佐藤と朝霧とおうちごはん

藍 雨音(アイ アオト)

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37 理由

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朝霧に身を任せていると、デカい体にガードされて良い感じに電車内に居場所を作ることができた。うむうむ、中々やるではないか。
寒かったのが嘘のように、人の熱気で電車内は暖かい。人間の体温って、中々馬鹿に出来ない温度なんだな。
……なんてどうでもいいことを考えていて、すげえ混んでいる割りに結構余裕だな、と気がついた。

おかしい。窮屈ではあるけど、俺の周囲に空間がある。かつて経験した満員電車と全然違う。
そういえば、朝霧はどこだ?

「……」
「なんだ?」

首を巡らせると、ぴたりと俺の後ろについている朝霧。そうか、こいつがいるから。
朝霧が確保した空間の分、俺にゆとりがある。

「場所、変わってやろうか?」

きっと、朝霧が収まりたかったはずの空間だろう。次の駅到着時にでも、と提案してみたら、ふっと笑われた。

「何のために?」
「何って……こっちの方が楽だろ? 俺ばっか楽してんの悪いかと思って」
「お前はそこにいろ」
「そりゃ、いいけど」

朝霧ってそんなに気の利いたヤツだっけ? 
それこそ何のために、じゃねえ? なんて考えたところで、ふと理由に思い当たってしまった。

「お前……俺がその、アレに合うとか思ってるわけ?!」

この混雑した電車内で禁句を言うワケにもいかず、小声で怒鳴るという器用なことをしながら、キッと背後の朝霧を睨み付ける。
だからお前、俺の背後にいるわけ?!

「バレたか」
「あるわけねえだろ! ボウヤじゃねえんだぞ!」
「確かに、あれは高校生くらいに見えた」

ひ、人が気にしていることを! 背が低いということは、必然的に幼く見られるものなのだ。お前には一生縁のない悩みだな!
そもそも、立派に大人社会で生きている今、もう痴漢なんぞ合うわけがない。

「あのな、万が一、億が一、そんなことがあったとして、俺が対処できないわけねえだろ」
「気付かないのにか?」

痛いところを突かれてウッと口を閉じた。
それは、早々に朝霧が追っ払ったからだろう。その時だって、きっと俺は気付いていたら対処できたけどな。

「……気付かないなら、それはそれで被害にあってないのと同じじゃねえ?」
「同じじゃない」

なんでお前がムッとするんだ。
まあいい、俺が快適空間を独占できるなら、それはそれでいい。

「けど、それだったらさー、この状況だとお前が疑われるんじゃねえ? つうかお前こそ、気をつけねえとな? えん罪でも大騒動だぞ」

俺に貼り付いた朝霧をからかうと、そうか、と笑って身じろぎの気配がした。

「なら、疑われないようにしておく」

俺の顔の両横に、太い腕が二本。
壁と網棚に手を置いた朝霧。そうだな、手を見える位置に置いておくというのは大事な心がけだ。そこに間違いはない。ないけど……。

「俺を間に入れるな!」
「お前がちょうどそこにいる」
「やめろやめろ、格好悪いわ」

いわゆる壁ドン、に相当近い状況なわけで。近いというかそのものというか、ただ俺が背中を向けているから助かっているだけで。

「大丈夫だ、誰にも見えん。俺で隠れるからな」

言われて、確かに? と思ってしまうのが腹立たしい。傍目には朝霧が一人で立っているように見えるだろうよ!

これだけ人がいるのに静かな満員電車の中、小声でやり合っていても目立つ。
周囲の視線が気になって、渋々口を噤んだ。

快適な満員電車の中、俺を守るように囲む二本の腕。
ふと、本当にコレが俺を守るためだったら。
だったら、もしかして朝霧ってこのために俺と同じ電車に――。

別に、嬉しくない。俺は女子じゃないから、余計なことはするなと言いたい。
――だけど、ただ。
こいつが俺のために予定を変えて行動したのなら、それはそれで……まあ、ちょっとした優越感ってやつだ。

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