佐藤と朝霧とおうちごはん

藍 雨音(アイ アオト)

文字の大きさ
143 / 164

143 到着

しおりを挟む
「さむ……やっぱ雪があると違うんだな」
「もう着く」

窓越しに流れていく雪景色に、どうしたって胸が躍る。
しょうがねえだろ、都会っ子には積雪自体珍しいんだから。
こんなに景色が一変する場所に、数時間で行けることが不思議だ。

「なんか、もっと早く行けばよかった。思ったより近いんだな」
「……誰と」

不機嫌になる朝霧が可笑しくて、その口におやつを突っ込んでやる。
コイツが食いづらいもんばっか選ぶから、案の定俺が食わせる羽目になっていた。

「けど、俺運転できねえし。そう考えるとお前が必須?」
「ああ」

ああ、じゃねえよ。いいのかお前、アスリートのくせにいいように使われて。
もうひとつ、おやつを突っ込んで、指を舐めた。
面白いから、ついからかいたくなる。

「後輩も運転できるから、そっちでもいいけどな」
「俺と行く方が、楽しい」
「ほお……どういう所が?」

思わぬ反論に、つい身を乗り出した。
お前、どういう所が楽しいと思ってんの? ほとんどしゃべりもしない朝霧くんですが。
むすっとして言い淀む朝霧に笑う。分かんねえのかよ!

「……楽しくないか」

しょげるな、犬みてえでかわいいから。
お前の楽しいところ、何なんだろうな。
俺は、なんでこんなに……。
くすり、と笑みが浮かぶ。

「いや? 楽しいけど? ――ちょっ?! こっち見んな! 前見ろ馬鹿!」

さらっと言ってやれば、思い切りこっちを向いた。
俺の方がビックリするわ。
そして、全然堪えられてねえぞ、その妙に上がった口元。

「にやけんな」
「……」

無言で、大きな手が口元を隠す。
何だろうな。別にお前、話し上手でもねえし。
気が利くと言うほどでもねえし。
でも。
窓に映る自分の顔を見て、俺もそっと口元を隠したのだった。



「――ここ、か?」

ごくゆっくり車を進ませながら、その建物を確認する。

「絶対ここだろ! つうか他に建物ねえし。早く早く、車停めろ!」

車から下りたくてうずうずする俺を笑いながら、朝霧が建物の正面に寄せた。
大きな建物がひとつ、そして小さなコテージのような建物がいくつか点在している。もしかして、これが離れ? すげえ……!
本当に周りに何もねえと思いながら、そっと車から足を下ろす。

「おおお……! すげえ、雪だ! うわ、長靴とか持ってこなきゃいけなかった感じ?!」

道路はあまり雪がなかったけれど、脇を歩いた途端、ずむ、と沈んだ足に驚いた。

「滑るぞ」
「俺は滑っても大丈夫だけど、お前は絶対滑るなよ?! 俺の責任になる」
「なんでだ」

いらねえって言ってんのに、朝霧に腕を掴まれながら階段を上って、随分味のある……悪意をもって言えばボロくて萎びた雰囲気の建物に入った。

そわそわしながら説明を聞いて、鍵をもらって。
再び車を動かし、自分たちが泊まる離れまでやって来た。

「うわあ……隠れ家って感じ!」
「いいな」

冷たくなり始めた足先に慌て、俺たちの束の間の隠れ家へと上がり込む。
もっと、古民家みたいな感じかと思ったけど、案外中は普通だ。
外の雪景色さえなければ、普通の小ぢんまりした旅館という風情。
ちょっと湿った靴下を脱ぎ捨て、畳を通り抜けてすぐさま窓の方へ行く。

「めっちゃ雪! 見ろよ朝霧!」
「雪は来るまでに散々見た」

そうだけど! でも違うだろ?!
裏手はちょっとした山になっているようで、広縁に面して大きく取られた窓からは、文句なしの雪景色。
雪が白いからだろうか。覗く木々はしっとり黒々と見える。
ここに、座って……降り積もる雪を眺めてぼうっと過ごす……すげえ、いい。
想像で既にうっとりしていた俺を通り過ぎ、朝霧が別の扉を開けた。

「……本当に外に風呂がある」
「えっ! ちょっと待てよ、俺も見る!!」

慌ててデカい身体を押しのけるように、扉の向こうをのぞき込む。

「すっ……げえ!! え、これどうすんの?!風呂の周りも雪積もってんじゃん! 足すげえ冷たいよな?!」
「お湯は冷えないのか」
「源泉だから大丈夫なんじゃね? あっ、待て朝霧、不用意に出るな! 足跡がつく!」

大興奮で写真を撮りまくって、満足して振り返ると、朝霧もスマホを構えていた。
……お前、興奮する俺を撮ったな?

「……絶対宮城さんに送るなよ?」
「送らない。もったいない」
「それはそれで意味が……寒っ! やっぱ寒いな」

ふわっと吹いた風に首を縮こめ、温かい室内に引っ込んだ。
すっかりかじかんだ手をすり合わせ、早々に腰を下ろした朝霧をよそに部屋内をくまなく点検していく。

「おー、お茶の種類が結構ある。冷蔵庫の、勝手に飲み食いすんなよ、結構高いぞ」
「ああ」
「布団と……浴衣だ! おい朝霧、けっこうしっかりした浴衣! これ、『浴衣でそぞろ歩き』とかできるやつだ!」
「さすがに寒くないか……?」

で、でも……温泉街で冬もそういう光景あるじゃん? あれ、寒くねえのかな。温泉入りたてだと、きっと暑いのかも。

「本館の方に色々買うとことかあるみてえだし、室内なら寒くないだろ!」
「上着を着ろ」
「着たら浴衣の意味ないじゃん?!」

靴箱の中から洗面台の下まで、およそ開けられるところは全部開け、ようやく俺も畳に腰を下ろした。

「探検は終わったか」
「うるせー! やるだろ、普通! 防犯のためにも必要なんだぞ」
「そういう視点で見たのか?」

……見てねえけど。でも、女子だとそういうの大事なんだからな! お前みたいな泥棒が裸足で逃げそうなヤツには必要ねえかもだけど!

「なあ、飯はいつって言ってたっけ? これからどうする?」
「落ち着け。飯がもうすぐ来るから――」

正面の朝霧を見上げて、そわつく心を隠せず、意味もなくカバンを引き寄せる。
ああ、俺……朝霧と旅行に来たんだな。

しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ! あらすじ 「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」 貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。 冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。 彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。 「旦那様は俺に無関心」 そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。 バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!? 「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」 怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。 えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの? 実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった! 「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」 「過保護すぎて冒険になりません!!」 Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。 すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

サラリーマン二人、酔いどれ同伴

BL
久しぶりの飲み会! 楽しむ佐万里(さまり)は後輩の迅蛇(じんだ)と翌朝ベッドの上で出会う。 「……え、やった?」 「やりましたね」 「あれ、俺は受け?攻め?」 「受けでしたね」 絶望する佐万里! しかし今週末も仕事終わりには飲み会だ! こうして佐万里は同じ過ちを繰り返すのだった……。

同居人の距離感がなんかおかしい

さくら優
BL
ひょんなことから会社の同期の家に居候することになった昂輝。でも待って!こいつなんか、距離感がおかしい!

アプリで都合のいい男になろうとした結果、彼氏がバグりました

あと
BL
「目指せ!都合のいい男!」 穏やか完璧モテ男(理性で執着を押さえつけてる)×親しみやすい人たらし可愛い系イケメン 攻めの両親からの別れろと圧力をかけられた受け。関係は秘密なので、友達に相談もできない。悩んでいる中、どうしても別れたくないため、愛人として、「都合のいい男」になることを決意。人生相談アプリを手に入れ、努力することにする。しかし、攻めに約束を破ったと言われ……?   攻め:深海霧矢 受け:清水奏 前にアンケート取ったら、すれ違い・勘違いものが1位だったのでそれ系です。 ハピエンです。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。 自己判断で消しますので、悪しからず。

若頭の溺愛は、今日も平常運転です

なの
BL
『ヤクザの恋は重すぎて甘すぎる』続編! 過保護すぎる若頭・鷹臣との同棲生活にツッコミが追いつかない毎日を送る幼なじみの相良悠真。 ホットミルクに外出禁止、舎弟たちのニヤニヤ見守り付き(?)ラブコメ生活はいつだって騒がしく、でもどこかあったかい。 だけどそんな日常の中で、鷹臣の覚悟に触れ、悠真は気づく。 ……俺も、ちゃんと応えたい。 笑って泣けて、めいっぱい甘い! 騒がしくて幸せすぎる、ヤクザとツッコミ男子の結婚一直線ラブストーリー! ※前作『ヤクザの恋は重すぎて甘すぎる』を読んでからの方が、より深く楽しめます。

今日もBL営業カフェで働いています!?

卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とBL営業をして腐女子のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ ※ 不定期更新です。

処理中です...