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男友達
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「三島さん、ちょっと話したいことがあるんだ。六時に駅前の鱗友亭で飲もう。」
枯葉散る大学構内で三島は関川にそう言われたとき、「ついに来た!」と内心どきどきした。山手線のO駅前にある鱗友亭は、リーズナブルながらも美味しい海鮮料理を出してくれる居酒屋で、何度か関川と二人で行ったことがある。
三島愛と関川誠は同じ大学の、同じ法学部の三年生だった。単位を取得することについて二人は共同戦線を張っており、同じ講義を登録して半数の授業には三島が出席し、もう半数の授業については関川が出席し、お互いにノートをコピーし合うという方式をとっていた。レポートの場合には、必ず二人で参考文献をかき集め、どちらかが先に下書きを作ってメールで送ることになっていた。もっとも、文章力のある三島のほうが先に下書きが出来上がることが多く、その埋め合わせとして関川は学食で三島に奢っていた。一年の後期から二人はその手法でやってきたが、おかげで二人とも単位の取得は順調であり、この三年後期で取りこぼしがなければ四年次は必修のゼミだけ、という状況だった。
もちろん、学内でも二人はよくつるんでおり、周囲からはカップルのように思われていたが、学食で一緒に昼食をとるか駅前に飲みに行く程度で、デートらしいデートなどしたことがなく、したがって手をつないだことすらなかった。
「愛ちゃん、関川くんとはどうなの?」
今日も同じ法学部の友人である西条智子が三島を冷やかす。
「どうも何も、あれは友達だから。」
三島は笑いながら答えた。
友達とは言ってみたが、三年生になったころから三島は関川のことを意識し始めていた。関川は身長は高くて手足は長いが、特に美男子ではないし、服装もパッとしない。したがって、三島は当初は関川のことをただの友人枠に入れていたのであるが、実際に話をしてみるとその辺の女友達よりも盛り上がって楽しいのであった。
「僕が一年のときに付き合ってたQ女子大の子がね、それはもうまっすぐなフェミニストなんだ。」
「へー。大変だったんじゃない?」
「彼女、世界の大統領や首相が全員女性になったら、地球は平和になるとか言い出したんだよ。」
「彼女、サッチャーを知らないね。」
「そう、僕もそれが言いたかったんだよ。鉄の女のことを。だけど、やっぱり彼女だから言えないなーと思って我慢してた。」
「あんた、その彼女とは合わないよ!」
三島は鼻にシワを寄せて笑った。
「うん、話は合わないんだけど、あっちの相性が良くてなかなか別れられなかった。結局、彼女が二股してて別れることになったんだけどさ。」
「女が世界を平和にするってのは大嘘だね。関川くんまで巻き込まれちゃって。」
関川は苦笑いした。
「最終的に浮気されて別れるなら、次の彼女は話が合う子にしようかな。」
こんな感じで、飲みに行った後は夜遅くまで開いている近くの喫茶店でコーヒーを飲みながら談笑するのが常だった。しかし、その後はお互いの下宿先になだれ込むこともなく、健全な友達付き合いが続いていた。三島としては、そろそろ関川からアプローチがあってもいいのではないかと思っていた矢先、関川に「ちょっと話したいことがある」と言われたのだ。三島がドキドキするのも無理はない。
その日の講義を終え、三島は一旦アパートに戻って服を着替えた。あからさまに可愛い服を着るのもおかしいと思い、いつものジーンズに白いボタンダウンシャツ、赤いカーディガンと薄手のコートを羽織った。心持ちいつもより少し多めに香水をつけ、化粧を直して鱗友亭に向かった。
三島が六時過ぎに鱗友亭に着くと、関川はすでに枝豆を肴にビールを飲んでいた。
「関川くん、待った?」
「ううん、今日は僕が早めに飲みたかっただけだからさ。」
関川は少し赤い顔をしている。
「で、私に話したいことって何なの?」
「実はね。」
関川は少し間を置いてこう言ったのだった。
「彼女が妊娠しちゃった。」
三島の目の前は真っ暗になった。告白で呼び出されたのではなかったのである。しかし、落ち込んでみせても仕方ないので、平静を装うことにした。
「何でそれを私に報告しようと思った?」
「三島さんは大切な友達だから、言っておきたいと思ったんだ。」
三島は、友達という言葉をこの時ほど憎らしいと思ったことはない。
「で、その彼女って誰なの?」
「高校の同級生だよ。昔、同じクラスでずっと片想いしてたんだけど、夏に帰省したらたまたま近所のコンビニで会って。」
「それで仕込んだわけね。」
「仕込んだんじゃない、たまたま妊娠してしまったんだ。」
「避妊しないでセックスしたら子どもを仕込むようなものよ。何で避妊しなかった?」
関川は驚きの回答をした。
「いや、赤ちゃんができてもいいかなあって。彼女のこと、ずっと好きだったし。」
三島は頭がクラクラした。どうしてまだ学生の身でそんな発想になるのか。
「この後どうするの。」
「とりあえず年末に帰って両家顔合わせするでしょう? 来年の春に入籍だけして、出産は六月ころだから、彼女には実家で出産と育児を頑張っててもらう。僕は路線変更で地元の会社に就活に行かなきゃいけないな。」
「あんた、地元で就職するんだ?」
関川は頷いた。
「彼女のお母さんは離婚して、母一人で彼女を育ててきたんだ。彼女がお母さんを残して上京するなんてできないって。」
「そっか。」
三島は今まで、仮に付き合わないとしても、卒業してお互い別の会社に就職しても、関川とはたまにはこうやってダラダラと飲みながら話をするものだと思っていた。しかし、そのようにはならないらしい。関川の実家は島根だからだ。
「でもびっくりしたし不安だよ。僕がこの年で父親になるなんてね。」
「避妊しなかったのが諸悪の根源でしょうが。」
「生まれてもいいと思ったんだよ、あの時は!」
その日は、三島はショックを隠すため大いに飲んだ。そして、時々関川を詰った。
「何だって、仕込んだのが七月の終わりで、妊娠を告げられたのがいつだって?」
「先週だよ。」
「三ヶ月も気がつかない女がどこにいるのさ。」
「彼女、もとから生理不順で、分からなかったんだって。」
「ウソだね。あんた、はめられたよ。堕胎しにくくなるまで隠されてたんだよ。」
「彼女に限ってそんなことするわけがない。」
「バカ、あんた甘いよ!」
がぶ飲みしたレモンサワーがよく回る。三島は吐き捨てるように言った。
「あんたは一生その彼女の手のひらで転がされてなさい!」
「そのつもりだよ。あ、三島さん、このことは誰にも言わないでね。」
「あんたが地元の女の子孕ませた話なんて、大したニュースバリューないから安心しな!」
三島は酔ってアパートに帰宅すると、トイレにしこたま吐いた。吐瀉物を水に流すと、今度は涙が溢れてきた。少しでも関川のことをいいなと思った自分がバカだった。明日から、関川とはどう接しよう……アルコールの染みた脳で考えてみたが、とりあえず普段通りにするのが良いと結論を出し、眠りについた。
翌朝、三島は一限目の刑法各論に出るために、大学へ行くと講義室の前のソファに関川が座っていた。
「あんた、なんでここにいるのよ。これは私がノート取る講義じゃん。」
「いや、昨日は三島さん、だいぶ飲んでたから大丈夫かなあと思って待ってた。」
大丈夫じゃない、と三島は内心腹を立てたが、平静を装うことにした。
「あー、案外今朝はスッキリしてるよ。心配してもらってありがとう。」
「ならよかった。僕は二限の債権各論に出るから、昼休みにノート交換しようね。」
関川はソファから立ち上がって図書館の方に歩いて行った。本当に関川はバカだ、無駄に優しすぎる。三島は泣きそうになった。
三島が講義室の、黒板が見えやすい場所に席を取ると、西条が隣に腰掛けてきた。
「愛ちゃん、また関川くんと話してたね。もう付き合っちゃえばいいのに!」
「だめだめ。あいつ、学外に彼女いるんだよ。」
西条は驚いた顔をした。
「え、その彼女が、関川くんと愛ちゃんがこんなに仲良しなのを知ったらどう思うかな。」
「何も思わないでしょ、ただの友達なんだからさ。」
「でもさ、私が仮に関川くんの彼女だったら嫉妬するよ。いつも楽しそうに話してるし。」
「そうかな?」
もう私に関川の話を振るのはやめてもらいたい、と三島は思ったが、西条はいつもこうだし、今日だけやめろというのもおかしいので、そのままにしておいた。三島が話をふんふんふんと聞き流しているうち、刑法の教授が壇上に現れ、西条の話はストップした。
それ以降、三島は真面目に公務員試験の勉強に打ち込むことにした。元々、三島は地方公務員になるべく予備校に通って試験対策をしてはいたが、関川のあの話があって以降はより集中して勉強することにしたのだ。私は関川と違って何があっても東京を離れない、何としても合格を勝ち取ってやる、と三島は気合いを入れた。
一方で、三島は関川との約束はきちんと守り、分担された講義のノートはちゃんと関川にコピーさせてやった。そしてそれは関川も同様だった。ただ、三島が試験対策に力を入れている分、二人の飲み会の回数は激減していた。
「三島さん、たまには飲みに行こうよ。」
「ごめんね、その日は模試があって。」
こんなやりとりが続いたものだから、関川も三島を飲みに誘いづらくなってしまったのだった。
二人が四年に進級すると、もう必修のゼミしか単位の必要がないものだから、自然と三島と関川は会って話をすることがなくなってしまった。たまに関川からお伺いのメールが来るので、軽くそれに返信するくらいだった。
「三島さん、もうすぐ都の試験ですね。僕は近々地元の銀行の試験を受けに行きます。お互いがんばりましょう。」
これに対し、三島はこう返した。
「子ども生まれるんだから、ちゃんと就職するんだよ、ファイト!」
三島は、都の試験や裁判所事務官試験などを受験して春を終えた。その後も二次試験があって、あとはそれらの合格発表を待つだけとなっていた。
そんな七月初旬のある日、関川から三島にメールがあった。
「久しぶりに飲みに行きませんか。鱗友亭で待っています。」
午後六時過ぎに三島が鱗友亭に行くと、関川はあのときと同じように枝豆をつまみにしてビールを飲んでいた。
「どう、調子は?」
関川に尋ねられた三島は、「普通だよ。」と回答した。
「まだ合格発表出てないし。それよりあんたはどうなのよ。」
「銀行から内々定出た。あ、子どもも二か月だよ、ほら。」
関川は携帯電話で子どもの画像を三島に見せた。
「わあ、可愛い。」
三島は赤ちゃんを可愛いと思ったことがなかったが、とりあえず「可愛い」と言うのが礼儀だと言うことは知っていた。
「名前は何て言うんだっけ?」
「賢人。賢い子になってほしいからね。」
「パパみたいにバカにならないと良いね。」
「三島さん、言うねぇ。」
関川は苦笑いした。しかし、こんな唐突な提案をしたのだった。
「八月になったら、さすがに結果出てるでしょう。そうしたら海へ一緒に遊びに行かない?」
「は?」
三島はびっくりした。
「あんた、夏休みは地元に帰るんじゃないの?」
「お盆には帰るけどさ、帰る前に息抜きが欲しいんだよ。帰ったら僕、嫁と子どものケアしなきゃいけないからね。」
私は息抜き要員か、と憤りつつ、三島は関川に尋ねた。
「どこの海に行くつもり?」
「江ノ島辺りかなーって。」
三島は即座に否定した。
「だめ、人が多過ぎて泳げない。千葉の片田舎の海水浴場にしないと。」
関川はびっくりした様子だった。
「え、泳ぐの?」
「当たり前だよ、海に行ったら泳がなきゃ。水着を持って、電車を乗り継いで千葉の海水浴場まで行くんなら行ってもいい。」
関川は悩んでいた。
「でも、僕、海パンなんか持ってないよ。」
「海パンなんかその辺で安いやつ売ってる! その日は水着とタオルとビーチサンダル持って、駅に集合ね。」
「日焼けするよ?」
「そんなもん気にしてたら面白くない。とにかく、泳ぐと言ったら泳ぐの!」
三島の勢いに押されて、二人は八月の初旬に千葉の外房に海水浴に行くことに決定した。
二人が海に行った日は雲ひとつない青空で、朝から強い陽射しが照りつけていた。
「絶対日焼けするよ。僕、日焼け止め持ってきたけど、三島さんは?」
「まだそんなこと言ってる。私は持ってない。」
「やけどみたいになるよ?」
「私は日焼けしても、黒くなっておしまいだからいらないの。さあ、電車来たよ。」
一旦、山手線で秋葉原まで行き、秋葉原から総武線で千葉駅へ向かい、千葉駅から外房線に乗るルートだ。だいたい片道三時間弱かかる。
「着いたらいきなりお昼だね。先に何か買って置いた方が良かったんじゃないかな?」
「未開の地に行くわけじゃあるまいし、着いたらどうにかなるでしょ!」
電車内では、二人はお互いの進路について語っていた。
「三島さん、とりあえず都庁と裁判所事務官、合格おめでとう。」
「まだ特別区があるんだけど、その二つで悩んでる。せっかく法律の勉強したんだから、裁判所で働くのもいいかなあなんて。」
「どっちにしろ固いよね。」
「関川くんだって、地元の銀行だったら絶対潰れないでしょ。我々は冒険できない人種なのよ。」
関川は頭をかいた。
「そうだね、松山くんなんか、就職しないでベンチャー企業作るとか言ってるし。」
三島の同級生にも、少数ながら就職活動をしない者がいた。大学院に進学する者、司法試験にチャレンジする者、そして松山のように起業したいという者。三島や関川には、とても考えられない選択だった。
「結局、人生長いからさ、安定した収入が一番だと思っちゃうんだよね。四十くらいで死ぬなら何やってもいいと思うけど、まだ六十年以上先があると思うと踏み切れない。」
「うん、細く長く、だね。」
関川は同意した。
「その割には、無計画に子ども作ったやつがここに一人いるけど。」
「子どもができてなかったら、多分僕は結婚できてないからね。ある意味人生を早く固めたんだよ。僕はそう思うようにしてる。」
関川は車窓を見ていた。
「銀行でなるべく出世して、出世できなけりゃ、どこかの地元企業に飛ばされるだろう。いずれにせよ定年まで働いて、あとはのんびり孫と遊ぶさ。」
二十代前半の若い男の発想とは思えない発言だが、今の関川なら多分そうするしかないのだった。三島とて何か野望があるわけではなく、だからこそ絶対に潰れない公務員を希望したのだ。お互い、特にキラキラした夢はない。
「三島さんだってそのうち結婚して子どもができるでしょう? 子どもができたら自由に動けないもんね。せいぜい仕事と家庭を両立して、おばあちゃんになったら、孫の面倒をみたり、たまに茶飲み友達と温泉旅行に行ったりするんだよ。」
三島の背筋が凍った。こういうのが月並みな幸せなんだろうが、それにピタリとはまる自分が想像できないのだ。まず三島には結婚願望がなかった。したがって、子どもを作るということにも関心がない。となると、一人で老いて死ぬという結果になるのだろうか。いや、老人になっても友達くらいはいると思いたい。
「まあ、この先はなるようにしかならないね。」
「僕も、何だか運命に流されまくってる気がするよ。」
三島はまた、「あんたは避妊しないのがいけないんでしょ!」と言いかけたが、やめた。関川が避妊しなかったのも、その彼女が妊娠したのも、多分何かの運命なのだ。そう思うしかない。
そうこうしているうちに、外房線のある駅まで来た。歩いてすぐの場所にその海水浴場はある。
「じゃあ着替えてくるからね!」
お互い、海の家の更衣室に入って、十分くらいして出てきたとき、関川は笑った。
「三島さん、それ海水浴場に来る水着じゃないよ。」
三島は場違いな競泳用の水着を着ていた。しかも帽子と水中メガネをつけている。周囲の人々はチラチラ三島の方を見ていた。
「別に誰に見せるわけでもなし、たまにジムに行くときの水着にしたんだ。」
「本当に泳ぐつもりで来たの?」
関川は黒いハーフパンツ型の水着だったが、リュックサックから荷物を取り出した。
「ビニールシート持ってきたから、場所は確保しておくね。」
「ほんとにあんたは面白くない。」
関川がビニールシートを砂浜に敷くと、三島はそこにビーチサンダルを脱いで、そのまま海に一直線に駆けて行った。水位が胸の高さまで来ると、三島はクロールでブイの立っているところまで泳いだ。もちろんそれでは飽き足りず、縦横無尽に泳いでみせた。太陽の照りつける中、水の感触が心地よかった。
十五分くらいして、三島は海から上がってきて関川を非難した。
「ちょっとあんた、何で陸でぼーっとしてるのよ。」
「僕は荷物を見てないといけないから。」
「なんだって? じゃあ私が代わりに見てるから、泳いできな。」
「いや、僕はいいよ。」
「いいから海に入れ!」
三島は関川の腕を引っ張り、波打ち際まで連れて行くと沖に向かって全力で突き飛ばした。関川はよろけながら水に入っていった。
「どう、気持ちいいでしょう? もっと深いところに行きなよ。」
「うーん、この暑さからか、海が生ぬるいね。」
「いいから行け!」
三島はさらに関川の背中を押した。
「じゃあ、私は荷物見てる。」
三島は戻って行った。ビニールシートから見た関川は、最初海に突っ立っていたが、思い出したように平泳ぎをしてみたり、潜ってみたりしている。
「いいぞ、いいぞ、その調子だ!」
三島はそんな関川を見るのに飽きると、海の家で焼きそばとペットボトル入りのサイダーを二人分買ってきた。
「関川くん、焼きそば食べよう!」
三島が叫ぶと関川が海から上がってきた。
「三島さん、めちゃくちゃ海楽しんでるね。」
「当たり前じゃない、楽しまなくちゃ損でしょうが。」
三島は焼きそばをあっという間に平らげ、サイダーを飲んでいた。
「僕、なんか眠くなったから、三島さんまた泳いできなよ。」
「もう、本当に面白くない奴ね。」
そう言いつつ、三島は再び海の中に入った。人が少ないブイの近くで、三島は仰向けになって浮かんでいた。
青い空、強い陽射し、三島は考える。多分、自分はこれから先、関川より気の合う男に会える気がしない。その関川は地元の女の子と結婚して子どもまで生まれてしまった。ならば、私は結婚するつもりはない。話の合わない夫や言うことを聞かない子どものために、自分の時間や神経をすり減らすなんて馬鹿馬鹿しいからだ。仕事以外は自分の好きなことをして生きて行こう。仮に将来孤独死することになったとしても、それはそれで諦めよう。元気なうちに、綺麗なものを見て、美味しいものを食べ、楽しいことをするんだ。
上空をカモメが飛んでいる。そうだ、私もパラグライダーか何かで空を気侭に飛んでみたい。
そんなことを考えているうちに、だいぶ時間が経っていたようで、関川が三島を連れ戻しにやってきた。
「三島さん、そろそろ海から上がらないと、帰りが夜になっちゃう。」
「え、もうそんなに経った?」
関川が三島に、左腕に着けている銀色のダイバーズウォッチを見せた。午後三時だった。
「まだ早いじゃん、海に沈む夕日を見て帰ろうよ。」
「遠いんだから、早めに帰って東京で夕飯食べよう。その方がいいよ。」
関川が執拗なので三島はしぶしぶ海から上がった。
帰りの外房線の中、三島はいつの間にか寝ていた。目が覚めると、隣の席にいる関川も寝ており、三島の肩に頭を乗せていた。
「何なんだよ、こいつは。」
一瞬三島は肩を払おうとしたが、そのままにして再び目を閉じた。多分、関川と海に行くことはもうない。だとしたら、この時間だけは我々二人だけのものであっていいはずだ。あとの時間は全部嫁と子どもと、内定先の銀行にくれてやる。
外房線で千葉駅に着いたところで三島は関川を起こして総武線に乗り換えた。
「ごめんね、僕、爆睡しちゃってた。」
「私も寝てたしお互い様だよ。」
海ばかりの景色の外房線から、街中を走る電車へ。帰ってきたという気持ちと、一抹の寂しさと。
「来年の今頃は、お互いスーツ着て汗だくで働いてるのかな。」
「外回りの営業じゃあるまいし、クーラー効いたところでせっせと事務作業じゃない?」
「そっか。」
「あんたの場合は、帰宅しても子どもの世話というオプション付きだけどね。」
「うわ、一気に現実に引き戻された!」
三島は鼻にシワを寄せて笑った。
「自分が撒いた種なんだからね、全部自分で刈り取るんだよ。」
その後、二人は秋葉原から山手線に乗り換え、下宿アパートの最寄り駅に着いたところで鱗友亭ではなく、定食屋に入って軽く夕飯を食べて別れた。
「今日は疲れたけど楽しかったよ、ありがとう。」
関川は三島に手を振った。
「関川くんも気をつけて地元に帰るんだよ。」
三島も手を振った。
夏が過ぎて秋も終わり、十二月になった。お互い学校に行く用事のない二人は全く顔を合わせることもなくなり、ごくたまに近況を知らせるメールが届く程度だった。
「三島さん、お元気ですか。うちの子はもう七か月になり、お座りができるようになったと嫁から知らされました。年末年始には島根に帰ります。その前に、二十三日に一度ご飯を食べに行きませんか? いつもの鱗友亭ではない、おしゃれなところにしましょう。関川で予約しておきます。」
メールには、店のホームページのURLが貼り付けてあった。どうもイタリアンレストランのようだ。三島としては断る理由もないので、「いいよ、行こう!」とだけ返信した。
十二月二十三日午後六時、三島は駅に近いビルにあるイタリアンレストランに入った。
「メリークリスマス!」
関川が叫んだので、三島は苦笑いした。
「イブは明日だよ。」
「イブは三島さんに予定があるといけないから、イブイブにしたんだ。あと、裁判所事務官になるんだってね、おめでとう!」
三島は、悩んだ挙句に都庁ではなく、関東圏内での転勤もある裁判所事務官を選んだ。せっかく四年間法律の勉強をしたのだから、という思いが強かったのだ。
「裁判所の中の人になるんだね、なんだかすごい。」
「中の人っていっても、裁判官みたいに判決を書く訳じゃないからね。でも書記官になれば一定の仕事は任されるみたいよ。」
関川は首を傾げた。
「裁判所事務官と裁判所書記官とどう違うの?」
法学部でも、細かく裁判所の中の仕事まで教わるわけではない。三島は解説した。
「法廷の立会とか、調書の作成をするのが書記官、その補助をするのが事務官。あと、他にも色々役割分担があるのよ。書記官になるには埼玉の和光市にある研修所に行かなきゃいけない。」
「へぇ、大変そうだね。僕も銀行に内定が出たけど、未だに銀行で何をやるのかよく分かんないや。」
「ダメじゃん!」
三島は笑った。関川が三島にメニューを見せてくる。
「ピザとパスタとワインを頼むでしょう? ピザは小さいのを二枚にして半分こしようよ。」
「よし、それでいこう。」
この日は三島も関川もよく食べた。ピザとパスタで足りず、デザートにティラミスも頼んだ。しかし、それが良くなかった。
店を出た後、三島は急に吐き気に襲われた。
「私さ、ワイン飲んで甘いもの食べると吐くの、忘れてた。」
「え、大丈夫?」
三島はフラフラと歩道の植え込みに向かって歩くと、その植え込みに勢いよく吐いた。
「三島さん、家まで送ろうか?」
関川は三島の背中を撫でながら言った。
「あんた、私の家知らないくせに、よく言うよ! つーか、もう吐いたから大丈夫だよ。」
三島はまたよろけながら歩道を歩いた。
「せめて駅まで送って行くよ。」
関川は三島の腕を引っ張りながら歩き出した。地下鉄の駅の改札まで来たとき、三島は立ち止まって叫んだ。
「関川の馬鹿野郎!」
「どうしたの、急に。」
「東京では私で暇つぶしをして、島根には奥さんと子どもがいるんだ。馬鹿野郎!」
関川は怯んだ。
「暇つぶしじゃないよ、僕にとって三島さんは大切な友達なんだよ。」
「友達だなんて都合のいい言葉を使って、本当はちょっと女っ気が欲しいから私を呼んだだけじゃないか。バカバカバカバカ馬鹿野郎!」
関川は冷静に言った。
「でも、三島さんの僕に対するスタンスはそうじゃないと言い切れる?」
三島は少し考えてしまった。関川という男友達がいることで安堵して、特に彼氏を作ろうと努力しなかったのは事実である。が、関川とは大きく違う点が一つあった。
「私はね、男とも付き合えるけど、女のほうが好きな女なのよ。分かる? 男に対する気持ちより、女に対する気持ちのほうが大きいの!」
突然のカミングアウトに、関川はただ呆然としていた。
「珍しく、男で気が合うやつがいたから、付き合ってもいいかなあって思ってたら、いつの間にか彼女を妊娠させやがって。馬鹿野郎、もう男とは絶対に付き合わない!」
しばらくの沈黙のあと、関川が小声で「ごめん」と謝った。
「もう少し早く三島さんの気持ちに気がついてたらよかったよ。」
「謝るなよ、余計に私が惨めだよ! わかったか。わかったら、もう二度と会おうとするな!」
三島は泣きながら叫んでいた。
「うん、そうするね。じゃあ、気をつけて帰って。」
関川は立ち去って行った。
三島も地下鉄の中で、酒の勢いとはいえ、自分のバイ・セクシャルと関川への恋心の両方を一気にカミングアウトしてしまったことを後悔していた。どうしてあんなことを言ってしまったのだろう。ますます関川との距離ができたようだ。それも物理的距離ではなく、心の距離。
その年末年始、三島は帰省しないで一人東京で過ごした。年明けには勇気を出して初めて新宿二丁目のレズビアンバーへ行ってみたけれど、「あなたはこの中で恋をしなさい」と範囲を決められるのは違う気がして、なんだか気分がのらなかった。
二月には、西条たちのグループに誘われて南九州旅行へ行った。女の子四人で鹿児島や宮崎の観光地をぐるぐる回るのは良い気晴らしにはなったけれど、やはり一人になるとどうしても考えごとをしてしまう。みんなには結婚して出産をして、育児をするという「正しい女の人生」が与えられるのだろうけど、自分にはそれがない。三島は不安でいっぱいだった。どこにも居場所がないという孤独感。
卒業式、三島はみんながそうするように着物のレンタルなんかはせず、黒いパンツスーツで会場へ行った。
「あれ、愛ちゃん、かっこいいね。」
他の子たちと同様にレンタルの袴姿でいた西条が三島に声を掛けた。
「なんか、袴だと卒業式のコスプレって感じで私は何となく嫌だったんだ。」
西条は笑った。
「七五三から始まって、成人式も卒業式も、結婚式も葬式も、みんなコスプレみたいなもんだよ。」
「それはそうか。」
三島は思った。こういう場面でコスプレがどうだとか考えないで、袴姿になれる人間が一番社会に適応できるのだ、と。
卒業式に関川の姿は見えなかった。
八年後、三十歳になった三島は関東のある地方裁判所の刑事部の立会書記官をしていた。刑事部は令状を発布しなければならないため、宿直当番があってそれが少々負担だったが、それでも休みの日には山登りをするなどして公私共に充実した日々を送っていた。
しかし、六月のある日の夕方に送られてきたメールを見て、三島は動揺した。
「関川です。出張で東京に行くので今度の金曜日の午後六時に鱗友亭で会えませんか?」
メールアドレスは知らないものだったが、名前と「鱗友亭」というところからするとあの関川に違いなかった。
「関川くん? 私は今東京からちょっと離れたところにいて、平日のその時間には鱗友亭に行けそうにありません。翌日の土曜日の昼なら、その近くでお茶できそうですが、どうですか。」
三島はすぐにこう返信した。しかし、関川からはなかなか次のメールが来ない。三島はずっと夜まで返信を待っていたが、期待するのも何だかおかしいと思って寝ることにした。
翌日の昼休みになり、三島の携帯電話にメールが届いた。昨日の夕方のメールと同じアドレスだ。
「分かりました。土曜日の一時に鱗友亭の向かって二軒右隣の、いつも行ってた喫茶店で待っています。」
スケジュール調整に時間がかかったのだろう。三島は、「了解しました。」と返信した。
土曜日は雨だった。自分の都合に合わせさせてみたものの、三島はいざその日を迎えてみると面倒な気持ちになった。今更、酔って喧嘩して以降八年ほど会っていない妻子持ちの男と再会したところで、一体何になるというのだろう。三島は遅く起きて軽い朝食をとると、普段仕事に行くような服装、白いシャツと黒いパンツスーツで家を出て電車に乗った。
三島のマンションから鱗友亭の最寄り駅であるO駅までは、電車を乗り継いで二時間弱かかる。電車に乗っている間、三島は読みかけの小説を読んでいた。しかし、ストーリーは頭に入ってこない。今、関川はどういう気持ちで自分に会おうとしているのか、自分はどんな気持ちで会えばいいのか、そのことばかりが気になってしまう。山手線に乗り換えたとき、三島は小説を読むのを断念してカバンにしまった。久しぶりに見る東京の風景はガチャガチャしていて頭がクラクラした。よく大学時代はこんな場所に住んでいたものだ、と三島は思う。
「そういや、東京から絶対に離れないって思ってた時期もあったっけ。」
実際に東京を離れてみると、東京以外でも割と過ごしやすいことが分かった。三島は四国の田舎出身なので、地元より都会ならばどこでも快適なのかもしれない。歩いて行ける距離にコンビニがあれば、とりあえず良かった。
十二時五十分ころ、電車がO駅に着いた。ここから指定の喫茶店まで歩いて二三分である。小雨の中、三島はビニール傘をさして歩いた。
駅前は八年前と比べて随分様変わりをしていた。駅ビルが大きくなり、元々あったタバコ店などはコンビニになっていた。もしかしたら鱗友亭も潰れたのではないか、と三島は思ったが、それはちゃんと当時のまま残っていて、関川のメールの通りに二軒隣の喫茶店も営業していた。
喫茶店の扉を開けると、従業員の「いらっしゃいませ」という声が耳に入ると同時に、三島は関川らしい男を発見した。紺色のスーツを着て店の奥のテーブル席に座っている。
「関川くん?」
三島は男に話しかけた。
「お、三島さんだ。変わらないね。」
関川は目を丸くした後、微笑んだ。
「関川くんだってあまり変わって…ないこともないな。ちょっと太った?」
関川の顔は八年前よりも丸くなり、やや腹も出ている。三島の気持ちは完全に覚めた。
「田舎で車移動ばかりしてると運動しないんだ。」
「幸せ太りでしょ、どうせ。」
三島がそう言うと、関川はメニューを見ながら言った。
「僕はお昼ご飯食べてきたからコーヒーだけでいいや。三島さんは?」
「私も朝ごはんが遅かったから、コーヒーでいい。アイスコーヒー。」
関川は従業員を呼ぶと、「アイスコーヒー二つください」と注文した。
「僕のところは去年二人目が生まれてね。」
「上は男の子だったよね。下は?」
「女の子だよ。ほら。」
関川はスマートフォンを操作して、赤ちゃんの画像を見せた。
「へー、関川くんに似てなくて可愛いね。」
「うん、嫁に似ててよかったよ、女の子だもん。」
関川はまたスマートフォンを操作して、今度は男子小学生の画像を三島に見せた。
「これがあのときできちゃったボクか!」
「そう、悪ガキで大変なんだよ。顔だけ僕に似て、性格は全く似てない。」
そう言いながらも、関川はニコニコしていた。
「三島さんは最近どうしてるの?」
三島は答えた。
「どうって、平日は裁判所で働いて、休みの日は山歩きに行ったりスポーツジム行ったり。」
「彼氏はできた?」
三島はわざとやや大き目の声で言った。
「彼氏も彼女もおりません!」
もちろん、この八年間三島に全く色恋沙汰がなかったわけでもなかった。就職後しばらくして、インターネットのレズビアン専用掲示板で知り合った女子大生と付き合うようになったが、半年ほどして相手に彼氏がいることが分かって別れた。年下なのがいけないのかと思い、次は五つ上のOLと付き合ってみたが、これは一年くらいして「親が結婚しろ結婚しろとうるさいから、婚活始めるね」と言われて別れた。結局みんな男がいいのか、と呆れた三島はそれ以降出会いを探すこと自体諦めていた。ただ、最近になってまた出会いを見つけたいと考え、掲示板への投稿を始めたところだ。
「そっか、いい人見つかるといいね。男でも女でも。」
関川はニヤニヤしながら言った。
「男はもう無理だわ。この年になるとおっさんばかり声を掛けてくるし。おっさんって腹が醜いじゃない?」
三島はわざと関川の腹を指さした。
「言うねぇ。僕だってちょっとは気にしてるんだよ。」
関川は苦笑いしていた。畳み掛けるように三島は言う。
「太ったおばさんは可愛いと思うときもあるけど、太ったおっさんは存在価値なし!」
「酷いね、昔から口が悪いのは直らないんだから。」
「ところで。」
三島は切り出した。
「何で私に会おうと思ったの?」
関川は頭をかきながら答えた。
「上司にね、せっかくの東京出張だから大学時代の友達に会ってこいって言われてさ。僕、大学時代の友達って誰だったかな、って思い出したけど、三島さんしか思いつかなかった!」
「何それ、交友範囲狭くない?」
三島はそう答えてみたが、自分自身もそう交友範囲が広いほうではなかった。関川以外に大学時代の友人といえば西条たちのグループがいたが、ほとんどは卒業後に二三回会って音信不通になってしまっていた。二年くらい前、西条からは「結婚しました!」というメールが夫とのツーショット画像付きで来たが、「おめでとう」と返信したきり、やり取りは途絶えている。
「僕さ、サークル入ってなくて、アルバイトがまあまあ忙しかったじゃない? 結局四年間で一番濃い人間関係を築けたのが三島さんだった。」
三島も同じようなものだった。サークルに入らず、勉強や読書をしていたせいで、友達はあまりできなかった。元々、大人数で騒ぐのが好きではなかったから、当然の結果ではあるのだが。
「で、四年生の十二月にあんな感じで喧嘩しちゃったけど、ずっと気になってて、でも僕が連絡するのは良くないかなって思ってたら、八年経ってしまったんだ。」
三島は顔を顰めながら言った。
「今なら怒ってないだろうって?」
関川は笑った。
「まあ、鈍感だったのは申し訳なかったよ、ごめん。仮に三島さんと付き合ってたら違う人生になってたのは間違いないね。」
「私は今日、そのお腹を見て、付き合わなくてよかったって思ったよ。会えてよかった!」
「酷いなあ、本当に酷い。」
そう言いつつ、関川は笑っていた。その様子を見て、三島はなぜかイライラしてしまった。三島は、腕時計を見てこう言った。
「あー、私、夕方から用事あるの忘れてた! もうそろそろ解散にしない?」
関川は残念そうな顔をしたが、「しょうがないね、会えただけいいや」と答えた。
「また気が向いたらメールするよ。」
O駅での別れ際、何気なく三島は言ったが、関川は首を振った。
「いや、止めといたほうが良いよ。嫁にメール見つかったら、僕怒られるからさ。」
三島は同情した。もし、自分ならパートナーが多少女友達とメールをしても嫉妬しないのに。
「ずいぶん不便なんだね。」
「僕は色んな不便と引き換えに、安定した人生を送ってるんだ。仕方ないね。また東京に来ることがあったら、そのときはこちらから連絡するよ。」
「分かった。うん。」
じゃあ、と三島は関川に向かって手を振ると、改札を通ってまっすぐホームへ向かった。関川はその後ろ姿を見えなくなるまで見つめていた。
三島は、山手線に乗ったが、そのまま帰宅せずに新宿駅で下車した。そして、家電量販店の携帯電話コーナーへ行った。
「どうされましたか?」
「今使っている携帯電話を解約して、新しくスマートフォンを買いたいんです。」
店員は当然のように尋ねた。
「電話番号とメールアドレスの引き続きはされますよね?」
「いや、しないでください。迷惑電話やメールが多くて困ってるんです。」
三島はニコリと笑って言った。SNSは三島も関川もやっていない。関川との連絡方法はなくなるが、これでいい。
三島はさらに言った。
「古い携帯電話、処分しておいてくれますか?」
店員は尋ねた。
「中のデータは大丈夫ですか?」
「あ、大丈夫です。画像はパソコンに移してあるし。」
職場の人間関係の連絡先が消えるのは不安だったが、月曜日にまた聞けばいい。たしか、グループLINEがあったはずだから、自分もLINEを始めて、そこに入れてもらえばいい。三島はそう考えた。そうだ、スマートフォンに変えたら、ビアン用の出会い系アプリがあるらしいから、それをインストールしてみよう。携帯電話の機種変更は三島の急な思いつきではあったが、だんだん新しい世界が開けるような気がしてワクワクしてきた。
結局、スマートフォンの契約などの手続に一時間ほどかかってしまった三島であったが、帰りの電車の中ではスッキリした気分だった。人間関係には賞味期限がある。関川との友人関係は今日賞味期限切れになった。いや、ひょっとしたらずいぶん前から賞味期限が切れていたのかもしれない。だから、もう金輪際関川には連絡しない。お互いがお互いの道を進めばいい。もう、二人の人生は二度と交差しないのだから。
枯葉散る大学構内で三島は関川にそう言われたとき、「ついに来た!」と内心どきどきした。山手線のO駅前にある鱗友亭は、リーズナブルながらも美味しい海鮮料理を出してくれる居酒屋で、何度か関川と二人で行ったことがある。
三島愛と関川誠は同じ大学の、同じ法学部の三年生だった。単位を取得することについて二人は共同戦線を張っており、同じ講義を登録して半数の授業には三島が出席し、もう半数の授業については関川が出席し、お互いにノートをコピーし合うという方式をとっていた。レポートの場合には、必ず二人で参考文献をかき集め、どちらかが先に下書きを作ってメールで送ることになっていた。もっとも、文章力のある三島のほうが先に下書きが出来上がることが多く、その埋め合わせとして関川は学食で三島に奢っていた。一年の後期から二人はその手法でやってきたが、おかげで二人とも単位の取得は順調であり、この三年後期で取りこぼしがなければ四年次は必修のゼミだけ、という状況だった。
もちろん、学内でも二人はよくつるんでおり、周囲からはカップルのように思われていたが、学食で一緒に昼食をとるか駅前に飲みに行く程度で、デートらしいデートなどしたことがなく、したがって手をつないだことすらなかった。
「愛ちゃん、関川くんとはどうなの?」
今日も同じ法学部の友人である西条智子が三島を冷やかす。
「どうも何も、あれは友達だから。」
三島は笑いながら答えた。
友達とは言ってみたが、三年生になったころから三島は関川のことを意識し始めていた。関川は身長は高くて手足は長いが、特に美男子ではないし、服装もパッとしない。したがって、三島は当初は関川のことをただの友人枠に入れていたのであるが、実際に話をしてみるとその辺の女友達よりも盛り上がって楽しいのであった。
「僕が一年のときに付き合ってたQ女子大の子がね、それはもうまっすぐなフェミニストなんだ。」
「へー。大変だったんじゃない?」
「彼女、世界の大統領や首相が全員女性になったら、地球は平和になるとか言い出したんだよ。」
「彼女、サッチャーを知らないね。」
「そう、僕もそれが言いたかったんだよ。鉄の女のことを。だけど、やっぱり彼女だから言えないなーと思って我慢してた。」
「あんた、その彼女とは合わないよ!」
三島は鼻にシワを寄せて笑った。
「うん、話は合わないんだけど、あっちの相性が良くてなかなか別れられなかった。結局、彼女が二股してて別れることになったんだけどさ。」
「女が世界を平和にするってのは大嘘だね。関川くんまで巻き込まれちゃって。」
関川は苦笑いした。
「最終的に浮気されて別れるなら、次の彼女は話が合う子にしようかな。」
こんな感じで、飲みに行った後は夜遅くまで開いている近くの喫茶店でコーヒーを飲みながら談笑するのが常だった。しかし、その後はお互いの下宿先になだれ込むこともなく、健全な友達付き合いが続いていた。三島としては、そろそろ関川からアプローチがあってもいいのではないかと思っていた矢先、関川に「ちょっと話したいことがある」と言われたのだ。三島がドキドキするのも無理はない。
その日の講義を終え、三島は一旦アパートに戻って服を着替えた。あからさまに可愛い服を着るのもおかしいと思い、いつものジーンズに白いボタンダウンシャツ、赤いカーディガンと薄手のコートを羽織った。心持ちいつもより少し多めに香水をつけ、化粧を直して鱗友亭に向かった。
三島が六時過ぎに鱗友亭に着くと、関川はすでに枝豆を肴にビールを飲んでいた。
「関川くん、待った?」
「ううん、今日は僕が早めに飲みたかっただけだからさ。」
関川は少し赤い顔をしている。
「で、私に話したいことって何なの?」
「実はね。」
関川は少し間を置いてこう言ったのだった。
「彼女が妊娠しちゃった。」
三島の目の前は真っ暗になった。告白で呼び出されたのではなかったのである。しかし、落ち込んでみせても仕方ないので、平静を装うことにした。
「何でそれを私に報告しようと思った?」
「三島さんは大切な友達だから、言っておきたいと思ったんだ。」
三島は、友達という言葉をこの時ほど憎らしいと思ったことはない。
「で、その彼女って誰なの?」
「高校の同級生だよ。昔、同じクラスでずっと片想いしてたんだけど、夏に帰省したらたまたま近所のコンビニで会って。」
「それで仕込んだわけね。」
「仕込んだんじゃない、たまたま妊娠してしまったんだ。」
「避妊しないでセックスしたら子どもを仕込むようなものよ。何で避妊しなかった?」
関川は驚きの回答をした。
「いや、赤ちゃんができてもいいかなあって。彼女のこと、ずっと好きだったし。」
三島は頭がクラクラした。どうしてまだ学生の身でそんな発想になるのか。
「この後どうするの。」
「とりあえず年末に帰って両家顔合わせするでしょう? 来年の春に入籍だけして、出産は六月ころだから、彼女には実家で出産と育児を頑張っててもらう。僕は路線変更で地元の会社に就活に行かなきゃいけないな。」
「あんた、地元で就職するんだ?」
関川は頷いた。
「彼女のお母さんは離婚して、母一人で彼女を育ててきたんだ。彼女がお母さんを残して上京するなんてできないって。」
「そっか。」
三島は今まで、仮に付き合わないとしても、卒業してお互い別の会社に就職しても、関川とはたまにはこうやってダラダラと飲みながら話をするものだと思っていた。しかし、そのようにはならないらしい。関川の実家は島根だからだ。
「でもびっくりしたし不安だよ。僕がこの年で父親になるなんてね。」
「避妊しなかったのが諸悪の根源でしょうが。」
「生まれてもいいと思ったんだよ、あの時は!」
その日は、三島はショックを隠すため大いに飲んだ。そして、時々関川を詰った。
「何だって、仕込んだのが七月の終わりで、妊娠を告げられたのがいつだって?」
「先週だよ。」
「三ヶ月も気がつかない女がどこにいるのさ。」
「彼女、もとから生理不順で、分からなかったんだって。」
「ウソだね。あんた、はめられたよ。堕胎しにくくなるまで隠されてたんだよ。」
「彼女に限ってそんなことするわけがない。」
「バカ、あんた甘いよ!」
がぶ飲みしたレモンサワーがよく回る。三島は吐き捨てるように言った。
「あんたは一生その彼女の手のひらで転がされてなさい!」
「そのつもりだよ。あ、三島さん、このことは誰にも言わないでね。」
「あんたが地元の女の子孕ませた話なんて、大したニュースバリューないから安心しな!」
三島は酔ってアパートに帰宅すると、トイレにしこたま吐いた。吐瀉物を水に流すと、今度は涙が溢れてきた。少しでも関川のことをいいなと思った自分がバカだった。明日から、関川とはどう接しよう……アルコールの染みた脳で考えてみたが、とりあえず普段通りにするのが良いと結論を出し、眠りについた。
翌朝、三島は一限目の刑法各論に出るために、大学へ行くと講義室の前のソファに関川が座っていた。
「あんた、なんでここにいるのよ。これは私がノート取る講義じゃん。」
「いや、昨日は三島さん、だいぶ飲んでたから大丈夫かなあと思って待ってた。」
大丈夫じゃない、と三島は内心腹を立てたが、平静を装うことにした。
「あー、案外今朝はスッキリしてるよ。心配してもらってありがとう。」
「ならよかった。僕は二限の債権各論に出るから、昼休みにノート交換しようね。」
関川はソファから立ち上がって図書館の方に歩いて行った。本当に関川はバカだ、無駄に優しすぎる。三島は泣きそうになった。
三島が講義室の、黒板が見えやすい場所に席を取ると、西条が隣に腰掛けてきた。
「愛ちゃん、また関川くんと話してたね。もう付き合っちゃえばいいのに!」
「だめだめ。あいつ、学外に彼女いるんだよ。」
西条は驚いた顔をした。
「え、その彼女が、関川くんと愛ちゃんがこんなに仲良しなのを知ったらどう思うかな。」
「何も思わないでしょ、ただの友達なんだからさ。」
「でもさ、私が仮に関川くんの彼女だったら嫉妬するよ。いつも楽しそうに話してるし。」
「そうかな?」
もう私に関川の話を振るのはやめてもらいたい、と三島は思ったが、西条はいつもこうだし、今日だけやめろというのもおかしいので、そのままにしておいた。三島が話をふんふんふんと聞き流しているうち、刑法の教授が壇上に現れ、西条の話はストップした。
それ以降、三島は真面目に公務員試験の勉強に打ち込むことにした。元々、三島は地方公務員になるべく予備校に通って試験対策をしてはいたが、関川のあの話があって以降はより集中して勉強することにしたのだ。私は関川と違って何があっても東京を離れない、何としても合格を勝ち取ってやる、と三島は気合いを入れた。
一方で、三島は関川との約束はきちんと守り、分担された講義のノートはちゃんと関川にコピーさせてやった。そしてそれは関川も同様だった。ただ、三島が試験対策に力を入れている分、二人の飲み会の回数は激減していた。
「三島さん、たまには飲みに行こうよ。」
「ごめんね、その日は模試があって。」
こんなやりとりが続いたものだから、関川も三島を飲みに誘いづらくなってしまったのだった。
二人が四年に進級すると、もう必修のゼミしか単位の必要がないものだから、自然と三島と関川は会って話をすることがなくなってしまった。たまに関川からお伺いのメールが来るので、軽くそれに返信するくらいだった。
「三島さん、もうすぐ都の試験ですね。僕は近々地元の銀行の試験を受けに行きます。お互いがんばりましょう。」
これに対し、三島はこう返した。
「子ども生まれるんだから、ちゃんと就職するんだよ、ファイト!」
三島は、都の試験や裁判所事務官試験などを受験して春を終えた。その後も二次試験があって、あとはそれらの合格発表を待つだけとなっていた。
そんな七月初旬のある日、関川から三島にメールがあった。
「久しぶりに飲みに行きませんか。鱗友亭で待っています。」
午後六時過ぎに三島が鱗友亭に行くと、関川はあのときと同じように枝豆をつまみにしてビールを飲んでいた。
「どう、調子は?」
関川に尋ねられた三島は、「普通だよ。」と回答した。
「まだ合格発表出てないし。それよりあんたはどうなのよ。」
「銀行から内々定出た。あ、子どもも二か月だよ、ほら。」
関川は携帯電話で子どもの画像を三島に見せた。
「わあ、可愛い。」
三島は赤ちゃんを可愛いと思ったことがなかったが、とりあえず「可愛い」と言うのが礼儀だと言うことは知っていた。
「名前は何て言うんだっけ?」
「賢人。賢い子になってほしいからね。」
「パパみたいにバカにならないと良いね。」
「三島さん、言うねぇ。」
関川は苦笑いした。しかし、こんな唐突な提案をしたのだった。
「八月になったら、さすがに結果出てるでしょう。そうしたら海へ一緒に遊びに行かない?」
「は?」
三島はびっくりした。
「あんた、夏休みは地元に帰るんじゃないの?」
「お盆には帰るけどさ、帰る前に息抜きが欲しいんだよ。帰ったら僕、嫁と子どものケアしなきゃいけないからね。」
私は息抜き要員か、と憤りつつ、三島は関川に尋ねた。
「どこの海に行くつもり?」
「江ノ島辺りかなーって。」
三島は即座に否定した。
「だめ、人が多過ぎて泳げない。千葉の片田舎の海水浴場にしないと。」
関川はびっくりした様子だった。
「え、泳ぐの?」
「当たり前だよ、海に行ったら泳がなきゃ。水着を持って、電車を乗り継いで千葉の海水浴場まで行くんなら行ってもいい。」
関川は悩んでいた。
「でも、僕、海パンなんか持ってないよ。」
「海パンなんかその辺で安いやつ売ってる! その日は水着とタオルとビーチサンダル持って、駅に集合ね。」
「日焼けするよ?」
「そんなもん気にしてたら面白くない。とにかく、泳ぐと言ったら泳ぐの!」
三島の勢いに押されて、二人は八月の初旬に千葉の外房に海水浴に行くことに決定した。
二人が海に行った日は雲ひとつない青空で、朝から強い陽射しが照りつけていた。
「絶対日焼けするよ。僕、日焼け止め持ってきたけど、三島さんは?」
「まだそんなこと言ってる。私は持ってない。」
「やけどみたいになるよ?」
「私は日焼けしても、黒くなっておしまいだからいらないの。さあ、電車来たよ。」
一旦、山手線で秋葉原まで行き、秋葉原から総武線で千葉駅へ向かい、千葉駅から外房線に乗るルートだ。だいたい片道三時間弱かかる。
「着いたらいきなりお昼だね。先に何か買って置いた方が良かったんじゃないかな?」
「未開の地に行くわけじゃあるまいし、着いたらどうにかなるでしょ!」
電車内では、二人はお互いの進路について語っていた。
「三島さん、とりあえず都庁と裁判所事務官、合格おめでとう。」
「まだ特別区があるんだけど、その二つで悩んでる。せっかく法律の勉強したんだから、裁判所で働くのもいいかなあなんて。」
「どっちにしろ固いよね。」
「関川くんだって、地元の銀行だったら絶対潰れないでしょ。我々は冒険できない人種なのよ。」
関川は頭をかいた。
「そうだね、松山くんなんか、就職しないでベンチャー企業作るとか言ってるし。」
三島の同級生にも、少数ながら就職活動をしない者がいた。大学院に進学する者、司法試験にチャレンジする者、そして松山のように起業したいという者。三島や関川には、とても考えられない選択だった。
「結局、人生長いからさ、安定した収入が一番だと思っちゃうんだよね。四十くらいで死ぬなら何やってもいいと思うけど、まだ六十年以上先があると思うと踏み切れない。」
「うん、細く長く、だね。」
関川は同意した。
「その割には、無計画に子ども作ったやつがここに一人いるけど。」
「子どもができてなかったら、多分僕は結婚できてないからね。ある意味人生を早く固めたんだよ。僕はそう思うようにしてる。」
関川は車窓を見ていた。
「銀行でなるべく出世して、出世できなけりゃ、どこかの地元企業に飛ばされるだろう。いずれにせよ定年まで働いて、あとはのんびり孫と遊ぶさ。」
二十代前半の若い男の発想とは思えない発言だが、今の関川なら多分そうするしかないのだった。三島とて何か野望があるわけではなく、だからこそ絶対に潰れない公務員を希望したのだ。お互い、特にキラキラした夢はない。
「三島さんだってそのうち結婚して子どもができるでしょう? 子どもができたら自由に動けないもんね。せいぜい仕事と家庭を両立して、おばあちゃんになったら、孫の面倒をみたり、たまに茶飲み友達と温泉旅行に行ったりするんだよ。」
三島の背筋が凍った。こういうのが月並みな幸せなんだろうが、それにピタリとはまる自分が想像できないのだ。まず三島には結婚願望がなかった。したがって、子どもを作るということにも関心がない。となると、一人で老いて死ぬという結果になるのだろうか。いや、老人になっても友達くらいはいると思いたい。
「まあ、この先はなるようにしかならないね。」
「僕も、何だか運命に流されまくってる気がするよ。」
三島はまた、「あんたは避妊しないのがいけないんでしょ!」と言いかけたが、やめた。関川が避妊しなかったのも、その彼女が妊娠したのも、多分何かの運命なのだ。そう思うしかない。
そうこうしているうちに、外房線のある駅まで来た。歩いてすぐの場所にその海水浴場はある。
「じゃあ着替えてくるからね!」
お互い、海の家の更衣室に入って、十分くらいして出てきたとき、関川は笑った。
「三島さん、それ海水浴場に来る水着じゃないよ。」
三島は場違いな競泳用の水着を着ていた。しかも帽子と水中メガネをつけている。周囲の人々はチラチラ三島の方を見ていた。
「別に誰に見せるわけでもなし、たまにジムに行くときの水着にしたんだ。」
「本当に泳ぐつもりで来たの?」
関川は黒いハーフパンツ型の水着だったが、リュックサックから荷物を取り出した。
「ビニールシート持ってきたから、場所は確保しておくね。」
「ほんとにあんたは面白くない。」
関川がビニールシートを砂浜に敷くと、三島はそこにビーチサンダルを脱いで、そのまま海に一直線に駆けて行った。水位が胸の高さまで来ると、三島はクロールでブイの立っているところまで泳いだ。もちろんそれでは飽き足りず、縦横無尽に泳いでみせた。太陽の照りつける中、水の感触が心地よかった。
十五分くらいして、三島は海から上がってきて関川を非難した。
「ちょっとあんた、何で陸でぼーっとしてるのよ。」
「僕は荷物を見てないといけないから。」
「なんだって? じゃあ私が代わりに見てるから、泳いできな。」
「いや、僕はいいよ。」
「いいから海に入れ!」
三島は関川の腕を引っ張り、波打ち際まで連れて行くと沖に向かって全力で突き飛ばした。関川はよろけながら水に入っていった。
「どう、気持ちいいでしょう? もっと深いところに行きなよ。」
「うーん、この暑さからか、海が生ぬるいね。」
「いいから行け!」
三島はさらに関川の背中を押した。
「じゃあ、私は荷物見てる。」
三島は戻って行った。ビニールシートから見た関川は、最初海に突っ立っていたが、思い出したように平泳ぎをしてみたり、潜ってみたりしている。
「いいぞ、いいぞ、その調子だ!」
三島はそんな関川を見るのに飽きると、海の家で焼きそばとペットボトル入りのサイダーを二人分買ってきた。
「関川くん、焼きそば食べよう!」
三島が叫ぶと関川が海から上がってきた。
「三島さん、めちゃくちゃ海楽しんでるね。」
「当たり前じゃない、楽しまなくちゃ損でしょうが。」
三島は焼きそばをあっという間に平らげ、サイダーを飲んでいた。
「僕、なんか眠くなったから、三島さんまた泳いできなよ。」
「もう、本当に面白くない奴ね。」
そう言いつつ、三島は再び海の中に入った。人が少ないブイの近くで、三島は仰向けになって浮かんでいた。
青い空、強い陽射し、三島は考える。多分、自分はこれから先、関川より気の合う男に会える気がしない。その関川は地元の女の子と結婚して子どもまで生まれてしまった。ならば、私は結婚するつもりはない。話の合わない夫や言うことを聞かない子どものために、自分の時間や神経をすり減らすなんて馬鹿馬鹿しいからだ。仕事以外は自分の好きなことをして生きて行こう。仮に将来孤独死することになったとしても、それはそれで諦めよう。元気なうちに、綺麗なものを見て、美味しいものを食べ、楽しいことをするんだ。
上空をカモメが飛んでいる。そうだ、私もパラグライダーか何かで空を気侭に飛んでみたい。
そんなことを考えているうちに、だいぶ時間が経っていたようで、関川が三島を連れ戻しにやってきた。
「三島さん、そろそろ海から上がらないと、帰りが夜になっちゃう。」
「え、もうそんなに経った?」
関川が三島に、左腕に着けている銀色のダイバーズウォッチを見せた。午後三時だった。
「まだ早いじゃん、海に沈む夕日を見て帰ろうよ。」
「遠いんだから、早めに帰って東京で夕飯食べよう。その方がいいよ。」
関川が執拗なので三島はしぶしぶ海から上がった。
帰りの外房線の中、三島はいつの間にか寝ていた。目が覚めると、隣の席にいる関川も寝ており、三島の肩に頭を乗せていた。
「何なんだよ、こいつは。」
一瞬三島は肩を払おうとしたが、そのままにして再び目を閉じた。多分、関川と海に行くことはもうない。だとしたら、この時間だけは我々二人だけのものであっていいはずだ。あとの時間は全部嫁と子どもと、内定先の銀行にくれてやる。
外房線で千葉駅に着いたところで三島は関川を起こして総武線に乗り換えた。
「ごめんね、僕、爆睡しちゃってた。」
「私も寝てたしお互い様だよ。」
海ばかりの景色の外房線から、街中を走る電車へ。帰ってきたという気持ちと、一抹の寂しさと。
「来年の今頃は、お互いスーツ着て汗だくで働いてるのかな。」
「外回りの営業じゃあるまいし、クーラー効いたところでせっせと事務作業じゃない?」
「そっか。」
「あんたの場合は、帰宅しても子どもの世話というオプション付きだけどね。」
「うわ、一気に現実に引き戻された!」
三島は鼻にシワを寄せて笑った。
「自分が撒いた種なんだからね、全部自分で刈り取るんだよ。」
その後、二人は秋葉原から山手線に乗り換え、下宿アパートの最寄り駅に着いたところで鱗友亭ではなく、定食屋に入って軽く夕飯を食べて別れた。
「今日は疲れたけど楽しかったよ、ありがとう。」
関川は三島に手を振った。
「関川くんも気をつけて地元に帰るんだよ。」
三島も手を振った。
夏が過ぎて秋も終わり、十二月になった。お互い学校に行く用事のない二人は全く顔を合わせることもなくなり、ごくたまに近況を知らせるメールが届く程度だった。
「三島さん、お元気ですか。うちの子はもう七か月になり、お座りができるようになったと嫁から知らされました。年末年始には島根に帰ります。その前に、二十三日に一度ご飯を食べに行きませんか? いつもの鱗友亭ではない、おしゃれなところにしましょう。関川で予約しておきます。」
メールには、店のホームページのURLが貼り付けてあった。どうもイタリアンレストランのようだ。三島としては断る理由もないので、「いいよ、行こう!」とだけ返信した。
十二月二十三日午後六時、三島は駅に近いビルにあるイタリアンレストランに入った。
「メリークリスマス!」
関川が叫んだので、三島は苦笑いした。
「イブは明日だよ。」
「イブは三島さんに予定があるといけないから、イブイブにしたんだ。あと、裁判所事務官になるんだってね、おめでとう!」
三島は、悩んだ挙句に都庁ではなく、関東圏内での転勤もある裁判所事務官を選んだ。せっかく四年間法律の勉強をしたのだから、という思いが強かったのだ。
「裁判所の中の人になるんだね、なんだかすごい。」
「中の人っていっても、裁判官みたいに判決を書く訳じゃないからね。でも書記官になれば一定の仕事は任されるみたいよ。」
関川は首を傾げた。
「裁判所事務官と裁判所書記官とどう違うの?」
法学部でも、細かく裁判所の中の仕事まで教わるわけではない。三島は解説した。
「法廷の立会とか、調書の作成をするのが書記官、その補助をするのが事務官。あと、他にも色々役割分担があるのよ。書記官になるには埼玉の和光市にある研修所に行かなきゃいけない。」
「へぇ、大変そうだね。僕も銀行に内定が出たけど、未だに銀行で何をやるのかよく分かんないや。」
「ダメじゃん!」
三島は笑った。関川が三島にメニューを見せてくる。
「ピザとパスタとワインを頼むでしょう? ピザは小さいのを二枚にして半分こしようよ。」
「よし、それでいこう。」
この日は三島も関川もよく食べた。ピザとパスタで足りず、デザートにティラミスも頼んだ。しかし、それが良くなかった。
店を出た後、三島は急に吐き気に襲われた。
「私さ、ワイン飲んで甘いもの食べると吐くの、忘れてた。」
「え、大丈夫?」
三島はフラフラと歩道の植え込みに向かって歩くと、その植え込みに勢いよく吐いた。
「三島さん、家まで送ろうか?」
関川は三島の背中を撫でながら言った。
「あんた、私の家知らないくせに、よく言うよ! つーか、もう吐いたから大丈夫だよ。」
三島はまたよろけながら歩道を歩いた。
「せめて駅まで送って行くよ。」
関川は三島の腕を引っ張りながら歩き出した。地下鉄の駅の改札まで来たとき、三島は立ち止まって叫んだ。
「関川の馬鹿野郎!」
「どうしたの、急に。」
「東京では私で暇つぶしをして、島根には奥さんと子どもがいるんだ。馬鹿野郎!」
関川は怯んだ。
「暇つぶしじゃないよ、僕にとって三島さんは大切な友達なんだよ。」
「友達だなんて都合のいい言葉を使って、本当はちょっと女っ気が欲しいから私を呼んだだけじゃないか。バカバカバカバカ馬鹿野郎!」
関川は冷静に言った。
「でも、三島さんの僕に対するスタンスはそうじゃないと言い切れる?」
三島は少し考えてしまった。関川という男友達がいることで安堵して、特に彼氏を作ろうと努力しなかったのは事実である。が、関川とは大きく違う点が一つあった。
「私はね、男とも付き合えるけど、女のほうが好きな女なのよ。分かる? 男に対する気持ちより、女に対する気持ちのほうが大きいの!」
突然のカミングアウトに、関川はただ呆然としていた。
「珍しく、男で気が合うやつがいたから、付き合ってもいいかなあって思ってたら、いつの間にか彼女を妊娠させやがって。馬鹿野郎、もう男とは絶対に付き合わない!」
しばらくの沈黙のあと、関川が小声で「ごめん」と謝った。
「もう少し早く三島さんの気持ちに気がついてたらよかったよ。」
「謝るなよ、余計に私が惨めだよ! わかったか。わかったら、もう二度と会おうとするな!」
三島は泣きながら叫んでいた。
「うん、そうするね。じゃあ、気をつけて帰って。」
関川は立ち去って行った。
三島も地下鉄の中で、酒の勢いとはいえ、自分のバイ・セクシャルと関川への恋心の両方を一気にカミングアウトしてしまったことを後悔していた。どうしてあんなことを言ってしまったのだろう。ますます関川との距離ができたようだ。それも物理的距離ではなく、心の距離。
その年末年始、三島は帰省しないで一人東京で過ごした。年明けには勇気を出して初めて新宿二丁目のレズビアンバーへ行ってみたけれど、「あなたはこの中で恋をしなさい」と範囲を決められるのは違う気がして、なんだか気分がのらなかった。
二月には、西条たちのグループに誘われて南九州旅行へ行った。女の子四人で鹿児島や宮崎の観光地をぐるぐる回るのは良い気晴らしにはなったけれど、やはり一人になるとどうしても考えごとをしてしまう。みんなには結婚して出産をして、育児をするという「正しい女の人生」が与えられるのだろうけど、自分にはそれがない。三島は不安でいっぱいだった。どこにも居場所がないという孤独感。
卒業式、三島はみんながそうするように着物のレンタルなんかはせず、黒いパンツスーツで会場へ行った。
「あれ、愛ちゃん、かっこいいね。」
他の子たちと同様にレンタルの袴姿でいた西条が三島に声を掛けた。
「なんか、袴だと卒業式のコスプレって感じで私は何となく嫌だったんだ。」
西条は笑った。
「七五三から始まって、成人式も卒業式も、結婚式も葬式も、みんなコスプレみたいなもんだよ。」
「それはそうか。」
三島は思った。こういう場面でコスプレがどうだとか考えないで、袴姿になれる人間が一番社会に適応できるのだ、と。
卒業式に関川の姿は見えなかった。
八年後、三十歳になった三島は関東のある地方裁判所の刑事部の立会書記官をしていた。刑事部は令状を発布しなければならないため、宿直当番があってそれが少々負担だったが、それでも休みの日には山登りをするなどして公私共に充実した日々を送っていた。
しかし、六月のある日の夕方に送られてきたメールを見て、三島は動揺した。
「関川です。出張で東京に行くので今度の金曜日の午後六時に鱗友亭で会えませんか?」
メールアドレスは知らないものだったが、名前と「鱗友亭」というところからするとあの関川に違いなかった。
「関川くん? 私は今東京からちょっと離れたところにいて、平日のその時間には鱗友亭に行けそうにありません。翌日の土曜日の昼なら、その近くでお茶できそうですが、どうですか。」
三島はすぐにこう返信した。しかし、関川からはなかなか次のメールが来ない。三島はずっと夜まで返信を待っていたが、期待するのも何だかおかしいと思って寝ることにした。
翌日の昼休みになり、三島の携帯電話にメールが届いた。昨日の夕方のメールと同じアドレスだ。
「分かりました。土曜日の一時に鱗友亭の向かって二軒右隣の、いつも行ってた喫茶店で待っています。」
スケジュール調整に時間がかかったのだろう。三島は、「了解しました。」と返信した。
土曜日は雨だった。自分の都合に合わせさせてみたものの、三島はいざその日を迎えてみると面倒な気持ちになった。今更、酔って喧嘩して以降八年ほど会っていない妻子持ちの男と再会したところで、一体何になるというのだろう。三島は遅く起きて軽い朝食をとると、普段仕事に行くような服装、白いシャツと黒いパンツスーツで家を出て電車に乗った。
三島のマンションから鱗友亭の最寄り駅であるO駅までは、電車を乗り継いで二時間弱かかる。電車に乗っている間、三島は読みかけの小説を読んでいた。しかし、ストーリーは頭に入ってこない。今、関川はどういう気持ちで自分に会おうとしているのか、自分はどんな気持ちで会えばいいのか、そのことばかりが気になってしまう。山手線に乗り換えたとき、三島は小説を読むのを断念してカバンにしまった。久しぶりに見る東京の風景はガチャガチャしていて頭がクラクラした。よく大学時代はこんな場所に住んでいたものだ、と三島は思う。
「そういや、東京から絶対に離れないって思ってた時期もあったっけ。」
実際に東京を離れてみると、東京以外でも割と過ごしやすいことが分かった。三島は四国の田舎出身なので、地元より都会ならばどこでも快適なのかもしれない。歩いて行ける距離にコンビニがあれば、とりあえず良かった。
十二時五十分ころ、電車がO駅に着いた。ここから指定の喫茶店まで歩いて二三分である。小雨の中、三島はビニール傘をさして歩いた。
駅前は八年前と比べて随分様変わりをしていた。駅ビルが大きくなり、元々あったタバコ店などはコンビニになっていた。もしかしたら鱗友亭も潰れたのではないか、と三島は思ったが、それはちゃんと当時のまま残っていて、関川のメールの通りに二軒隣の喫茶店も営業していた。
喫茶店の扉を開けると、従業員の「いらっしゃいませ」という声が耳に入ると同時に、三島は関川らしい男を発見した。紺色のスーツを着て店の奥のテーブル席に座っている。
「関川くん?」
三島は男に話しかけた。
「お、三島さんだ。変わらないね。」
関川は目を丸くした後、微笑んだ。
「関川くんだってあまり変わって…ないこともないな。ちょっと太った?」
関川の顔は八年前よりも丸くなり、やや腹も出ている。三島の気持ちは完全に覚めた。
「田舎で車移動ばかりしてると運動しないんだ。」
「幸せ太りでしょ、どうせ。」
三島がそう言うと、関川はメニューを見ながら言った。
「僕はお昼ご飯食べてきたからコーヒーだけでいいや。三島さんは?」
「私も朝ごはんが遅かったから、コーヒーでいい。アイスコーヒー。」
関川は従業員を呼ぶと、「アイスコーヒー二つください」と注文した。
「僕のところは去年二人目が生まれてね。」
「上は男の子だったよね。下は?」
「女の子だよ。ほら。」
関川はスマートフォンを操作して、赤ちゃんの画像を見せた。
「へー、関川くんに似てなくて可愛いね。」
「うん、嫁に似ててよかったよ、女の子だもん。」
関川はまたスマートフォンを操作して、今度は男子小学生の画像を三島に見せた。
「これがあのときできちゃったボクか!」
「そう、悪ガキで大変なんだよ。顔だけ僕に似て、性格は全く似てない。」
そう言いながらも、関川はニコニコしていた。
「三島さんは最近どうしてるの?」
三島は答えた。
「どうって、平日は裁判所で働いて、休みの日は山歩きに行ったりスポーツジム行ったり。」
「彼氏はできた?」
三島はわざとやや大き目の声で言った。
「彼氏も彼女もおりません!」
もちろん、この八年間三島に全く色恋沙汰がなかったわけでもなかった。就職後しばらくして、インターネットのレズビアン専用掲示板で知り合った女子大生と付き合うようになったが、半年ほどして相手に彼氏がいることが分かって別れた。年下なのがいけないのかと思い、次は五つ上のOLと付き合ってみたが、これは一年くらいして「親が結婚しろ結婚しろとうるさいから、婚活始めるね」と言われて別れた。結局みんな男がいいのか、と呆れた三島はそれ以降出会いを探すこと自体諦めていた。ただ、最近になってまた出会いを見つけたいと考え、掲示板への投稿を始めたところだ。
「そっか、いい人見つかるといいね。男でも女でも。」
関川はニヤニヤしながら言った。
「男はもう無理だわ。この年になるとおっさんばかり声を掛けてくるし。おっさんって腹が醜いじゃない?」
三島はわざと関川の腹を指さした。
「言うねぇ。僕だってちょっとは気にしてるんだよ。」
関川は苦笑いしていた。畳み掛けるように三島は言う。
「太ったおばさんは可愛いと思うときもあるけど、太ったおっさんは存在価値なし!」
「酷いね、昔から口が悪いのは直らないんだから。」
「ところで。」
三島は切り出した。
「何で私に会おうと思ったの?」
関川は頭をかきながら答えた。
「上司にね、せっかくの東京出張だから大学時代の友達に会ってこいって言われてさ。僕、大学時代の友達って誰だったかな、って思い出したけど、三島さんしか思いつかなかった!」
「何それ、交友範囲狭くない?」
三島はそう答えてみたが、自分自身もそう交友範囲が広いほうではなかった。関川以外に大学時代の友人といえば西条たちのグループがいたが、ほとんどは卒業後に二三回会って音信不通になってしまっていた。二年くらい前、西条からは「結婚しました!」というメールが夫とのツーショット画像付きで来たが、「おめでとう」と返信したきり、やり取りは途絶えている。
「僕さ、サークル入ってなくて、アルバイトがまあまあ忙しかったじゃない? 結局四年間で一番濃い人間関係を築けたのが三島さんだった。」
三島も同じようなものだった。サークルに入らず、勉強や読書をしていたせいで、友達はあまりできなかった。元々、大人数で騒ぐのが好きではなかったから、当然の結果ではあるのだが。
「で、四年生の十二月にあんな感じで喧嘩しちゃったけど、ずっと気になってて、でも僕が連絡するのは良くないかなって思ってたら、八年経ってしまったんだ。」
三島は顔を顰めながら言った。
「今なら怒ってないだろうって?」
関川は笑った。
「まあ、鈍感だったのは申し訳なかったよ、ごめん。仮に三島さんと付き合ってたら違う人生になってたのは間違いないね。」
「私は今日、そのお腹を見て、付き合わなくてよかったって思ったよ。会えてよかった!」
「酷いなあ、本当に酷い。」
そう言いつつ、関川は笑っていた。その様子を見て、三島はなぜかイライラしてしまった。三島は、腕時計を見てこう言った。
「あー、私、夕方から用事あるの忘れてた! もうそろそろ解散にしない?」
関川は残念そうな顔をしたが、「しょうがないね、会えただけいいや」と答えた。
「また気が向いたらメールするよ。」
O駅での別れ際、何気なく三島は言ったが、関川は首を振った。
「いや、止めといたほうが良いよ。嫁にメール見つかったら、僕怒られるからさ。」
三島は同情した。もし、自分ならパートナーが多少女友達とメールをしても嫉妬しないのに。
「ずいぶん不便なんだね。」
「僕は色んな不便と引き換えに、安定した人生を送ってるんだ。仕方ないね。また東京に来ることがあったら、そのときはこちらから連絡するよ。」
「分かった。うん。」
じゃあ、と三島は関川に向かって手を振ると、改札を通ってまっすぐホームへ向かった。関川はその後ろ姿を見えなくなるまで見つめていた。
三島は、山手線に乗ったが、そのまま帰宅せずに新宿駅で下車した。そして、家電量販店の携帯電話コーナーへ行った。
「どうされましたか?」
「今使っている携帯電話を解約して、新しくスマートフォンを買いたいんです。」
店員は当然のように尋ねた。
「電話番号とメールアドレスの引き続きはされますよね?」
「いや、しないでください。迷惑電話やメールが多くて困ってるんです。」
三島はニコリと笑って言った。SNSは三島も関川もやっていない。関川との連絡方法はなくなるが、これでいい。
三島はさらに言った。
「古い携帯電話、処分しておいてくれますか?」
店員は尋ねた。
「中のデータは大丈夫ですか?」
「あ、大丈夫です。画像はパソコンに移してあるし。」
職場の人間関係の連絡先が消えるのは不安だったが、月曜日にまた聞けばいい。たしか、グループLINEがあったはずだから、自分もLINEを始めて、そこに入れてもらえばいい。三島はそう考えた。そうだ、スマートフォンに変えたら、ビアン用の出会い系アプリがあるらしいから、それをインストールしてみよう。携帯電話の機種変更は三島の急な思いつきではあったが、だんだん新しい世界が開けるような気がしてワクワクしてきた。
結局、スマートフォンの契約などの手続に一時間ほどかかってしまった三島であったが、帰りの電車の中ではスッキリした気分だった。人間関係には賞味期限がある。関川との友人関係は今日賞味期限切れになった。いや、ひょっとしたらずいぶん前から賞味期限が切れていたのかもしれない。だから、もう金輪際関川には連絡しない。お互いがお互いの道を進めばいい。もう、二人の人生は二度と交差しないのだから。
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