佐藤と朝霧とおうちごはん

藍 雨音(アイ アオト)

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33 無駄な色気

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「佐藤さん! 君ってば本当優秀! あれ、スゴかった……!! あれはヤバいね」
「そ、そうですか。ありがとうございます……?」

職場での大絶賛、普段ならしまりない顔でへらつくところだ。
それがどうしてこんな複雑な顔をしてるかっていうとだ、目を輝かせて詰め寄ってるのが宮城さんで。
つまりそれは朝霧のことで。

「撮ったのは朝霧ですけどね……めちゃくちゃ見切れたのも多かったでしょう」

そう、とどのつまり宮城さんは朝霧の自撮りに歓喜しているだけなのだ。
それもこれも、俺の手柄だと持ち上げてくれるのだけど。複雑、としか言いようがない。

「あれがまたいいよね! 全部を見せない感じがさあ……! けど、でもね、アレはちょっと最初に使う画像としては不適切かな」
「え、そうなんですか? バッチリ写ってたのもありません?」
「あるある。特に、あのカメラ目線唐揚げなんてスゴかった。だから余計に出せないのね?」

それって俺の真似して撮ったやつですね。確かにあれが一番バッチリ写ってる。

「スゴいって何がです?」
「佐藤さん、朝霧に慣れちゃって気付いてない? ほら」

宮城さんが、自分のスマホを差し出してきた。この人、朝霧の画像を自分のスマホに入れてんの?
大した興味もなく覗き込んで、思わずOh……なんて英語が口から飛び出してきた。
それは確かに、あのとき撮った朝霧の画像だろう。

あのときは、ずらっと並んだ画像を流し見ていた。だって、写ってるの朝霧だし。
だから、こんなにも、こんなにも、『スゴイ』なんて知らなかった。

「これは……ちょっとエ……。アレですね」
「そう、そうなんだよ。アレなんだよ」

通じ合った俺たちは、静かに頷いた。
朝霧、エロいわ。
じゃなくて、良い感じに言うと……そうだ、セクシーってやつ。
何もセクシーなことしてねえのになー。おかしいな、唐揚げ食ってんのに。

朝霧が顎を上げて撮ったもんだから、全然上目使いじゃない。どっちかっつうと挑戦的な目というか。
少し覗く口内が、舌が。緩い襟元から覗く首筋が、鎖骨が。
なんだろうな、このほとばしるワイルドなお色気感。

「最初の投稿は、もうちょっとヘルシーにいきたいからさ。こういうのは少しフォロワーがついた段階で、夜に投稿してもらおうかな! ぜーったい悲鳴が上がると思わない?! いやもう僕、今から楽しみでさ!」

ぐふふ、と笑う宮城さんが怖い。
ちなみに『ヘルシーなやつ』は既に社内でスーツ姿を撮ったらしい。弊社HPでも宣伝の通り、週末に合わせて朝霧のSNSも始動だ。

「日中の生真面目ヘルシー感と、写ってんだか写ってないんだか分かんない日常見切れ画像。そして……たまに夜に投稿されるご褒美自撮り……あああ、絶対ウケる! よし、次の企画を考えておかないと! 佐藤さんも、朝霧の自撮り指導引き続きお願いしますよ!!」
「ええ……俺?」

そう呟いた時、既に宮城さんはいない。
そこに残ったのは、また何かしらの紙袋のみ。相変わらずだ。
俺の自撮りでもあるまいに、もらっていていいんだろうか。それとも、これからもっと良い感じの自撮りを頼むよ、という圧だろうか。



「――朝霧、また宮城さんから差し入れもらったぞ」
「そうか」

帰ってきた朝霧に声を掛けると、そっちには全然興味なさそうな顔で俺の手元を覗き込む。

「今日は、おでんにしてみた」
「美味そう」
「お客様、お目が高い! N-Smart Cookingシリーズ、圧力鍋Aタイプは、時短に留まらず食材をより美味しく、健康的な料理が楽しめるのが特徴で――」
「鍋はいらん。それ、売り場CMで見たな。覚えてるのか」
「俺がその文章を何回打ち込んでると思うんだ」

キッチン家電の宣伝文句なんざ、覚えたくなくても覚えるわ。
鍋はいらんから中身だけくれという朝霧のために、バランス良く具材を盛り付け、手渡した。
そうしておかないと、多分朝霧、卵ばっか食うだろ。俺だって好きなんだからな!

お代わりは好きにすればいいので、鍋を保温状態にして席へ着く。
彩りなんて皆無なおでん。なのに、どうしてこう寒い日はそそられるのか。

「朝霧、まず何食う?」
「大根」
「おー気が合うねえ」

どうでもいい会話をしながら、瑞々しくつゆに染まった大根に箸を入れた。
抵抗なく二つに割れた大根から、ふわっと立ち上る白い湯気。
良い出来だ。
きちんと面取りしたまろい断面が、いかにも柔らかいと主張している。
にんまりしながら、大きいひとくちではふっと頬張った。

「あふ、わふ」

ちょっと、大きすぎた。
涙をにじませ、慌ててはふはふやると、広がる優しい出汁と大根の甘みに心が寛ぐのを感じる。
静かに食ってる朝霧は熱くないんだろうか。視線をやれば、黙々と食ってるけど涙目だ。
熱いけど早く食いたいらしい。無理すんな。

「はあ、しみじみ美味いな。ガッツリ肉も美味いけどさ、こういうのも良くねえ?」

こくり、と頷く朝霧は口内が忙しいらしい。

「もうちょいゆっくり食えよ。火傷するぞ」
「……火傷、してるか?」

れ、と舌を出してみせた朝霧をバッチリ見てしまい、ウッとなる。
無駄だ……本当に無駄に垂れ流す色気をなんとかしてくれ。なんでそんなところで無駄使いするんだ。

「……見ても分かんねえよ」

視線を彷徨わせて言うと、朝霧が身を乗り出した。

「お前は? 見せてみろ」
「えー、いいって別に」
「いいから」

何も良くねえけど。何でそんな火傷に興味津々なんだ。
口ん中見せるとか、何か嫌じゃねえ? 
そう思うのに、朝霧が引かない。
ふと、俺も舌を出したら色気があるだろうか、なんて考えてそっと口を開けた。

「……」
「……?」

あの、何、その顔。
何かを堪えるような、険しいような、どこか余裕のない顔。
何で何も言わねえの? そんなまじまじ観察する?

あ、あのさ、飲んでねえのに野生の朝霧になってねえ? 噛みつかれそうな気さえするんだけど。
静かに口を閉じて身を引くと、ぐっと唇を結んだ朝霧も席に戻った。

「で、何なんだよ。もしかして、俺も色気あった?」

もちろん、軽口ではある。だけどそこには俺の深層心理たる期待がこもっているのを感じ取れるかな、朝霧君?!
実は俺にだって、割りとセクシーな面があるのかもしれないよな? ほらどうかね朝霧君?!
ソワソワしながら朝霧を見上げると、ふっ! と口元を押さえて吹き出された。

「……そう、だな」

笑みをかみ殺す姿は、もう野生の欠片もなくなっていた。
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