男の妊娠。

ユンボイナ

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第二章 人生色々、妊娠色々

おじいちゃんの出産⑵

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 一週間後、Q平は泌尿器科と産婦人科で検査結果を聞いてきたが、いずれも「異常なし」ということであった(さすがに若者のような精子の数と運動量ではないが)。そうであれば、自然妊娠を狙うのが一番である。しかし、女性と性交渉をすれば、半分の確率で自分ではなく女性が妊娠してしまう。そこでまずQ平が考えたのは、「職業代理母」に性交渉をお願いするということだ。これならば、仮に女性のほうが妊娠しても、安くはないがお金を払えば産んでくれるはずである。
 Q平は、片っ端から職業代理母にコンタクトをとって、自分とセックスしてくれないかを尋ねた。「快楽のためのセックスじゃない、子どもを作るための真面目な生殖活動なんだ。」
 もちろんそう言ってはみたが、ほとんどの代理母は、「私は売春婦ではない」、「しかもじいさんの子どもを妊娠するかもしれないなんて」と断ってきた。Q平が68歳の老人だということもネックだったようだ。
「お金に困ってる枯れ専の女の子にでも頼んだら?」
一人のプロ代理母の捨て台詞に、Q平はハッとした。

 「当方68歳、年月を重ねた男の魅力が分かる貴女、お待ちしています」
Q平は出会い系アプリに登録した。普通の出会い系だと年齢のせいで敬遠されるのは予想がついたので、枯れ専出会い系アプリ、「シニアリーグ」を利用した。
登録してみると、やはりコンタクトをとってくる女性が少なく、たまにあっても50代以上の、多分妊娠が望めないであろう女性ばかりだった。
 「そんなおばさんでは困る。」
Q平は自分の年齢を棚に上げて憤慨した。自分は別に、高望みして可愛い女の子を探しているわけではない、妊娠可能な女性を探しているのだ、と考え、「20歳から35歳くらいまでの貴女」、「容姿不問、ふくよかな方も好きです」などと自己紹介文に付け足してみた。しかし、女性利用者から、「爺、さらっと高望みすんな!」、「孫や娘みたいな年齢」とやじのようなメッセージを受け取ってしまった。
 やはり、大して金のない68歳が半分以下の年齢の女性と出会うことは難しいだろうか、とQ平が諦めかけた頃、二十一歳の女子大生からメッセージがあった。
「青臭い小娘ですが、渋谷で会えますか?」
プロフィール画像がアイドルのように可愛いので、Q平は何かのイタズラではないかと思ったが、念の為返信した。
「どこへでも参ります。むしろこんな爺さんでよろしいか?」
その女子大生S奈はすぐに返信してきた。
「私、元々おじいちゃん子で、60歳以上の方しか興味ないんです。よろしくお願いします。」
Q平はまだ騙されているような気がしたが、仮にイタズラでも構わないと考え、翌日の午後三時に渋谷のあるカフェで会う約束をした。

 24世紀の渋谷は、若者の情報発信基地ではなく、高齢者の憩いの場となっていた。現代でいえば巣鴨のようなものである。街全体がバリアフリー化され、老人向けのおしゃれな衣類を扱う店や、寂しさを紛らわすための有人飲食店がズラリと並んでいた。道玄坂のラブホテルも、もちろんみなバリアフリーであり、段差などは一切なく、ベッドも介護ベッドが使用されていた。
 そんな渋谷に久しぶりに行けるとあって、Q平はまだ午前中のうちに精一杯おしゃれして出かけた。
「お父さん、休みの日にどこへ行くんですか?」
妻のR江はやや不審がったが、「渋谷へ友達と遊びに行く。」と答えると、「まあ、お土産買ってきてくださいね!」と頼まれた。

 Q平が埼京線(リニア化されている)に乗って渋谷に着くと、まずはR江へのお土産を買うことにした。土産物店では「一番人気」として、「ハチ公キーホルダー」(780円)がたくさん売られていた。このキーホルダーはたんに犬の形をしたものではなく、台座のスイッチを入れて頭を撫でると尻尾を振って「ワン!」と鳴く仕組みだ。24世紀の技術からみればあまりにも前時代的な代物だったが、かえってそのレトロさが老人たちにうけていた。とりあえず、Q平はこれを一つ購入することにした。
 ちなみに、尻尾を振って鳴くだけではなく、お手やお座りもできる「ハチ公ぬいぐるみ」(2980円)も販売されていたが、場所を取りそうなのでやめた。
「何かおすすめのお菓子はないかな?」
Q平が店員に尋ねると、同年代の女性店員は「ハチ公チョコもなか」を推した。
「普通のチョコとホワイトチョコ、抹茶チョコがありまして、三種類全部入ったアソートパックが一番売れています。焼印も可愛いですし、奥様へのお土産ならおすすめですよ。」
「じゃあ、これをもらう。」

 ハチ公キーホルダーとハチ公チョコもなかアソート(1980円)を買ったQ平は、前から行きたかった「渋谷ネズミ博物館」へ出向いた。21世紀の渋谷における人間とネズミとの戦いについて展示したこの博物館は、もはや希少生物となったネズミが生きた状態で見られるとあって、老人だけでなく子どもや若者にも人気のスポットだった。
 入ってすぐの場所に展示されている、巨大ネズミのホルマリン漬けを見たQ平は驚いた。
「こんなのが街中を走り回っていたのか!」
次の展示コーナーでは、いかにネズミが飲食店やその他店舗に被害を与えていたかを訴えていた。ネズミに齧られたコンビニおにぎり、ネズミに糞をされた洋服、ネズミがいると知られて客足の途絶えた飲食店……。
「いかん奴だな、ネズミというものは。」
その次の展示コーナーは、いかに渋谷区がネズミ駆除を行ったかを知らせるものだった。
 初めは、被害を受けた店舗ごとで業者に依頼して駆除していたが、渋谷の街全体がネズミの巣になっており抜本的対策が必要だと判断された。そのため、強力殺鼠剤の散布と猫投下を行ったところ、誤って猫が殺鼠剤入りの餌や殺鼠剤を食べたネズミを食べたために猫が大量死したという悲しい事故もあった。
「猫ちゃん、かわいそうに。」
ネズミをたくさん捕まえ、最後は殺鼠剤のために死んだ英雄猫「タマ」の銅像を見て、Q平は思わず涙ぐんだ。
 渋谷区のネズミ駆除は困難を極めたが、結局地道な巣の発見と壊滅、そして一旦逃亡したネズミの侵入阻止を行ったため、2080年には渋谷区からネズミがいなくなったとのことである。
 しかし、渋谷区から逃げた一部のネズミが、今度は隣の港区で繁殖してしまったため、国を挙げてのネズミ撲滅作戦が実行された。科学者により、ネズミだけに効く特殊殺鼠剤が開発され、それが港区中にばらまかれたことによって、港区のネズミも絶滅した。この結果を受け、全国の地方自治体が特殊殺鼠剤を使用し、最終的には日本のネズミはほとんどいなくなり、研究用に飼育されているものだけになった。
 もちろん、海外でも日本に続けと、この特殊殺鼠剤が導入され、ネズミは世界中で希少生物となった。
「よかった、よかった。」
Q平は安心して、展示パネルを見終わり、今度は生きたネズミが飼育されているコーナーへ行った。一般的に日本に害を与えていたネズミは、ドブネズミ・クマネズミ・ハツカネズミの三種類である。これら三種類のネズミのうち、一番駆除に悩まされたのがクマネズミであった。
「こいつか、長い間人間を困らせていたのは!」
しかし、よく見てみると耳が大きく、目がクリクリとしていて、可愛いといえなくもない。
Q平は傍にいた学芸員に話しかけた。
「これを無届で飼う不届き者もいるのではないですか?」
学芸員は笑いながら言った。
「そもそも一般市民には入手が難しいですし、発見されれば厳罰が課されます。通常はありえないですね。」
さらにQ平は尋ねた。
「研究所などから脱走することはありませんか?」
学芸員は今度は真面目な顔付きになった。
「確かに、昔、大学の研究所からハツカネズミが脱走して騒ぎになりましたが、ネズミ捕獲ロボットにより取り押さえることができました。今はそういうものがあるので、仮に脱走があっても大丈夫です。そもそも、ネズミはどこでも一匹ずつ厳重に管理されていますしね。」
「この博物館でも?」
「そうです。一匹ずつマイクロチップを埋め込んでいるので、いなくなればすぐに分かります。」
Q平は感心した。たかがネズミ、されどネズミ。帰ったらR江にも教えてやろう。
 そう思ったところでQ平の腹が鳴った。時計は午後一時過ぎを示している。Q平は書籍コーナーで「渋谷区VSネズミ 60年の戦い」という本を買い、博物館を後にした。

 その後、有名カレー店で腹ごしらえをし、約束のカフェ「黄昏」で本を読みながらS奈を待つことにした。三時までにはまだ一時間ほどあったが、博物館で買った本が予想外に面白く、内容にのめり込んでしまった。
そのうち、三時を過ぎた。まだS奈は現れない。
「仮にS奈が来なくても、今日は有意義な時間を過ごした。」
Q平がそう思って本を読んでいると、若い女性の声で「Q平さんですか?」と話しかけられた。顔をあげると、そこにはアプリのプロフィール画像通りの女性がいた。
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