます」


おふじはその言葉にただ啜り泣いた。


右京は彼女に微笑んだ。「……おふじ、せっかく自由になったのに、また籠の鳥になるか?」


おふじは泣き笑いをしながら答えた。「……今度は自ら籠に入りまする。そして優しい籠に留まりとうございます」


「……では、この先はお二人でゆるりとお話合い下さりませ」

頭を下げ長崎屋は出て行った。

スッと襖が閉まり、足音が遠のく。





もう二人だけ……誰憚る事も無く、白雪太夫、いや、おふじは恋い焦がれた男の腕の中に納まった。


右京は、彼女の顎に手をかけ、ゆっくりと唇を重ねる。


彼らが過ごした、長く辛い胸痛む日々……


たが、長い遠回りをしなければ、こうして一緒になれぬ運命さだめだったのだろうか?





右京は、真面目な顔で腕の中の彼女に向かい「……言っておくがおふじ、そなたは、自分では選ぶ事もできぬ人生の中で、それでも懸命に生きて来た女……決して恥じる事はないぞ」そう告げた。



少女の時に、病気の親の治療費……積み重なった借金のカタに吉原へ売られたのだ。


自分ではどうしようもない。


だが、そんな運命に彼女は唯々諾々とは従わなかった。


選べない運命ならば、吉原で最高の太夫になろう。


常に頭をシャンとあげ、例え男達に踏みにじられても、常に誇り高い太夫に……



血の滲む努力の末、本当に彼女はそうなった……





思いがけない言葉を聞き、おふじは目を見張る。


逆に言えば、吉原は誇りを持たねば、生きては行けない世界だと言う事でもある。


金で身体を売る遊女であった事実は、どうあっても消せはしない。


男として、人間として清々しい右京を前にすれば、どうしても引け目を感じてしまう自分に、恥じる事はないと……


何故……?


何故?…このお方は私の抱えた想いが分かるの……?


……涙が白い頬を伝わった。


右京は優しく涙を拭ってやる「相変わらず、泣き虫だのう……。そのクセ、気が強くて無鉄砲……初めて会った時から、そなたが忘れられなかった……」


「私も…」


「……もう離さぬ」彼は両腕に力を込める。


おふじはすがりついた。「……離さないで下さりませ……!」


右京は彼女の涙の滲んだ瞼、頬にそっと唇を当てる。


再び深い口づけを交わし……


「……おふじ!」


「右京様……!」



……ニ人の想いは、ついに堰を切って溢れ出した。


足元にシュルシュルと帯が解かれ、落ちて行く……


おふじの白い両腕が右京の首に回される……





夢ではない


幻ではない


たくましい腕の中で


白い腕の中で


二人はお互いの存在をひたすら確かめ合う……


離れ離れの半身が、ようやく1つになって溶け合った……

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