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猫の「観察」
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幼いころ、近所のおばさんが飼っている猫「マリー」がとても怖かった。名前は「マリー」だが洋猫ではなく、見た目はただの三毛猫である。
マリーはよく、おばさん宅の小窓から身を乗り出し、窓枠に前足を引っ掛けて外の様子を監視していた。近所を歩いていて、やけに視線が気になるなあと思ったらマリーと目が合った、ということも度々である。
ある夏の日、私は祖母に連れられておばさん宅を訪問した。今となっては用件は不明だが、祖母はおばさん宅の玄関の上がり口に腰掛けて、おばさんと何事かを話していた。やがて、祖母が、「あなたのところの猫も……」とマリーの話をし始めると、マリーは奥の部屋から「にゃあ」と鳴いて現れた。これには飼い主のおばさんも驚いたようで、慌ててマリーを捕まえ、膝の上に乗せて抱いた。
そのことを、その日の夕飯時に祖母は母に話した。
「猫の話をし始めたら、本人が返事しながら出てきた。あれは人間の言葉が分かるんじゃないのか。」
母も同調した。
「あの猫、気持ち悪いわよ。私が家の横を通るとき、必ず顔を出して見てくるんだもの。中に小さな人が入っているんじゃないかと思うくらいよ。」
「化け猫というやつかのー。」
母が不意に網戸にした窓の方を見た、と思ったら、「うわっ!」と叫んだ。
「お母さん、どうしたの?」
「マ、マリーだった。今の話、マリーに聞かれてた。」
母曰く、マリーの話をしている最中に、何となく視線を感じて窓の方を見たら、窓のさんに前足を掛けて部屋の中を見ているマリーと目が合ったというのだ。お互いに驚いたのか、マリーも慌てて走り去って行ったという。
「やっぱりあれは化け猫じゃの。」
祖母は一人うんうん頷いた。
猫は人間の言葉を理解するかもしれない。それを知った小学生の私は、他の猫で実験しようと思い立った。
ある日、たまたま家の前のブロック塀の上を白い猫が歩いていたので、私は呼び止めた。
「ちょっと待って!」
白猫は歩みを止めて、顔を私のほうに向けた。明らかに、「何だよ、めんどくさいな」という表情である。しかし、いざこうして猫と対峙してみると、ボキャブラリーの乏しい子どもの私は、猫に何と話しかけてよいのか分からなかった。
とりあえず白猫の顔を観察する。全体的にベチャッとしていてあまり可愛いとはいえない造りだ。
「このブサイク!」
女子小学生の突然の罵声に猫は立ち止まったままキョトンとしていた。私はその反応を見て、「あれ、聞こえないのかな?」と思い、もう一回り大きな声で「ブサイク!」と言ってみた。しかし、白猫はキョトンとしたままだ。
「分かった、この猫はブサイクという言葉を知らないんだ。」
そう考えた私は、別の言葉で猫を罵倒してみることにした。
「バーカ。」
そうすると、白猫は片目を細め、不愉快そうな表情をした。この猫、バカという言葉は分かるらしい。
「バーカ、バーカ!」
俄然面白くなった私は、白猫相手に「バカ」を連呼した。傍から見ればさぞかしおかしな子どもだっただろうが、そんなことはお構いなしだ。猫も時折、「なぁ?」と鳴いて応戦する(もっとも、私は猫が何と言っているかは分からない)。
私が何度かめの「バカ」を叫んだとき、ふと左下から視線を浴びていることに気づいた。何だろうと思ってそちらを振り返ってみると、マリーが地面に座って私を見ているのだった。
猫の観察をする女子小学生をさらに観察している猫。
恐ろしくなった私は慌てて帰宅したが、マリーはそのまま微動だにしなかった。
「おばあちゃん、やっぱりマリーは化け猫だったよ。」
私は事の顛末を祖母に報告した。しかし、祖母は呑気にこう言った。
「まあ、我々が猫を見るように、猫も我々のことを見てるかもしれんなあ。」
私はそれ以降、猫をバカにするのはやめようと決意した。
マリーはよく、おばさん宅の小窓から身を乗り出し、窓枠に前足を引っ掛けて外の様子を監視していた。近所を歩いていて、やけに視線が気になるなあと思ったらマリーと目が合った、ということも度々である。
ある夏の日、私は祖母に連れられておばさん宅を訪問した。今となっては用件は不明だが、祖母はおばさん宅の玄関の上がり口に腰掛けて、おばさんと何事かを話していた。やがて、祖母が、「あなたのところの猫も……」とマリーの話をし始めると、マリーは奥の部屋から「にゃあ」と鳴いて現れた。これには飼い主のおばさんも驚いたようで、慌ててマリーを捕まえ、膝の上に乗せて抱いた。
そのことを、その日の夕飯時に祖母は母に話した。
「猫の話をし始めたら、本人が返事しながら出てきた。あれは人間の言葉が分かるんじゃないのか。」
母も同調した。
「あの猫、気持ち悪いわよ。私が家の横を通るとき、必ず顔を出して見てくるんだもの。中に小さな人が入っているんじゃないかと思うくらいよ。」
「化け猫というやつかのー。」
母が不意に網戸にした窓の方を見た、と思ったら、「うわっ!」と叫んだ。
「お母さん、どうしたの?」
「マ、マリーだった。今の話、マリーに聞かれてた。」
母曰く、マリーの話をしている最中に、何となく視線を感じて窓の方を見たら、窓のさんに前足を掛けて部屋の中を見ているマリーと目が合ったというのだ。お互いに驚いたのか、マリーも慌てて走り去って行ったという。
「やっぱりあれは化け猫じゃの。」
祖母は一人うんうん頷いた。
猫は人間の言葉を理解するかもしれない。それを知った小学生の私は、他の猫で実験しようと思い立った。
ある日、たまたま家の前のブロック塀の上を白い猫が歩いていたので、私は呼び止めた。
「ちょっと待って!」
白猫は歩みを止めて、顔を私のほうに向けた。明らかに、「何だよ、めんどくさいな」という表情である。しかし、いざこうして猫と対峙してみると、ボキャブラリーの乏しい子どもの私は、猫に何と話しかけてよいのか分からなかった。
とりあえず白猫の顔を観察する。全体的にベチャッとしていてあまり可愛いとはいえない造りだ。
「このブサイク!」
女子小学生の突然の罵声に猫は立ち止まったままキョトンとしていた。私はその反応を見て、「あれ、聞こえないのかな?」と思い、もう一回り大きな声で「ブサイク!」と言ってみた。しかし、白猫はキョトンとしたままだ。
「分かった、この猫はブサイクという言葉を知らないんだ。」
そう考えた私は、別の言葉で猫を罵倒してみることにした。
「バーカ。」
そうすると、白猫は片目を細め、不愉快そうな表情をした。この猫、バカという言葉は分かるらしい。
「バーカ、バーカ!」
俄然面白くなった私は、白猫相手に「バカ」を連呼した。傍から見ればさぞかしおかしな子どもだっただろうが、そんなことはお構いなしだ。猫も時折、「なぁ?」と鳴いて応戦する(もっとも、私は猫が何と言っているかは分からない)。
私が何度かめの「バカ」を叫んだとき、ふと左下から視線を浴びていることに気づいた。何だろうと思ってそちらを振り返ってみると、マリーが地面に座って私を見ているのだった。
猫の観察をする女子小学生をさらに観察している猫。
恐ろしくなった私は慌てて帰宅したが、マリーはそのまま微動だにしなかった。
「おばあちゃん、やっぱりマリーは化け猫だったよ。」
私は事の顛末を祖母に報告した。しかし、祖母は呑気にこう言った。
「まあ、我々が猫を見るように、猫も我々のことを見てるかもしれんなあ。」
私はそれ以降、猫をバカにするのはやめようと決意した。
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