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残された通知
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深夜一時過ぎ。静まり返った部屋の中で、スマートフォンの通知音が短く鳴った。
ベッドの上でうつ伏せになっていた私は、重たいまぶたを開き、枕元のスマホを手探りで探した。画面には見慣れたチャットアプリの通知が浮かんでいる。
――純明ちゃん。
胸の奥がきゅっと締めつけられる。
通知には、たった一言、《見た?》とだけ表示されていた。
こんな時間に何を――と思いながらも、私はチャットを開いた。だが、そこには何も残っていない。既読のマークだけが無機質に並び、肝心のメッセージは削除されたらしい。
「……また消したの、純明ちゃん」
小さくつぶやいて、私はスマホを胸に抱いた。彼のこういう癖にはもう慣れている。思ったことをすぐに送っては、あとで恥ずかしくなって消してしまうのだ。
隣の部屋にいるはずの純明ちゃんは、もう寝ているのだろうか。少しだけ気になって、ドア越しに耳を澄ます。……物音ひとつしない。
私は再びスマホの画面を見つめた。既読がついている以上、彼は確かに送ってきた。
だが――何を「見た?」と聞いてきたのだろう。
翌朝。私は食卓でトーストをかじりながら、ぼんやりとスマホを眺めていた。純明ちゃんは対面の椅子に座り、牛乳を飲んでいる。
「ねぇ、昨日の夜、メッセージ送ってきたでしょ」
「……え?」
「《見た?》って」
純明ちゃんは首をかしげ、目を丸くした。
「送ってないよ。ぼく、昨日は早く寝たもん」
「……ほんとに?」
「うん。通知、間違いじゃない?」
いつもならからかうように笑う彼が、今日は妙に真剣な表情をしている。その顔を見て、私はそれ以上追及するのをやめた。
昼過ぎ、大学の講義が終わり、私は駅前のカフェで少し時間を潰していた。
カバンの中のスマホが震える。画面を見れば、また純明ちゃんからのメッセージ。
《ねぇ、今どこ?》
《帰ってきて》
続けざまに送られてくるメッセージに、少しだけ胸騒ぎを覚える。いつになく落ち着きがない文面だった。
私は返信した。《あとちょっとで帰るよ》
しかし、その直後――メッセージはすべて削除された。
「……また」
嫌な予感がした。バッグを肩にかけ、私は早足でマンションへと向かった。
ドアを開けると、リビングには誰もいない。
「純明ちゃん?」
返事はない。
寝室を覗いても、風呂場を見ても、彼の姿はなかった。
スマホを取り出してチャットを開く。しかし履歴には、さっきまで確かにあったはずのメッセージが跡形もなく消えていた。
その瞬間――スマホがまた震えた。
《見た?》
私は息を呑み、即座に返信した。《なにを?》
しかし返事は来ない。
部屋の奥、寝室の扉が少しだけ開いていることに気づく。カーテンの隙間から射し込む夕方の光が、床に細い線を作っていた。
――さっき、ここも見たはずなのに。
扉に手をかけた瞬間、背後で通知音が鳴った。
振り返ると、テーブルの上に置いたスマホの画面が点灯している。
差出人は――純明ちゃん。
《見たなら、返してよ》
背筋がぞわりとした。私は震える指で文字を打った。
《なにを返すの?》
返事はなかった。代わりに、寝室の奥から、微かな音が聞こえてきた。
カサ……カサ……。
まるで、何かが布団の中でゆっくりと動いているような音。
私は思わず一歩、二歩と後ずさる。
「……純明ちゃん?」
呼びかけに答えるように、扉がぎぃ、と軋んで開いた。
その奥にあるベッドの上――布団が、誰もいないのに盛り上がっている。
スマホが再び震えた。
《返して。ぼくの、チャット》
……その文面を見た瞬間、ふと昨日のことを思い出した。
――「消えたチャット」。
あの夜、私が誤って送ってしまった彼とのやり取りを、一斉に削除した。私が「彼になりきって」書いていた、誰にも見せられないチャット。
スマホを握る手が汗ばむ。あれを“消した”のは、純明ちゃんじゃない。――私だ。
じゃあ、いまメッセージを送ってきているのは……誰?
布団の盛り上がりが、ゆっくりとこちらに近づいてきた。
私は反射的にスマホを投げ捨て、寝室から飛び出した。玄関の扉を開け放ち、外の冷たい空気を吸い込む。
――通知音が、背後で鳴り続けていた。
ベッドの上でうつ伏せになっていた私は、重たいまぶたを開き、枕元のスマホを手探りで探した。画面には見慣れたチャットアプリの通知が浮かんでいる。
――純明ちゃん。
胸の奥がきゅっと締めつけられる。
通知には、たった一言、《見た?》とだけ表示されていた。
こんな時間に何を――と思いながらも、私はチャットを開いた。だが、そこには何も残っていない。既読のマークだけが無機質に並び、肝心のメッセージは削除されたらしい。
「……また消したの、純明ちゃん」
小さくつぶやいて、私はスマホを胸に抱いた。彼のこういう癖にはもう慣れている。思ったことをすぐに送っては、あとで恥ずかしくなって消してしまうのだ。
隣の部屋にいるはずの純明ちゃんは、もう寝ているのだろうか。少しだけ気になって、ドア越しに耳を澄ます。……物音ひとつしない。
私は再びスマホの画面を見つめた。既読がついている以上、彼は確かに送ってきた。
だが――何を「見た?」と聞いてきたのだろう。
翌朝。私は食卓でトーストをかじりながら、ぼんやりとスマホを眺めていた。純明ちゃんは対面の椅子に座り、牛乳を飲んでいる。
「ねぇ、昨日の夜、メッセージ送ってきたでしょ」
「……え?」
「《見た?》って」
純明ちゃんは首をかしげ、目を丸くした。
「送ってないよ。ぼく、昨日は早く寝たもん」
「……ほんとに?」
「うん。通知、間違いじゃない?」
いつもならからかうように笑う彼が、今日は妙に真剣な表情をしている。その顔を見て、私はそれ以上追及するのをやめた。
昼過ぎ、大学の講義が終わり、私は駅前のカフェで少し時間を潰していた。
カバンの中のスマホが震える。画面を見れば、また純明ちゃんからのメッセージ。
《ねぇ、今どこ?》
《帰ってきて》
続けざまに送られてくるメッセージに、少しだけ胸騒ぎを覚える。いつになく落ち着きがない文面だった。
私は返信した。《あとちょっとで帰るよ》
しかし、その直後――メッセージはすべて削除された。
「……また」
嫌な予感がした。バッグを肩にかけ、私は早足でマンションへと向かった。
ドアを開けると、リビングには誰もいない。
「純明ちゃん?」
返事はない。
寝室を覗いても、風呂場を見ても、彼の姿はなかった。
スマホを取り出してチャットを開く。しかし履歴には、さっきまで確かにあったはずのメッセージが跡形もなく消えていた。
その瞬間――スマホがまた震えた。
《見た?》
私は息を呑み、即座に返信した。《なにを?》
しかし返事は来ない。
部屋の奥、寝室の扉が少しだけ開いていることに気づく。カーテンの隙間から射し込む夕方の光が、床に細い線を作っていた。
――さっき、ここも見たはずなのに。
扉に手をかけた瞬間、背後で通知音が鳴った。
振り返ると、テーブルの上に置いたスマホの画面が点灯している。
差出人は――純明ちゃん。
《見たなら、返してよ》
背筋がぞわりとした。私は震える指で文字を打った。
《なにを返すの?》
返事はなかった。代わりに、寝室の奥から、微かな音が聞こえてきた。
カサ……カサ……。
まるで、何かが布団の中でゆっくりと動いているような音。
私は思わず一歩、二歩と後ずさる。
「……純明ちゃん?」
呼びかけに答えるように、扉がぎぃ、と軋んで開いた。
その奥にあるベッドの上――布団が、誰もいないのに盛り上がっている。
スマホが再び震えた。
《返して。ぼくの、チャット》
……その文面を見た瞬間、ふと昨日のことを思い出した。
――「消えたチャット」。
あの夜、私が誤って送ってしまった彼とのやり取りを、一斉に削除した。私が「彼になりきって」書いていた、誰にも見せられないチャット。
スマホを握る手が汗ばむ。あれを“消した”のは、純明ちゃんじゃない。――私だ。
じゃあ、いまメッセージを送ってきているのは……誰?
布団の盛り上がりが、ゆっくりとこちらに近づいてきた。
私は反射的にスマホを投げ捨て、寝室から飛び出した。玄関の扉を開け放ち、外の冷たい空気を吸い込む。
――通知音が、背後で鳴り続けていた。
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