【完結】佐藤と朝霧とおうちごはん

藍 雨音(アイ アオト)

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7 あのときのこと

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「入社の日……見かけた」
「それは、まあ……見かけるかもな。でも、普通覚えてないだろ?」

朝霧はその外見で目立つだろうけど、俺は外見も中身も一般人だ。
入社の日の記憶を辿ってみても、何も心当たりは……な、何も……。

「え……もしかして、あの、俺が酔っ払ってるの見た? 違うんだ! つい、入社できたのが嬉しくて飲み過ぎただけで! 普段はあんなことにならないから!」

ダラダラ汗が流れるのを感じる。嘘だろ、もしかして朝霧があんなに酔うのを心配していたのって、あの時の……。
確か、はじめましての相手をたくさん捕まえて飲みに繰り出したはいいものの、俺が一番先に酔い潰れて……。
でもあのメンバーの中に、こんな男前はいなかった、絶対いなかった!

今でも飲みの時にネタにされるアレ。
そこら中の人に片っ端から話しかけに行くわ、酒瓶や椅子にまで話しかけ出して大変だったとか……。
記憶はない。だから、盛られてねつ造されている可能性を信じていたのに。

朝霧は、少し目を細めて面白そうに俺を見た。

「あれは、酔っていたからなのか?」
「そう! いや、そうでもない! 普段は、いくら酔ってても椅子とかカバンにまで話しかけたりしない! せいぜい猫とか、生き物だけ!」

ふっと声を漏らして、朝霧がテーブルに顔を伏せた。
あれ……? 
思ったのと違う反応に首を傾げると、口元を押さえた朝霧が顔を上げた。

「そ、そうか。俺が見たのは、その前」
「前? 酔っ払う前?」
「飲みに行く前。大勢連れて、嬉しそうに飲みに行く所」
「飲んですらいねえ?! お、お前もしかして俺を騙した……?」
「スキップしていたな」

くそ、涼しい顔してカマかけやがった!! 
何がスキップだ、そっちはそっちで恥ずかしいわ!! 
でも俺だって当時はピチピチの社会人一年目、きっと許されるビジュアルだったに違いない。

「けどな! それってそんな珍しい光景? みんな浮かれてたと思うけど」

やっと、やっと就職活動が終わったんだ。そんな解放感に浸っていたのは、俺だけじゃなかったはず。スキップまでしてたのは俺だけかもしれねえけど!!

「初対面の相手を、あんなに引き連れていたヤツはいない」
「そう……? 行こ行こーって声かけたら、結構来たぞ」
「せいぜい他は2、3人だ。すげえ目立ってた」

そうだっけ? 俺、本当に浮かれてたから、全然覚えてない。朝霧がいたことも知らない。知ってたら写真撮りに行ったし。
そもそも目立ってたとは言え、その程度。生ぬるい目を集めるくらいの光景だろう。
合同入社式だったから結構な人がいたはずなのに、それだけで本当に俺が記憶に残ったのか? 

「あのさ、本当にそれだけ? そんなんで俺の顔覚える?」
「まあ……」

ス、と視線が逸らされた。
絶対、絶対他になんかある!!

「何だよ?! 俺、他には何もしてなかっただろ?! 何かあるなら言ってくれ!!」
「佐藤は、してないが……」

何なの、何で言い淀むの。
なんか、怖いんですけど……。

「佐藤は、最近電車で大丈夫なのか?」
「電車? 何が?」

すげえ言い辛そう。電車はほぼ毎日乗ってるけど、一体何が大丈夫じゃないのか。

「痴漢とか……」
「は?! そんなことしねえよ?! とんでもない言いがかりなんですけど!!」

思わず立ち上がってテーブルに両手をついた。
い、言うに事欠いて、それ、犯罪ですけど?! それなら酔っ払いエピソードの方がずっといい。

「絶対そんなことしてねえからな! お前、何を見たって言うんだよ?!」

鼻息も荒く、言い争う気満々で朝霧を睨み付けると、朝霧は少し困った顔をする。全然動じてないのが腹立たしい。

「違う。お前は、してない」
「……なんだよ。じゃあ、何の話だよ」

拍子抜けて座り直すと、朝霧はまた口を閉じてしまう。
早く話してくれねえかな?! 気になるんですけど!

「入社式の日、同じ電車に乗ってた」
「え、そうなの? 俺、全然気付かなかった」
「お前は、ずっと会社説明を読んでた」

……確かに。
確かに、そうだった。
もし、入社式で突然『我が社について、どう思うかね?』みたいな質問が来たら……とか色々考えて、めっちゃ読み込んでたわ。それはもう、入試に臨む学生みたいな気分で。
つまり、朝霧は本当に俺と同じ電車に乗ってたんだな。しかも、結構近い距離にいたってことだ。

「会社資料が見えたから、気になって」
「ああ、同じ会社の同期ってことだもんな」

そりゃ、普通気になる。そしてどうやら、その時に会社資料の宛名が見えたらしい。俺ってウカツー、女子社員だったらそこからストーカーに目を付けられる……なんてこともあり得る事態だ。

「それだけ?」

なんで言い淀んだ? という内容に訝しむと、視線が少し彷徨った。
重い口を開いて、言いにくそうに低い声が零れる。

「……痴漢がいた。多分」
「は? だから?」
「お前の尻を……」
「ちょ、ちょちょちょ、ちょっと待て?!」

ガタッと椅子を鳴らして立ち上がり、生真面目な顔を見つめた。じょ、冗談ってわけじゃねえな?

「俺が? 痴漢されてたって話?! そんなわけねえだろ!!」
「俺も、男が被害にあうと思ってなかった。どうみても尻に手をやってたが」
「ウッソだろ?! おええぇ?!」

朝霧が言うには、そこまで満員電車でもないのに、やたら俺の背後に密着する男が気になっていたのだとか。
スリか、と思って警戒していたらしいが……どう見ても、その手は俺のケツに沿っていて。
考えただけで、全身が総毛立った。

朝霧が見る限り、どう見ても痴漢行為だったけれど、何せ俺は男。
困惑した朝霧は、とりあえず男の足をぐっと踏んでみたらしい。つうか、そんなそばにいたのかよ?!
男は、朝霧の顔を見てそそくさ逃げていったから、痴漢だったと確信したのだとか。
いやー。こんなデカい強面男に足踏まれたら、後ろめたい所なくても、そういう反応すると思うけどな。

「そう、もしかしたらそう見えただけで、ただの密着オジサンだったかもしれねえし」

それでも、十分に嫌だけど。
テーブルに突っ伏す俺に、朝霧が『……そうだな』なんて心にもなさそうな言葉を返す。

「聞きたくなかった……」
「だから、言わないつもりだった」

それならそうと言って欲しかった!
聞かされた人生の汚点に、俺は盛大なため息を吐いてクッキーを詰め込んだのだった。
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