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ダンジョン、準備中です!

お出かけブラウの拾いもの

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危険かも知れないので、王子様たちには応接室で待機して貰い、俺たちは慌てて受付フロアに出る。受付に佇む二人を見て、緊張は一気にほぐれた。

なんだ、カエンとブラウじゃねえか、心配してソンした。

そう思ったのもつかの間、二人の後ろからおっかなびっくりな様子で新たな人影が現れる。……なんだ、こいつら。子供が4人っていったい?

一瞬の微妙な間の後、ゼロは膝をついて目線を子供たちに合わせ、にっこり笑って「いらっしゃい」と声をかける。

ワケも分かんねえのにとりあえず愛想良くできるってすげえな。ていうか子供には緊張しねえんだな。なんてぼんやり考える俺の横で、ゼロはカエンたちに目を向ける。


「お帰りブラウ、カエン。この子たちはどうしたの?」


優しく問いかけられたブラウは、ゼロをみつめるといきなり勢いよく土下座した。


「お願いします! こいつら、ここに置いてやって下さい!」

「えっ!? あの、どういう事?」


目の前で土下座なんかされてしまったゼロは目を白黒させているが、俺はどこかで「やっぱりな」と思っていた。さっきこの4人の見知らぬガキたちが入ってきた瞬間、なんかイヤな予感がしたんだよ。

12~3歳くらいの黒髪の男の子と、それより2~3才下くらいの男の子2人、女の子1人の計4人。

着ているものはボロボロで、髪も肌もうす汚れているし正直異臭もする。どっからどう見てもストリートチルドレンだ。年かさの男の子がそれとなく他の3人を守るように立っていることから見るに、きっとこいつがリーダーなんだろう。


「そんな簡単に犬猫みたいに拾えるわけないだろう。俺は反対だ、帰って貰え」


先手必勝でまずは俺の意見を言う。

正直言って本気で反対だ。ゼロは性格上、他人を信用し過ぎる。たぶん自分よりも年下のガキには警戒すらしないだろう。

だが一緒に暮らしていれば、いつかはここが『一生遊んで暮らせるくらいの秘宝がある』いわゆる『ダンジョン』だって事はガキでも分かる。マスターであるゼロを殺せば秘宝が手に入る……もしも彼らがそんなことを思ったら? 考えただけでもゾッとする。

マスターに手出しができないダンジョンモンスターならいざ知らず、人間のガキなんてダンジョン内に置いておけるはずがないだろう。

警戒するようにガキ共を睨んだら、リーダーらしき少年が俺を見上げて挑戦的な笑いを見せた。


「あんたの名前、もしかしてハク?」

「ああ」


こいつにいきなり名を呼ばれる筋合いはないが、おおかたカエンかブラウがここに連れてくるまでの間に教えたんだろう。


「なるほどね、カエンが言った通りだ。やっぱり反対するのはアンタなんだな」

「見ず知らずのヤツにこんな風にケンカ売られる筋合いはないんだが。おい、カエン。あんたこいつらに何吹き込んだんだよ」

「人聞き悪ぃな。事実しか言ってねえぞ」


ニヤニヤ顔でそう言ってるあたり、疑惑しかねえけど。カエンを睨んでいたら、リーダーらしき少年がさらっとこんな事をいう。


「ゼロは優しいから心配ない。ルリはオレの顔見ればむしろ大歓迎。ハクは慎重派だから許さないってごねる筈って聞いてた。銀髪だし、アンタがハクで間違いないかなって」


カエンが「バラすなよ」とリーダーらしき少年を小突く横で、ルリが吹き出す。確かに多分その通りだけど!

ゼロの命は俺たちみんなの命だと言っても過言じゃないんだ。ごねて何が悪いんだよ、ちくしょう!


「ゴメン僕、話についていけてないんだけど。どういう事?」


ゼロが申し訳なさそうに、会話に入ってくる。ルリとカエンに盛大に笑われて若干恥ずかしかった俺は、なんとなく助かったような気持ちでゼロにも分かりやすいように説明した。


「ああ、この4人は多分ストリートチルドレンなんだろ。前に街歩いた時に結構居るなって思ってたんだ」

「ストリートチルドレン……」

「なんらかの理由で親が居ない孤児ってヤツだな。子供の路上生活者ってこと」

「……!」


ショックを受けたような顔で、ゼロが子供たちをじっと見る。

察するにブラウ達は、財布スられるかなんかでこいつらと知りあって境遇に同情でもしたんだろうが、この子供たちがストリートチルドレンなのは別に俺たちのせいでもない。ぶっちゃけ関わりたくない。


「境遇に同情して連れてきたとか、どうせそんなトコだろ」


めかし込んで街に出たブラウを、いいとこのボンボンと勘違いして絡んで来たに違いない。こういう面倒が起きないように、街に行った時は表通りしか歩かなかったのに。

リーダー格の少年は子供たちの頭を軽く撫でながらゼロに視線を合わせた。


「黒髪だから、多分あんたがゼロだよな? 悪いんだけどこいつらだけでもここに置いてやってくれないか? こいつらはオレと違ってまだ路上での暮らしも短いし、今ならやり直せると思うんだ」


その言葉に嘘は感じられない。俺への態度は終始生意気だけど、子供たちのことは本当に大切に思っているらしい。

しかし困ったな。このお涙頂戴感たっぷりの流れだと、ゼロは確実に面倒を見ると言い出すだろう。


「けなげだわぁ、子供達を思って自分は身を引くなんて。ねぇゼロ、私からもお願い!置いてあげて?」


しかもカエンの読み通り、ルリは完璧にもう向こうの味方だ。確かにリーダー格の少年は抜群に顔がいい。まだガキのくせに、大人になったら女を泣かせそうな、クールかつ色気のある顔立ちだ。

もはやルリには一切期待出来ない。

ついにゼロがチラチラと俺の顔色を伺い始める。でもだめだ。許さん。仔犬を飼うような気軽さで、人間はダンジョンに入れられないんだ。例え子供でもな。


「あれは普通に頼んでもムリじゃない?」

「うん、何か納得できる方法考えないと」

「なんであいつ、あんな偉そうなんだ?あんたがマスターなんだろ?」


言っとくがこそこそ話してるの、全部聞こえてるからな!


「とにかく俺は反対だ。どうしても置いてやりたいなら、俺を説得できる案でも考えてくるんだな。俺は応接室に戻る」


王子様もあんまり放ったらかしに出来ねーし。

俺はシルキーちゃんたちに、ガキどもになんか食わせてやるように頼んでその場を後にした。でも正直言ってゼロが本気で決断すれば、所詮ダンジョンモンスターの俺は逆らえない。

十中八九、あのガキたちはこのダンジョンで受け入れることになるだろう。

なにか対策を考えないと。頭が痛いよ、全く。


「なんだったんだい? 騒がしかったけれど」


応接室に戻ると、王子様達が心配そうに何があったのか尋ねてくる。俺はその呑気そうな顔を見て若干イラついた。

そもそもあいつらみたいなストリートチルドレンは、国が面倒みるべきなんじゃねーのか?


「カエンとウチのダンジョンメンバーが街でストリートチルドレンを4人も拾って来ちまって。ウチで引き取るようにってごねられて困ってるんです」


意味ありげに王子様を見ると、さすがに気まずいのか目を逸らされた。


「聞きたいんですけど、この国って孤児院とか無いんですか?」


ズバリと切り込むと、王子様は顔をしかめながらこう説明してくれた。


「もちろん無いことはないけど、孤児の数に比較して数が圧倒的に少ないんだよ。国の成り立ちも相俟って、この国は冒険者が多いからね。孤児の発生率も高くて全部はまかなえないんだ」


そうか。たしかカエンと初代の王は冒険者仲間だったみたいなこと、言ってた気がするな。冒険者が多いゆえに親が冒険の最中で死んでしまうことも多いんだろう。


「王子の僕が言うのもなんだけど、税金が少なくて住みやすい代わりに公共事業が手薄なんだよね」


なるほど、国に金がないんだな。


「貿易や観光みたいな財政の柱が乏しいからさ、国もお金がなくてたいしたことが出来ないんだよ。代々の王も人がいいから献上品とかも要求しないし、出店許可とかにもお金をとらないし」


王子様はそれが不満なようだ。街によく出掛けてるみたいだから、公共事業の必要性を肌で感じているんだろう。

そうか、今腑に落ちた。

さっき練兵場の構想を聞いた時、王子様は「闘技場に出来るように」って言ってた。王子様はこの機に、国も金を稼ぐ手段を増やすつもりなんだな。


「この国の状況は分かった。確かに国には金が必要ですよね。さっきの闘技場、本気で考えましょう」


えっ? と王子様が顔をあげる。


「国に金が出来れば、孤児院も建てられるんでしょ」


この様子じゃ、今あいつらを孤児院に……ってわけにもいかないようだし。こうなったら腹を決めるしかない。


「ハク?」


丁度いいタイミングで、ゼロが応接室に入ってきた。
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