上 下
43 / 75

ゆずとちゃんと話をしよう

しおりを挟む
そう思いつつも、脳裏には昨日楽しげに鼻歌を歌いながら料理を作っていたゆずの、華奢な背中が写し出される。

今現在のゆずだけ見れば、さっき俺が想像したあり得ない未来も、当たり前に訪れる筈の未来なんだろう。


「ほらリク、やっと山頂についたよ? さっさと採取してくれたまえ」

「ここは高レベルのモンスターも多い。俺達が周囲を警戒しておくから、手早く頼むよ」

「ああ」


促されるままに無言で黙々とここだけに生える植物を採取ながら、俺は決意していた。

今日帰ったら、ゆずとちゃんと話をしよう。

あいつが、もし少しでも長くこの世界にいたいのだとしたら……俺だって、今後の攻略方法を大幅に見直す必要があるんだから。



**********



さっきからゆずが居心地悪そうに俺をチラチラと見ている。

俺がただならぬ気配を漂わせていながら、口を開かないからだろうと分かっちゃいるんだが、切りだすには俺だって勇気がいるんだよ……。

しかしまぁ、ゆずも温和になったもんだ。

前だったら、こんなウダウダしようもんなら「うぜぇ!」とひと言、お馴染みの腹パンを貰っていたところだろう。


「……陸、なんかさ、言いたい事あるんじゃない?」


ついに我慢も限界を迎えたらしいゆずが、やんわりと口火を切った。俺も覚悟を決めるしかあるまい。


「ゆずさ、実は結構この世界、気に入ってるんじゃないか?」


残念ながら直球で攻める勇気がなかった俺は、当たり障りの少ないところから話に入ることにした。ゆずも、な~んだ、という砕けた顔で破顔し、気軽な感じで答えてくれる。


「うん、皆親切だし、楽しいよ」

「そっか。ゆずさ、最初この世界に来たとき、五年も十年も女のままなんて冗談じゃねえ!って言ってただろ?」

「ああ……そうだね」

「今もさ、そう思ってる?」


沈黙が落ちた。


「わ……からない」


ようやく口を開いたゆずは、本当に困った顔をしていた。


「ここ、毎日凄く楽しい……。皆優しくて、派手に体動かしても誰にもイヤな顔されない。元の世界に居た時は、目が会うだけで泣かれたり、因縁つけられたり、怖がられたりしてたのに、ここじゃ、皆笑ってくれる」

「うん」

「でも……多分、父ちゃんと母ちゃん、心配してると思うし」

「うん」

「ここが、ゲームの世界だって分かってるし」

「うん」

「楽しいけど……これでいいのかなんて……分からないよ……」

「うん……そうだよな」


それは素直な気持ちだろう。俺もやっぱり、同じように迷ってる。ただ、ゆずがこの世界での暮らしを純粋に楽しめている事だけははっきりと分かった。
しおりを挟む

処理中です...